第4話 過去と太一とデータと

 以前として雨はまだ降り注いでいて、風も吹いている。窓の外の鳥の巣は壊れ欠けていた。

 太一を家に上がらせ、とりあえず机の上にお茶を置き、お互い向き合うように座った。


 聞きたいことが山のようにある。


「なんで俺の今の現状を知っているんだ?」

 謎めいた気持ちは収まらない。

「俊太、だいぶ不安そうな顔をしているね。同級生とかにバレたくないのか?ニート状態のこと。」

 のんきな顔だ。だけども俺を試しているかのような顔だ。

「当たり前だろ!同級生がみんな普通に就職しているのになんで俺は33社も落ちるんだよ!!」

「・・・・・。」

 刹那に沈黙の時間が流れた。だが太一の顔は不変である。

「わ、わりぃ。愚痴みたいになっちまった。」 

 つい声が大きくなってしまった。荒げた。

「毎日ゲームしててさ、現状を変えたいと思ったの?親から仕送りも受けちゃって。」

 こいつ、仕送りのことも知っていた。

 お説教を受けている気分だ。太一の言っていることは正論だ。俺も普通の会社員だったら、ニートに向かって似たこと言い放っただろう。でもそれは空想世界でのお話だ。


 俺は考えている本当のことを伝えた。

「そりゃ変えたいよ。家族に迷惑がかかることは知ってる。子供の時はさ、大人になったら普通に就職して普通に結婚できるもんだと思ってたけど現実はそう甘くなかったんだよ。」


「そのなんでも他の事象のせいにする癖、やめたほうがいいよ。お前、そのままだと

就職してもすぐ辞めさせられるぞ。」


「分かってるよ!!自分が如何に愚かな人かってことも。働くことのつらさなんて体験したことないけど、それぐらい分かってるよ。でも、もう手遅れだと感じてしまうんだよ!・・・面接のときに職歴を見られたら信用されないだろ・・・。また落ちてしまうだろ・・・。」

 何も分かっちゃいない。俺は自分のことをまだよく分かっていないようにも思えた。かつて仲のよかった太一に向かって、声を荒げていた。太一は何も間違ったことを言っていないのに。


「さっきの僕の言葉をどう受け止めるかだ。」


 太一が口を再び開いた。


「残念だけど、現代社会では周りの環境に自ら適応していく人間が昇進していく。このことに気づかない、気づこうとしない人間は時が経っても下っ端のままだ。それで『なんであいつだけ昇進していくんだよ』って言ったってそりゃそうだろ。環境に適応できていないのだから。」


 太一の口から吐き出てきた言葉が、今の自分の心に突き刺さる。

 雨、雷、そして曇天。外の天気は相変わらずだ。

 静けさが数秒流れた。

 今の俺の心はマイナス傾向だ。気を取り直すつもりで、忘れかけていた二つ目の質問をすることにした。

「このタイミングで聞くってのもおかしいんだけど、なんで太一、俺のことそんなに知ってるんだよ。ニートのこととか、メールのこととか。」

 後半部分を少し笑いながら言った。太一は大事な友達だ。仲を悪くすることは嫌である。

 太一はのんきな顔で答えた。

「そりゃそうでしょ!だってさ、」

 このとき、次の言葉が返ってくるだなんて、全く予想していなかった。

「そのニート状態のこととかメールのこと、全部、僕が作り上げた状況だもん。」

 

 ・・・・・・は?こいつは何を言っているんだ。


 太一が、今の俺の状況を作り上げた?


「さっきの僕からの会話の流れからして明らかにおかしいけど、友達からメールが来なくなったのは僕が操作したから。」


 ・・・え?


