第4話「少女の契約」

「まったくまるで素人の解体だね。せめて死体くらいはちゃんと処理してくれないとこういうずさんな処理されると逆にプロが困るんだよ♠」


 言って蒼刀は森の中に放置された死体の数々を目にしながらそう感想を漏らす。


 気から吊るされた腐ったまま放置された死体。

 首や腕、足や体、人間のパーツをばらばらにして箱に詰め込まれた死体。

 首を切り落とした死体の胴体に別の異性の頭を被せた悪趣味な死体。


 常人であれば気が狂いそうなその異空間の森を、しかしサイコパスはまったく動じた様子はなく、むしろ芸術性の欠片もないただ残虐性を示したいだけの呆れた感性に辟易していた。


「はぁ……よくいるよね。大した意味もなく単に残虐性を示したいのか死体をバラバラにしたり別の死体くっつけたり……本人はそれで芸術性だの、僕は狂気に染まってすごいんだぞーってアピールしたいんだろうけど……僕から見れば呆れるよ……まったく出来の悪い黒歴史を見てるみたいだ。殺人にハマった初心者が意気揚々と作ったすごいぞアピールにしか見えないよ……はぁ、萎えるなぁ……」


 そう言って彼の心境にあるのはむしろB級どころかC級のホラー映画を見せられて「これむしろギャグだろう?」という心境であった。


 やがて森を抜けた先、山の奥に見えた神社が蒼刀の前に広がった。

 その神社には無数の御札による封印がされており、いかにもな雰囲気が漂っていたが、蒼刀はそれを見るやただ一声鼻を鳴らして、指先のワイヤーを動かし封を斬り扉を蹴破った後、堂々と正面から中へ入る。


「お邪魔しまーす」


 まったく悪びれた様子もなく、中へ入る蒼刀であったが、そこにあったのは外の風景とは全く異なるまるで迷路のように入り組んだ屋敷内であった。

 普通ならそうした異常現象に多少の驚愕を浮かべるはずが、やはりサイコパスの感性を持つ蒼刀にしてみればどうでもいいとばかりにズンズンと奥に入り、目に付いた扉を片っ端から開けていく。


