第7話 もうひとつの過去

 意識が戻ったとき俺はまた天井を見上げていた。ただ白き天井だった。空白を表しているようだ。そこに蓮の姿が映りこんだ。

「あら、意識が戻りましたわね。みなさん、俊太さんが帰ってきましたわよ。」

「えっ!?ほんと!やったー!俊太が生き返ったよ!!」

 菫の声も聞こえた。

「あれ…?俺は確かウイルスと戦っていてそれから…あっ!町のみんなは…!?」

 蓮に聞くと、部屋の中に沈黙が走った。みんながうつむいた。

 近くにいた太一が話しはじめた。


「ごめん、11人消えた。」


 『消えた』。すなわち、この町の人が減少したことを示す。仕事は失敗に終わったということになる。

「ごめんって…なんで謝るんだよ!俺たちの仕事は人を護ることじゃないのかよ!」

 この感情は…いつしか経験したことのある『自責』という感情だ。新入社員のくせに口が勝手に開いたようだ。

「俺も…俺もここで寝てる場合じゃないっていうのに…。初日からこんなザマかよ…。」

「あの時、俊太は確かに例の黒い物体に当たりにいって直撃した。でもアレは止まらなかった。お前ごと人々のほうへ向かっていった。そしたら馬も暴れだして場は悲鳴が飛び交って、そこにウイルスが紛れ込んで11人が消えたんだ。」

「それを止めることが俺たちの仕事じゃないのかよ…。」

 自責の念を抱いている。気がつくと言葉の矢先は、他人に向いていた。


「止めようとしたんだよ…!!でも、突然Portの奴らが現れて僕たちを捕まえようとしたんだ。…だから、僕たちは…逃げた。」


 『逃げた』の言葉に俺は胸が刺されたような気分だ。人々を護るどころか、逃げたのだ。なぜ戦わなかったのか・・・?

「奴らに捕まったら後がない。もし捕まってたら、俊太も牢屋で目を覚ましたのかもしれない。僕たちの活動は不可能になってしまうんだ…。僕たちがどんなに人の存在を救っても、奴らから見た僕たちは犯罪者。だから、僕と真で俊太を背負ってデータフライングで逃げた。」

「俺を背負ってって…そこは町の人を救って場を収めることが正解じゃないのかよ!?」


「正解なんて僕にも分からないよ!」

「少なくともそこは1人でも護るべきじゃなかったのか!?」

「でも俊太が消えたら元も子もないだろ!」

「なんでっ…!なんでだよくそ!」


・・・・ッパァーン


 俺は頬にビンタを受けた。

「高山さん、少し生意気です…。」

「えっ…?」

 真だった。あの真である。一度、目が開き周りを見ると芽花、蓮、菫の3人は泣いていた。


「少し生意気だと言っているのです。あなたはまだこの組織やレッドレンズのことも熟知していません。そのような状況下、あなたは自分の立場を把握する必要性があります。自分自身の努力等を評価するのは自分自身、だと言いたいところですが現実を

ふまえますと、他人です。」


 真は目を合わせずとも、はっきりとした口調で話していた。

「みんな、もうケンカはやめて…。」

「私、みなさんのケンカする様子はあまり見たくありませんの…。」

「…うっ。」

 3人は泣いていた。

「ごっ…ごめん。…。悪かった…。」

 胸が締め付けられるような空気のなか、今日のPWの活動が終わった。

「これ、読んでおいてください。」

 真から赤色のファイルを受け取った。中の紙には『11人分』の住民の顔写真と名前が載っていた。


「あ…山田たちの名前だ…。」


 * * *


 それは晩のことだった。初戦から約5ヶ月が経過し、PWに団結力のようなものが見え始めたあとの晩だった。

 共に戦うようになって言葉が増し、最近表情のレパートリーも増えた真から寝室に呼ばれた。

 他は誰もいない。

「突然どうした?男2人が寝室にいるってホモい気がしたのは俺だけか?」

 先に言っておくが俺はホモじゃない。

「そんな訳ないでしょう。あなたとは一緒に戦ってきてこれを言うのは今頃かよ、とツッコまれそうですが、太一のことについてお話があります。」

 口調は依然として敬語である。嫌われているのかとでも考えたことがあるが、5人みんなに敬語を使用しているので問題ない。


「あなたは太一と幼なじみと聞いておりますが、それは高校3年生までのことですね。」

「まぁな。大学に進学するときに別々の進路を進み始めたからな。」

 あぁ、高校時代と言えばもう少し青春とか恋愛をしたかったぜ。

「ならば、高山さんは太一の過去について知らないことがあるでしょう。大学時代のときの太一さんの、『もう一つの過去』について。」

 まっ、まさか…。俺に黙って彼女を作っていたとか無いだろうな…!?

