旅立ちの日

 俺とアルレシアが、スティさんと模擬戦を行ってから一ヶ月が経過した。

 あの後、目を覚ました俺は改めてスティさんに外に行く事を許可された。最後のテールスイングの一撃はスティさん曰くベルティーさんの寝起きの一発くらいの威力があったとか。

 ……それは、褒められているのかそうでないのか判断がつきにくい例えだった。十全じゃない寝起きのベルティーさんくらいの威力しかないのか、寝起きとは言えベルティーさんと同程度の威力を誇っていたのか。一応確認を取ったら、スティさんや他の守護獣の皆さん曰く後者だそうだ。

 ベルティーさんは守護獣の中でも頭一つ飛び抜けた強さを持っているから、そう言った評価でも充分賞賛に値するとか何とか。その気になればこの箱庭の森を一夜で消炭に出来る程の強さとか……。

 まぁ、ベルティーさんの気性は敵には容赦なしだけど基本穏やかだし、彼女はここが心底気に入っているからそのような事態に陥る事は全く無い。心を操る魔法と言うのも存在してるけど、ベルティーさんは物凄い魔力を内包してるから、それで無意識にレジスト出来るらしいし。

 故に、ベルティーさんが敵に回る事はないそうだ。もし敵に回ったら死を覚悟しよう……。

 で、スティさんに何時の間にあんな威力の攻撃が出来るようになったのか問われたので種明かしをした。別にアルレシアも自身のギフトを箱庭の皆に告げるのは構わないと言っていたし。

 アルレシア曰く王族は【魔力共有】のギフトが発現しやすいらしい。過去の王族でも何人か【魔力共有】のギフトを持っており、彼女の曽祖父も【魔力共有】を持っていたそうだ。

 因みに、その曽祖父が今から五十年前に封印修復の旅に出ていたらしい。伝え聞いた話によれば体一つで寄って集る輩をバッタバッタと薙ぎ倒し、悪魔も寄せ付けぬ人外の力を発揮していたとか……。故に、封印修復も一年も掛からずに終えたという。……世界中に点在してるんだよね? 魔神の欠片って。

 それにしても、ギフトも遺伝するのだろうか? まぁ、ギフトに付いては未だに分からない事だらけらしいのでその可能性もあるかも、との話らしい。

 で、アルレシアの【魔力共有】によるバックアップの下、魔力流動による身体強化という方法を用いて威力を上げた事をスティさん含め皆に伝えたら、目が点になっていた。

 その魔力流動による身体強化は五年前に発見されたばっかりで、しかも人の間でだけ広まっていた事もあり外界との接触がないここでは未知の技術だったのだ。博識なフォーイさんですら「斯様な方法があったとは」と興味深げに呟いていた。

 その方法を皆に周知させる為にフォーイさんはアルレシアに頭を下げて頼み込み、アルレシアは満面の笑顔で頷いた。自分だけ鍛えて貰ったで少しでも恩返しがしたかったからとか。

 本来なら模擬戦を終えたら直ぐに戻るつもりだったアルレシアは向こうに手紙を渡してもう一ヶ月延長する旨を伝えたそうだ。

 因みに、アルレシアの身体能力は魔力流動による身体強化に頼っていない素のものだとか……。彼女自身は魔力の操作が苦手なので、上手く出来ないらしい。

 それに魔法を使う場合は魔力をそちらで消費するので強化の具合が安定しなくなるらしいので使う事はなかったとか。ただ、今回のスティさんとの模擬戦で何か思ったのかこの一ヶ月は皆に教えながらも一緒になって鍛錬していた。

 俺もアルレシアに【魔力共有】をして貰いながら身体強化を練習し、何とか全身で発現出来るレベルにまで達する事が出来た。

 因みに、アルレシアはここに来た時点でその強化方法を勿論知っていたのだが、アルレシア自身が他人の魔力を感知出来ず、俺達の素の身体能力から知らずに使ってるんじゃないかと思って口にしなかったらしい。

 まぁ、アルレシア曰く、ここにいる皆はそこらにいる外の魔物なんかよりも遥かに強いらしいから、そう誤認しても仕方がないか。

 で、この一ヶ月で一番効率よく発現出来るようになったのはやはり数多の魔法を使い魔力の操作に秀でるフォーイさんで、ついで強大な魔力を内包するベルティーさんだ。もうベルティーさんの強さが以前の倍程にも上がったらしく、五対の翼を持つ悪魔が束になっても虫けらを潰すように蹂躙出来るようになったとか……。

 もう、箱庭の森に危険なんてないんじゃないかなぁ? と思えるようになった一ヶ月だった。

 そして、この一ヶ月で俺の身体にも変化が現れた。毎日アルレシアに【魔力共有】をして貰っていたからか、俺も僅かながら魔力を生み出せるようになった。ただ、魔力量はフォーイさん曰く微々たるもので、まぁ、これから増やして行けと言われた。