「あとゾンアマから謎の品物が届くのも僕が操作したから。」

 

太一が次々と発言していく。


「おまけに言うと、朝のオンラインゲームで俊太を倒したのも僕。」


 なんでこいつ、オンラインゲームのこと知ってるんだよ・・・・。


「やっぱり会話の流れから明らかにおかしいけど伝えるよ。この状況の元凶といってもいい就職の面接で33社落ちた件、これも実はぜーんぶ、僕が操作したからなんだよね。」


 ・・・・・・・なぜ?俺の今の状況を作り上げたんだ・・・。


 腹の底から湧き出てくるこの感情は一体なんだろうか。太一に対して持ったことのない感情だ。それは赤と黒が混ざった色で、熱を持っていたような・・・。

 確か、『怒』というやつだ。

 拳が震えた。感情が高まってしまう。

 俺は手元にあったコップに注がれたお茶を太一の顔にかけた。お茶が分散した。かけて『しまった』のほうがいいのかもしれない。顔は濡れ、服も濡れた。シワのないキレイな服だった。

 でも、『怒』は収まらなかった。

 まるで、自分が自分ではないようだ。

 でも、今こいつは言ったんだ。『全部僕が操作したんだ』って。

 その場で立ち上がって叫んだ。

「どういうことだよ!!言ってる意味がわかんねぇよ!なんでお前が…お前がそんなことするんだよ!!」

 太一はポケットからハンカチを取り出して服についてしまった水を拭き取りながら言った。

「俊太、今から僕の放つ言葉がお前をもっと腹立たせると思う。でも、聞いてくれ。」

 太一という人間は時に異なる表情を見せる。この表情は・・・

 『真』だ。

 俺の瞳孔が大きく開いていた。

「働くっていうことは、我慢することを覚える意味でもあるんだ。どうだ、小学校の先生が言いそうなことだろう?でもこれってな、成人になっても適用されるんだよ。現代社会って怖いだろう?でもこれが現代社会だし、日本だし、資本主義だし、現実なんだよ。」

「そんなこと言われたら我慢できるかよ!」

 あぁ…。感情と言葉が溢れ出す。

「どうして…どうして…。」

 涙が溢れ出した。

「俊太が大学卒業して就職する時期になったとき、僕はとある技術を使って会社にはまったく違う履歴書を送りつけた。俊太が会社に送った履歴書は改ざんされたっていう訳だ。同じ技術でゾンアマからの謎の品物の件も行ったんだよ。」

「だからなんだっていうんだよ…!」

 涙がさらに溢れ出た。怒りと、悲しみと、悔しさが混じったような色をしていた。

「・・・。なんで太一はそんなことをしたんだよ。昔はこんなお前じゃなかったはずだ・・・。」

 震え声になりつつ聞いた。人間の行う行動には必ず要因がある。理由がある。これだけは聞かなければならないことだと感じていた。

「そう!その言葉を僕は待っていたんだよ!」

 と言うと、突然立ち上がった。机を挟んでお互い向き合っている。

 太一は顔は一の顔に戻っていた。

「もう俊太は仕事のことで悩まなくてもいいんだ。」

「なにそれ。慰めてるの?太一が俺をニートにしたのに。」

 呆れ顔で言った。過去の情報操作をすべて元通りに戻せたとしても時間は戻らないことは太一も知っているはずだ。

 こんなに太一にお説教をくらった後には、働きたいという気持ちの苗が生えた。俺は単純な男だ。我ながら感じる。でもそれでいいのだと思う。


 どんなことにも批判的だったら進歩は数少ないだろう。確かに、何事も鵜呑みにしないように、と批判的になることは大切だ。だがそれが過剰になったら、何も得られないだろう。


