第4話 迫る気配
「おい!隊列を乱すな!」
多くの魔物たちの前で、軍配を掲げる男から怒号が飛ぶ。
男の肌は灰色で髪は白く、その双眸には強い意志が宿っている。
魔物たちは、男を恐れ服従し、すぐさま所定の位置へと移動する。
中には自分の場所がわからず右往左往しているものもいる。
だが、それは仕方のないことだ。
本来、魔物は個々の力を生かせるように組織的な動きをしたことがないのだ。
隊列を組むなどという発想はおそらく現在の魔王軍のだれも抱いたことがないだろう。
ぎこちないながらも、日々動きの精度を上げてきている部下の成長を見て、男は来る決戦に胸を躍らせる。
口角が持ち上がり目を見開き、笑い声をあげる。
同じく魔族である魔物でさえも、その不気味な笑いに怯え震えていた。
●
「みーなっとさん!」
リーファが、突然隣を歩いていた湊の右腕に抱き着く。
ここ数日で何度もされる行為であるが、湊の表情は赤みを帯び始める。
「リーファ…さすがに人目のある所ではやめてくれよ」
「ふんふんふん♪」
リーファは、上機嫌に鼻歌を歌っていて、湊の講義は一切耳に届いていないようだ。
アムロドさんの家、つまりリーファの家でもあるのだが、を出てからずっとこの調子だ。
先日、ついに自身の気持ちに気付き互いの思いを知った二人は、その関係に進歩があった。
リーファは、翌日からスキンシップが増え、湊によく甘えてるようになった。
さすがに、父であるアムロドの前ではそういった行為はしていないが、彼がいなければその表情が一変する。
これは何も、リーファがアムロドを嫌っているからというわけではなく、つらい時期を共に過ごしてきたころの名残なのだろう。
「やっぱ、別居するべきだよな…」
湊が残念そうにつぶやく。
現在、湊はアムロド宅に居候している。
いい加減世話になるのが申し訳ない気持ちもあるだろうが、一番はリーファだ。
十代男子の理性は、性欲との熾烈な戦いに、歴史上白星が付いたことはいまだかつてないだろう。
「はい!そうですよね!」
リーファは、湊の小さなつぶやきは聞こえていたようだ。
「だよね…」
うれしそうな声色に、湊は少しショックを受ける。
湊の耳には、リーファに拒絶されたかのように聞こえたのだろう。
「どうしてそんなに落ち込んでいるんですか?」
リーファは心配そうに湊の顔を覗き込む。
「いや、そこまで嬉しそうに肯定してくるとは思わなくて…」
「え…湊さんは、私と二人っきりでくらすのが嫌なんですか…」
リーファはうなだれ、目じりに涙を蓄え始める。
いっぽう、湊は急に現れた、二人っきりという言葉に体が跳ねる。
「そうですよね…今だって、腕を組むのも嫌がってましたし……グスン」
「いや、さっきはそんなこと言ったけどリーファと二人でいるのは楽しいよ。けど、やっぱり若い男女が同じ屋根の下にいるっていうのは、あんまりよくないからさ」
状況の理解は追いついていないようだが、湊は慌ててとりあえずフォローする。
「え!…そういうつもりで言ってたんですか?」
「逆にどういう意味があんのさ」
「……いやあ、同棲っていうことかと思ってしまいました…」
照れ隠しに、リーファは笑っている。
リーファは自身の勘違いに気付き、耳まで真っ赤になっている。
湊も、その言葉とリーファを意識して赤に染まる。
二人は、集会場につくまで、口数が少なく、高温を維持していた。
●
「じゃあ、今から定例会議を始める」
アムロドのその言葉によって、それまで騒がしかった会議室は落ち着きを取り戻す。
「まず、湊くん、農業事業の状態を教えてくれ」
湊が主任を務めることになった、三圃制の導入の計画は順調に進んでいた。
「はい、先日報告した通り、開墾予定地は決まり、昨日その土地を測量して策で囲んできました」
湊は椅子から立って答える。
「うむ、そうかご苦労。それでは、…」
その後、一通りの現状報告が終わった、と思ったところでサリオンが手をあげる。
「ん?どうしたサリオンくん」
「アムロドさん、最近街の周りで魔物の数が増えてきています。至急、対策を取るべきだと…」
突如、会議室の扉が勢いよく開かれ、サリオンは言葉を止める。
「魔物が!…魔物が畑を…」
飛び込んできた人物は懸命に叫び続ける。
その声に反応して、二つの影がすさまじい速さで集会場を飛び出た。
湊とサリオンだ。
「懸念していた通りだ。もっと早く気付けていれば…」
湊と並んで走るサリオンが口惜しそうに自戒する。
「別に、気にすることねーよ。十分気づくの早いって」
「うるさい、しゃべっている余裕があるなら置いていくぞ」
「なめんなよ、こちとら元勇者様だ」
二人は互いに挑発するように笑い、さらにスピードを上げた。
●
「思いのほか、面倒だったな」
畑を襲っていた魔物たちを、あらかた退治したところで湊はサリオンに話しかける。
「ああ、そうだな。魔物ながらに連携のようなものを組んでいた。ここは大したことはなかったが、大量に押し寄せてきたらまずいかもしれない」
湊も同意しうなずく。
先ほどのような連携をとる魔物に攻め込まれれば、いくら湊やサリオンがいるからといっても苦戦を強いられるだろう。
「どうしたものか」
サリオンが悩まし気に言う。
先ほどまでの戦闘中の恍惚な表情と一変している。
サリオンはいささか、戦闘狂な節がある。
「軍隊とまではいかなくても、警備団を作って訓練するしかないんじゃない?」
「だが人手が足りるかどうか…」
街の人口は500人弱だ。
もしかしたら、さらに少ないかもしれない。
しかも、その中で、戦闘経験があるものはそう多くはない上に、力のあるものは農作業や建築などする仕事が多い。
「それに、軍隊を指揮した確かな経験があるものがいないからな」
サリオンの言う通り、街には軍師がいない。
ハーフであるために軍隊所属経験のあるものもほとんどいない。
サリオンが唯一、軍隊支持の経験があるが、それはすでに負け戦と決まったものの殿を押し付けられた時であるため、うまくはできない。
「だよなあ…」
湊が悩み始めたころ、街のほうから人影が近づいてきた。
サリオンは何かわからず構えるが、湊はそれを視認できたようで影に近づく。
「リーファ、どうしたの?」
「湊さん早いですよ、私も戦おうと思ったのに、家に杖を取りに行ってる間に終わってるじゃないですか」
「ああ、ごめん」
頬を膨らませるリーファに、湊は顔がにやけるのを必死に我慢する。
「まったく、もう」
「ごめんってば」
「…わかりました。それでけがはないですか?」
「ああ、大丈夫。もどろっか」
「はい!」
一変、満面の笑みを見せる。
二人は、サリオンを置いて行ってしまった。
かわいそす。
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