第5話「人身御供」
「ここがそうかい?」
蒼刀の問いに隣に立つ少女、七海は静かに頷く。
そこは館の最奥、禍々しい雰囲気を放つ血まみれの扉であった。
「確かにものすごくヤバイ気配がビンビン伝わるね♠ それじゃあ、どれほどの化物がいるか見てみようか♥」
しかし蒼刀は舌なめずりをしながら、この奥にいる化物への興味いっぱいに扉を開く。
そこにあったのは宙に浮かぶ肉塊の塊。
部屋の四方から伸びた鎖によって部屋の中心にまるで浮遊するかのように固定された肉塊。
肉の所々には取り込んだままの人間の腕や足、頭など様々なパーツがデタラメにくっついたままであった。
それがまるで心臓のようにある一定の鼓動を波打っていた。
少女はあまりの歪なその姿に顔を歪め吐きそうになる口を押さえながら視線は外す。
一方の蒼刀はその肉塊よりも、その肉塊の前に座りこちらを歓迎するかのように迎え入れた老婆を見ていた。
「おや、旅のお人。わざわざここまで足を運んでくれるなんて、案内する手間が省けたよ、お礼を言わないとねぇ」
「僕の方こそ、帰りにアンタを探さなくて済んだよ、婆さん♠」
それは最初にこの村を訪れた際、蒼刀に声をかけたあの老婆であった。
あの時と同様に人の良さそうな笑みを浮かべたまま老婆は蒼刀たちを歓迎する。
「あの時からなーんか引っ掛かってたんだよねぇ♠ 最初に会ったあんたからは人殺しの匂いがした。けれどそれはあんたが同じ人だという匂い。怪物や化物が人を殺しててもそれは当たり前のことだから別段変な匂いじゃない♥ それにあんた以降からは一切生きてる人間に会わなかったからね♠ 必然あんたが黒幕だって予想ついてたよ♥」
「おやおやまあ、これは嗅覚だけじゃなく頭まで冴えてる子だねぇ。いいね、いいねぇ、あんたならオヤシロさまも喜んでくれそうだ」
そう言って歪な笑顔を浮かんだ老婆の背後では、オヤシロさまと呼ばれた肉塊が嬉しそうに鼓動を打ってる姿が見えた。
「なんで……なんでこんなひどいことをするんですか!」
たまらず蒼刀の隣にいた七海がそんな悲痛な声をあげる。
それに気づき、老婆はしわくちゃの顔を歪ませながらの笑顔を七海に向け、たまらず七海は蒼刀の後ろに隠れる。
「どうして? 不思議なことをいう子だねぇ。オヤシロさまがそれを望んでるからだよ。神様に捧げものをするのは人として当然のことだろう?」
言って老婆はむしろ、なぜをそれをしないのか。
それをしなくなったのか。
そんな現代社会に疑問を投げかけるように続ける。
「もともと私たちの国はそうした神様に捧げものをしてきた国だったんだよ。災害や疫病そうした時に頼るのはいつも自然の神様、人身御供だった。昔の村はねぇ、そうしたことが当たり前だったんだよ。誰も疑問を挟まないほど自然にねぇ」
言って老婆は背後のオヤシロさまをまるで愛しい子供のように撫で始め頬ずりを始める。
「この村にいたオヤシロさまも昔はもっと小さな肉の塊だった……。私が土くれの中から見つけた神様だったんだ。それを崇め奉っていたら村人たちがこの子を化物と呼んで殺そうとしたんだ……だからあたしゃ、そんな罰当たり共を逆に殺してこの子の餌にしたんだよ、だってこの子はあたしの子供なんだから」
そう言って老婆を包容するように肉塊から生まれた触手が老婆を包む。
そのうちの一本の触手が老婆の口の中へと潜りこみ、体内へとなにかを注いでいるのが見えた。
口から溢れたそれは肉塊であり、溶け合った人の体の一部。
まだ崩れていない目玉や指先などが溢れていた。
それを見てたまらず七海は吐き気を抑えながら顔を背ける。
