サフィーナ国
アルレン
さて、転移魔法で箱庭の森から移動した俺とアルレシアは、何処ぞの中庭へと出た。
程よく刈り取られた芝が一面に敷き詰められ、庭師によって綺麗に切り揃えられた低木や澄んだ水が湧き出る溜め池がある。
「ふにゃ?」
で、溜め池の近くで何やら腕を頭の後ろで組んで日向ぼっこをしていたらしい十二、三歳くらいの少年が目を丸くして、突如近くに現れた俺とアルレシアを交互に見る。
その少年はアルレシアと同じ髪の色と瞳をしており、首には彼女のイヤリングと同じ宝石が埋め込まれたネックレスをしている。ついでに言えば、服装もアルレシアに通ずるものがあって、少しぼろぼろになった半袖のシャツに革のズボン、そしてブーツを履いている。少年の横には鞘に納められた短剣も置かれている。
「よっ、久しぶりだな。我が弟よ」
アルレシアはにかっと笑みを浮かべ、片手を上げて寝そべる少年へと近付く。
「……っ」
弟と言われた少年はばっと立ち上がると、近付いてくるアルレシア(姉)へとたたたっと駆け寄る。
これはもしや、約一年ぶりの姉弟の感動の再会という涙なしには見られないパターンではないだろうか。少しばかり期待しながら俺は互いに近寄っていく二人を眺め……。
「くらえやぁ!」
「くらうかぁ!」
……いきなり跳び蹴りをかましてきた少年をアルレシアが華麗に足を掴んで後方へと投げ飛ばし、溜め池へと水柱が出来る程強く叩き込んだので目が点になった。
「……………………え?」
四呼吸分の時間が俺の中で止まり、ようやく現実を認識して驚愕とも取れる声が口から漏れ出た。
「ぶっはぁ! はぁ、はぁ」
少年は水面から勢いよく顔を出して大きく呼吸をし、そのままざぶざぶと池の中を歩いて上がってくる。
「ふむ、前より踏み込みがよくなったな。だが、安易に跳び蹴りをかますのはいただけないな。空中では魔法を使わない限り身動きが取れないだろう」
「あー、一応風魔法使ってどうにかしようとしたんですけどね、それよりも早く姉上に投げ飛ばされてしまいました。……もっと魔法の構築を早めないといけませんね」
「そうだな。まぁ、お前はオレよりも魔法の筋がいいからきちんと指南役の魔術師に言われた通りにやっていけば大丈夫だろ」
「精進します」
アルレシアは飛び掛かってきた少年の技に付いて総評を送り、ずぶ濡れの少年はそれきちんと噛み締めて次に繋げるように心に誓っている。
…………えっと、君ら王族ですよね? 王族って出会い頭に跳び蹴り放ったり投げ飛ばしたりするもんなの? 普通しないよね? それともここの王族だけの習慣なのですかね?
「改めて、お帰りなさい姉上」
「うむ、今帰ったぞアルレン」
そんな俺の心の中の疑問もとい突っ込みなぞ聞こえる訳もなく、アルレシアと少年――アルレンくんは再会を喜び抱擁を交わす。
「いやぁ、しかしこの一年で背が伸びたな。前はこんくらいだったろ」
「そうですね。成長期に入ったのか、一気に伸びましたよ。その分、体中が痛くなりましたけど」
「成長痛って痛ぇよな。まっ、仕方ないと思って割り切れ」
「そうしてます。あ、あと結構筋肉もついたんですよ。腹筋とかも薄ら割れてきましたし」
「どれどれ……ほほぅ、確かに筋肉付いてきたな」
「はい。あ、いてて」
「む? お前柔軟はサボっているな? 駄目だぞサボっては。身体が固いとその分可動域は狭くなるし、怪我もしやすくなるんだからな」
「……分かっているんですけど、痛いんですよね、柔軟」
「その痛さを乗り越えて柔らかくしなければ、後々後悔するぞ。大人になってから柔らかくするのは困難だと言うし、今の内からやっておいて損はないぞ」
「……はーい」
抱擁が終わると姉弟水入らずの会話が繰り広げられる。互いに久方振りに会ったという事で、話が弾んでいるな。……主に肉体の事で。
身長がどうとかは分かるけど、筋肉とか柔軟とかの話って、普通は姉弟でもしないよね? いや、する姉弟はいるかもしれないけどさ。少なくとも彼等は王族だし、何か違う気がして止まない。
「所で姉上。こちらの聖獣様が手紙に書いてあった方ですか?」
「ん? あぁ、そうだぞ」
と、ここでアルレンくんの意識が俺に向いた。そう言えばアルレシアが手紙に俺の事を書くと言っていたな。
でも聖獣様かぁ……いやいや、俺は聖獣なんて高尚な生き物じゃなくてただの恐竜なんだけどな……。まぁ、アルレシアの認識では箱庭の森に棲んでいる皆は聖獣ってカテゴリになってるから、俺もそれに含まれたんだろう。
何か、恐縮してしまうな。
とか思っていると、アルレンくんがとたたっと俺の前に来て深々と頭を下げる。
「お初にお目にかかります。僕はサフィーナ国が王サイロン=ロア=テルデンシアの第四子アルレンと申します」
初々しくも凛々しいと言うある意味で相反する様相でアルレンくんは自己紹介をする。うん、その紹介分は何か既視感を覚える。やっぱり姉弟なんだな、と思う瞬間だ。
「はじめまして。おれはトライ。よろしく」
俺も声に出して自己紹介をする。王族相手だからこちらもかしこまった方がいいかとも考えたけど、面倒だし、それにアルレシアの親族だから無礼には当たらないんじゃないかな? と思って砕けた感じで挨拶をしてみた。
「っ⁉ しゃ、喋りましたよ姉上⁉ 確か、喋る事は出来にゃいと書いちぇいたと記憶していみゃしたのですがどういう事にゃのでしゅようかっ⁉」
そしたら、アルレンくんが目を大きく見開き、わたわたとしながらアルレシアの服の裾を掴んで俺の方を何度も見て慌てはじめた。言葉も所々噛んで可愛らしい事になっているのが微笑ましいな。
「あぁ、その事に付いてはトライが話せるようになったの黙っててな。オレだってここに戻って来る直前に知ったんだ。だから手紙には書いてねぇよ」
アルレシアは慌てるアルレンくんに苦笑を向けつつも、当然の反応だなと彼の頭を優しく撫でて落ち着かせる。そう言う所はお姉ちゃんって感じがするな、アルレシア。
「まぁ、取り敢えず父様や母様にも帰ってきた事を報告しに行くか」
そう言ってアルレシアは指を鳴らし、突如現れた口元隠した黒服の方々にアルレンくんを預け「風邪引かねぇように着替えさせとけ」と告げ、黒服の方々は音も無く消えて行った。
……何あれ? NINJAですか?
「んじゃ、行くとするかトライ」
「あ、うん……」
俺はアルレシアに言われるがまま、アルレシアのお父さんとお母さん達のいる所へと向かうのであった。
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