 因みに、俺の魔法属性はスティさんと同じ光属性だった。試しに魔法弾を放ってみたらゴルフボール大の光の玉が飛び出した。魔力量も少ないし、今まで魔法を使った事がないからこれで魔力が底を尽きたけど、魔法が使えるようになって俺のテンションは鰻登りになった。

 で、魔力が生み出せるようになった俺にもう一つ変化があった。

 それは、名前を貰った事だ。

 今まで俺は名前が無く、君とかお前とかあいつとか呼ばれていた。名付けられなかった理由は、魔力が無いと名前によって何かしらの制限が課せられる危険があったから。名前は一番短い呪文らしく、名前の由来の通りに成長して欲しいと言う願いが込められるとか。

 で、魔力が無い状態で名付けられるとその名に縛られ、下手をすれば自我を持たずに名の由来の通りに動くだけの傀儡に成り果てる可能性もあったらしい。

 なので、俺は名付けられる事無く四年と言う月日を過ごした。その点に関して俺は不満に思っていない。俺を縛りたくないと言う皆の優しさから出たものなので、感謝こそすれ、不満に思う事なんてない。

 さて、俺の名前だが。皆を代表してスティさんが名付けてくれた。

 スティさんが俺に名付けてくれた名はトライ。雄々しい三本の角を象徴し、更に困難にぶつかっても何度でも挑戦して乗り越えられるようにと言う意味が込められている。

 あ、スティさんに切り落とされた三本の角は俺が意識を失っている間にフォーイさんに回復魔法でくっつけて貰っていたので、今でもきちんと俺の頭には立派な角が並んでいる。

 皆が魔力流動による身体強化の方法を学んで、俺は魔力を生み出せるようになって、名前を貰った。

 そんなある意味で刺激のあった一ヶ月も、今日で終わり。

 俺とアルレシアは、今日この箱庭の森を出て行く。

 いざ旅立つとなると、俺がこの世界に生まれ落ちてからの記憶が滝のように流れて来て、物言えぬ寂しさが胸の中に生まれる。

 それでも、俺は自分の意思で外に行くと決めた。それに、皆ともう会えなくなる訳じゃない。アルレシアとの旅が終われば、俺はこの箱庭の森に戻ってくるつもりだ。そして、皆に旅での出来事を話そうと心に誓っている。

「じゃあな、トライ」

「元気で」

「帰ってきたら話聞かせてね」

 ディアやアオダくん、バリーちゃん他皆が俺とアルレシアに次々と声をかけて行く。

「まぁ、達者でな」

「くれぐれも、無茶はせんようにな」

 スイギさんにフォーイさん、他守護獣の皆さんも見送りに来てくれている。

「トライ……」

 最後に、スティさんが俺とアルレシアの前に来る。

「……気をつけてね」

 俺の頬に自身の頬を擦りつけながら、スティさんは震える声でそう言ってくる。

「うん」

 俺はスティさんを安心させるようにそう声に出した。

「っ⁉ トライ、今」

「うん、しゃべれるように、がんばった」

 喋った俺に対して、スティさんは驚愕を顕わにした。俺の横にいたアルレシアを含め、この場にいる全員が同様に驚いている。

 そりゃそうだ。何せ、魔力を生み出せるようになってからは言葉を話す特訓を誰にも悟られないようにしてたんだ。皆をびっくりさせようと思ってね。

 魔力を用いた俺の声は年相応と言った方がいいのか、普通に鳴き声を明日際に出る野太いものじゃなく、まだ声変わりをしていない少年のような高いものだ。

 で、結果は大成功。皆大層驚いてくれたようだ。

「いってきます、かあさん。また、戻ってくるから」

 俺は改めて、スティさん――母さんに別れの挨拶を告げる。

「っ……気を付けて、行ってらっしゃい……」

 スティさんは涙を流し、肩を震わせて何度も頷き返してくる。

「……じゃあ、そろそろ行くか。一時的とは言え別れも辛くなるしな」

 アルレシアの言葉に俺は頷く。

「本当、世話になった。トライの事はオレに任せろ」

「みんな、またねっ」

 アルレシアは頭を下げ、俺は声高々に、皆に別れを告げる。

「おぅ!」

「じゃあね!」

「必ず帰って来てね!」

「またなっ」

「辛くなったら帰って来てもええからな」

「気を、付けてっ」

 皆の別れの言葉をその身に受け、俺とアルレシアは【魔力共有】で足りない分を一時的にフォーイさんから魔力を借りて転移魔法で箱庭の森から消える。

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