「この子はねぇ……親孝行なんだよぉ、この子のおかげであたしは何百年も生きてきた……けれど、この子はすぐにお腹がすくから村人たちを次々と捧げていったのさ。けれどこの子は捧げられた村人たちを不老不死として返してくれた。ねぇ、素晴らしいだろう? 神様はちゃんと捧げたものに見合うものを返してくれるんだよ。あんたたちもこの子の一部となってあたしたちと一緒に永遠を生きましょう」
そう言って狂気の笑みのままこちらへ近づこうとした老婆が、しかし次の瞬間、ぐるりとその首が落ちるのが見えた。
「……え?」
コロコロと自分の首が落ちながら、胴体が見えるその光景に老婆は思わずそんな間抜けな声を上げた。
「自分語り長いよ婆さん♥ 最近の子たちはね、そういう敵の事情とか知るかで終わらせるんだよ♠」
見ると蒼刀から伸びた見えない糸が老婆の首を切断し、残った糸で老婆の体をバララバに砕く。
自らの体が粉みじんに切り刻まれるのを見て、老婆は気が狂ったように叫ぶ。
「ああああああああああああ!!! あたしの!! あたしのオヤシロさまにいただいた不老の体があああああああああああ!!!!」
「へえ、頭だけでも生きていられるなんてさすがは化物に改造されただけはあるね。だけど♠」
くいっと指先を動かし自らの眼前に婆さんの首を持っていく蒼刀。
蒼刀と目が合い、老婆の目はここ数百年浮かべたことのない恐怖の色を浮かべた。
「本当に怖いのは化物じゃなく、人間なんだよ。君や――僕のようなね♥」
「ま、待って! た、たすけ――」
その先を紡ぐことなく、蒼刀の指先に絡まった糸の数々が老婆の頭部を肉片一つ残さず切り刻んだ。
「ババアのひき肉ミンチ一丁上がり、なんちゃって♠」
それを見ていたと思わしき肉塊の塊であるオヤシロさまが憤怒とも嘆きとも取れぬ叫びをあげ、その肉塊から生まれた様々な歪な腕――ゆうに数メートルを越えるちぐはぐと縫い付けられた出来損ないのような人間の腕を伸ばし、蒼刀へと迫る。
「ああ、ちなみにさっきのおばあさんの会話中、婆さんだけじゃなく君の全身にも糸を絡めておいたから♥」
見ると部屋中に張り巡らせた蒼刀のワイヤーが文字通り蜘蛛の巣のようにオヤシロさまを中心に張り巡らされ、オヤシロさまが動くと同時に、その腕が指先から粉々に切断されていき、次の瞬間、糸でがんじがらめに縛られるように肉塊が身動き一つ取れなくなった。
「これが僕の愛、ラブワイヤー♥ よく伸び、よく縮み、よく切断し、よくくっつく、一応言っておくけれど、もう逃げることはできないよ?」
その蒼刀の宣言通り、蒼刀のワイヤーはまさに蜘蛛の糸のような粘着性すら持ち、肉塊が咆哮を上げながらもがくがそれがドンドン肉へと絡まり、さらには食い込み、次々と鮮血を流し始める。
「僕さ、肉塊をいたぶって喜ぶ趣味はないんだよね。だから、さっさとハムにでもなってくたばってよ♠ なにより君みたいなゲテモノ――全然そそらないや♥」
それは先ほどの老婆の狂気を上回るただただ冷酷な笑み。
それを最後に、オヤシロさまと呼ばれた肉塊は文字通り、ただの肉片として粉々に砕かれ、足元にてかろうじて生き延びようとした肉片すら蒼刀が踏み潰し、ここに村を狂気へと占領した元凶は息絶えるのであった。
「さて、これで約束通り、君のお友達の仇は討ったよ♠」
「……そうね」
言って蒼刀は隣に立つ七海に声をかける。
それを受けて七海もどこか覚悟を決めたように呟く。
「ありがとう。あなたのおかげで仇は討てた。あの子達はもう戻っては来れないけど、これでもう誰かが犠牲になることもない」
そう呟き、静かに七海は自らを差し出すように両手を広げ蒼刀の前に差し出す。
「――いいよ、アタシを殺して」
それはさながら人身御供へ差し出す生贄のように、七海は自らの命を蒼刀へ差し出した。
「うん、わかった♠ それじゃあ――」
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