「恋愛してたのか!あいつが!?まさか…でも可能性は無いとは言いきれ…」

「まだそのようなことは一言も喋っておりません。高山さんにも関わる話です。」

 まっ、まさか…。芽花さんに恋的視線で興味があるってバレたか…!?いや別に貧乳が好きとかそいういう訳じゃない!こう、世話をしてくれるあたりが好きなだけで、こう…いや好きってのはさ、そう、あれじゃねえよ!?いやでも…

「高山さん何1人で汗かいてるんですか。まだ本題にも入っていません。」

「す、すまん。続けてくれ。」

「率直に言いますと、太一さんは一度デスブレイカーと対面しています。戦ってはいませんが。」

「た、対面!?話したことがあるっていうことなのかよ!?」

「太一さんはデスブレイカーと1対1で会話をされていたようです。」


 ***

「デスブレイカー!お前の目的は一体なんなんだよ!」

「僕はただ僕の正しいと思ったことを実行に移すだけだよ。」

「町の人々を削除することが正しいことなのか!?」

「相手を理解しようとしない駄目人間には言われたくありません。所詮、駄目人間は変われないでしょう?」

「何を馬鹿げたことを言ってるんだ!!」

「…。ならば証明してほしいものです。ダメ人間が変われることを。そしたらみなさんの意見を聞きましょう。」

「お、おい!ウイルスは止めないのかよ!」

「さっきも言いましたでしょう?僕はただ僕の正しいと思ったことを実行に移すだけです、と…。」

「こいつ…!!」

「それとも、本当に変われないのですか?」

 ***


 全く知らなかったことだ。

「高山さんは初戦終了後、組織内での騒動を覚えていますか?」

「あぁ、鮮明に覚えてるよ。」

「あの時、太一さんは一種の不安を感じていたのです。実は太一さんは高山さんを駄目人間が変われることを証明するためにこの組織へ参加させました。しかし、あの高山さんの言葉を受けて不安を感じていました。本当に変わり、デスブレイカーに証明ができるかどうかを…。」

 心の隅にあった違和感の謎が解けた。あの時の太一の表情は確かに暗かった。そして太一が俺の就職面接を邪魔した理由も分かった。

「高山さん…。変わりましょう。私が言いたかったことはただそれだけです。私の持ち合わせている秘密はこれぐらいしょう。今晩はもう遅いので明日に備えます。」


 こうして俺と真は2階にあがり、男部屋に入って太一と3人で眠りについた。

 ちなみにその隣の部屋は乙女の部屋である。今頃、芽花、蓮、菫の3人も隣の部屋で寝ている頃だろう。

 いや、恋愛話でもしている…のか…?

 今の俺には分からなかった。


 布団の上に横になり何度目かの天井を再び見上げた。脳内でさっきの真の言葉が再生された。


『実は太一さんは高山さんを駄目人間が変われることを証明するためにこの組織へ参加させました。』


 いわば、人間の価値を示せというのだ。己自身の価値を。

 今の俺よ、お前は自分の価値がどのくらいなのか知っているか?

 人間を代表して、人間の価値を示す自信があるか?

 自問のみを繰り返しながら、その日を終えた。


 ***

 2階のベランダにて。時は夜。満月が輝く夜空に瞳を向ける人が1人いた。太一である。

「こっそりドアの傍で真と俊太が話していたの聞いていたけど、真って意外と嘘をつくんだなぁ…。」

 独り言。窓の向こう側には風になびく木々が見える。

「まだ話しきれていないのになぁ。」

 木々が左右にゆれている。

「話すべきか、否か。どっちが正しいんだろうなぁ。」

 月に向かってそう呟いた。

 太一は、今自分の顔がどのような顔をしているのか気になりなりたがった。

「さて、いつ話そうものか。話すべき時はくるのかな…。」

 ***

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