 時に、自分自身を根っこから変えて、新たな苗をだしてみるのだ。


「僕の会社に来てよ。就職試験なんて要らないから。これだったら抵抗は感じられないでしょ?」

 気がつくと天気は良くなりつつあった。

 温かみ、柔軟な風、雲間からの光。

 さっきの雨によって苗が生えたのだろう。新たなる芽生えは過去の失敗から始まる、というやつだ。

「何それ、太一は会社でそういう担当の人なのか?」

「違うよ!『僕の会社』だって!」

「え?だからそういう担当の……あっ。」

 俺、察する。

「気づいた?」

「えぇとだな、太一は・・・まさか、会社の社長だったりするのか・・・?」

「そうだよ!僕が社長である会社で勤めるんだよ!」

 こいつ、やりおる。同じ年齢だというのに、ここまで地位の差はひらくものか。

 俺の心に驚きの感情が走った。

「えええええぇぇぇぇぇ!お前それガチかよおおおおおぉぉおお!!」

 そんな天気に俺の声が響いた。

「ってことは俺は今から太一の掌のうえで働くってことか。」

「え?それって働いてくれるの!?」

「他に場所がねぇんだよ。どうせまたお前が情報操作とかなんとかして妨害しそうだし・・・。」

 本音だ。

「それでも僕は嬉しいよ!人が足りないんだよ!そうとなればすぐに行くよ!」

 今度は太一が俺の腕を引っ張った。

「行くよってお前、今から俺出勤するのか!?」

「もちろんだよ!急いでみんなに伝えないと!」

 こうして俺は、初出勤を太一と共に走ることとなった。

 どうやら太一は再び丸岡公園へ行くらしい。丸岡公園への坂道を登り走っている途中に俺は聞いた。

「ところでよ、仕事って何すればいいんだよ。ブラック会社だったら今すぐにでも家に戻るけど。」

 言い終わった約二秒後に、太一が突然足を止めた。危うく太一の背中にぶつかりそうになった。


「俊太にしてもらう仕事は、この町と人々の今後を護る、大切な仕事なんだ。」


 太一は真剣な表情をしていた。かつ、悲という顔も見えたような気がした。語尾が小さくなっていた。街を護るって、どういうこと。

「話すと長い!とにかく出勤だよ!」

 顔が戻った。太一の顔は七変化が可能のようだ。

「てか会社はどこなんだよ!」

 聞いたところで俺たちはすでに丸岡公園に到着して、元のブランコの近くにある高台へ登った。

 ここの高台からの景色は丘にある高台とだけあって、町全体を望むことができる。

 太一は俺の質問を流したっぽい。太一は開いていた右手で右目の横辺りをスライドした。どうやらレンズフォンを起動させたらしい。このレンズフォンは極微量の音波などをおこすことで音楽を楽しむことさえできる。さて、太一はいまから音楽でも聞くのだろうか。だが違った。

 突然、太一が口を開いた。


「俊太、行くよ…。デイタブル、起動。」


 突然、太一のレンズフォンが赤くなりだした。異常を起こしてもこんな色にはならない。

「お、おい、なんだそれ・・・?」

 すると次は、太一が身につけていた腕時計が音声を発し始めた。


『データフライングを行います。フライヤーは、マスター前田太一、ナンバー2高山俊太。高山俊太は、初フライにより体のデータ化を行います。』


「は、はぁ!?体のデータ化ってなんなんだ!?」

 体が部位ごとに青くなり始めた。すると、今度は小さな正四角形が所々に見え始めた。

それはまるで『データ』を可視化したようなものだった。

「たっ、太一!これ一体どうなって…ってお前も四角になってきてる!!」

「大丈夫だよ、俊太。死んだりしないから。保証はないけど今までそんなことなかったから!」

 こ、こいつは何を言ってやがる。

 体がだんだん軽くなってきているようだ。

「そもそもデータ化ってなんだよ!太一、これ本当に俺の体は・・・」

『データ化完了。ポイント地点までフライングします。』

 俺の言葉は途中で切られた。

 あぁ、俺の人生もここまでか・・・。死因は他殺。両親、今までお世話になりました。恩返しできなかったけど心からは本当に感謝しているよ。あの世に言ったらご先祖様に会いにいこう。そしてあなたの祖先はこんな人でしたよって伝えなきゃ・・・。

 そんな言葉が脳内再生されていった。

 やがて意識が薄れて…。

 俺の『体のデータ』ってのは飛んでいった。どうか生きていますように…。


 ***

「本当に高山さんでよかったんですか…?」

「もうその質問はするなと言っただろう?少なくとも間違ってはいないさ。」

「太一、私たちのことはどうするの?」

「大丈夫。バレやしない。」

 ***

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