 その中には村人達と同じような狂った村人が蒼刀を見るや襲いかかるも、彼の愛のこもったワイヤーにより返り討ち。

 時折、全身の皮を剥がれて苦しんでいる犠牲者を発見するが。


「あっ……ああっ……た、たすけ……」


「あ、ラッキー、生きた人間じゃん♥ 死人ばっかりで退屈だったんだよね♠」


 容赦なく蒼刀が止めとばかりに息の根を止める。

 どのみち助からないだろうし、ここで起きたことが外にバレる心配はない。

 死人も生きてる人間もとりあえず殺す。

 これがサイコパスの流儀である。


 やがて、ひとつの小部屋を開けた際、その奥に隠れる人影を蒼刀は見つける。


「だーれーだー?」


 もはや死人よりも蒼刀が生きた死神と化し、この館に潜んでいる生者死人問わず虐殺を行い、後半に至っては死人まで逃げ出す始末。

 無論一匹たりとも逃がすつもりもない蒼刀はこうして隠れている獲物を嬲り殺すことでせめてもの無聊の慰めとしていた。


「隠れてもー♠ 無駄だよー♥ 君の生きてる人間の匂い、呼吸、ぜーんぶ聞こえてきちゃうからー♥」


 そう言って逃げた獲物を追い詰めるように無数の空箱の中に隠れたその姿を暴くべく、周囲の箱すべてをワイヤーで切り刻む。


「ほらー、みーつけたー♥」


 砕けた箱の中から現れたのは、恐怖に怯え膝を抱え蒼刀を見つめる女の子の姿であった。


「あれー、君のその顔、見覚えがあるなー、ひょっとしてー♠」


 言って蒼刀は胸から三人の子供たちの親からもらった子供たちの写真を取り出す。

 その中のひとり、先程バラしたふたりの子供以外の最後のひとり。

 その少女の顔が目の前で震えていた。


「なーんだ、てっきりあの子たちに殺されたかと思ったけど、君生きてたんだねー♥」


 言って蒼刀は懐から取り出したトランプをそっと少女の頬に当てる。


「心配しなくてもいいよー。僕はこの村の住人じゃない。君のご両親に頼まれて君を探しに来たものだから♥」


 その蒼刀の発言に少女の顔に「パァ」と光が灯り、希望という感情が瞳の奥に溢れ出す。


「そ、それじゃあ、私を助けに来てくれたの……!」


 しかし、そんな少女の希望はすぐさま散ることとなる。


「ううん、違う。君を殺しにきたの♥」


 スッ―と少女の頬から血が流れる。

 見ると先ほどのトランプがまるで鋭利な刃物のように少女の頬に傷を付け、そこから流れた血を蒼刀は舌先で舐めていた。


「あっ……ああっ……いいっ! いいっ! すごくいいっ! その希望から絶望へと切り替わった表情すごくいいよっ! そそるっ! ああぁ……本当は全部終わって町へ返す直前に殺すのが一番良かったんだけど、そんな表情見せられるともうここで我慢できなくなっちゃうよぉ……!」


 言って立ち上がった蒼刀の股間からなぜか光が溢れ、効果音まで流れる。

 再びゆっくりと少女の顔の前に自身の顔を近づけて、恐怖に引き攣りながらも視線を外さない少女を蒼刀は満足げに撫でる。


「いいねぇ……その表情、せっかくだからそのままの顔でいてよ♥ 恐怖に震えながらも希望を諦めず、そこに現れた希望の手によって摘み取られる絶望♠ うんうん、最高だよぉ♥」


 そう言って少女の首に見えないワイヤーをスルリと絡ませ、一息のまま少女の首を取ろうとしたその瞬間――


「……わかった。アタシの命はあなたにあげます。けれど、お願いがあります」


 恐怖に震え涙を流し、ガタガタと歯を震わせながらも少女は蒼刀の顔を正面から見つめたまま告げた。


「この館の奥に居るオヤシロ様ってやつを殺してください。それをしてくれるなら、アタシの命、あなたにあげます」


 そう言って自らの命を差し出す少女の目に、蒼刀は一瞬唖然となる。

 が、すぐさま先程以上の歪曲した笑みを浮かべる。


「へぇ、それってどういうことなのか、詳しく聞かせてもらってもいい?」


「……アタシと、友達の智樹君、由紀ちゃんは一緒にこの村につきました。そして村の歓迎を受けたあと、ここに連れて行かれてオヤシロさまってやつに生贄として捧げられました」


 言って少女・七海は語る。

 オヤシロさまは生贄とされた人間を生きたまま取り込む。

 それは一種の捕食行為のようであり、人をゆっくりと体内で溶かすため、まず最初に皮膚がはがされる。

 頭皮や髪なども溶かされ、まさに生きたたまま皮を剥がれ溶かされ食べられるという地獄。

 そして、それだけではない。

 オヤシロさまは取り込んだ人間から肉塊のような卵を産み、それが元となった人間と同じような姿の肉の人形となる。


 それこそが村人たちの正体である。

 彼らの中に詰まっているのはオヤシロさまの肉であり、それを動かすための虫や更なる別の人間たちの肉。

 意思や人格は元となった人間の魂がコピーとして器に張り付くようだが、それも肉の人形についた残滓のようなもの。

 オヤシロさまから生まれたそれはもはや全く別もの、怪物と言ってもいい。


 すでに七海の友人二人はオヤシロさまに取り込まれ、その後に彼らのコピーである肉人形が生まれたという。

 七海だけは隙を見て逃げ出し、ここに隠れていたという。


「あいつは……アタシの友達を、生きたまま殺した……! 絶対に許せない……! あいつを殺してくれるならなんでもします……! アタシの命もあげますから、どうか……!」


 そう言って震えながら懇願する少女の涙を見て、蒼刀はたまらないとばかりに声を張り上げる。


「いい……っ! いいっ! 君、すごくいいっ!! 自分の命よりも殺された友達の無念のために、僕のような殺人鬼に命を捧げようという純粋な感情……!! ああ、すごくいいっ!! たまらないっ!! 最っ高だよ、君ぃっ!!」


 まるで絶頂に震えるように自らの体を抱きしめる蒼刀はひとしきり感激した後、少女の瞳を真っ向から見返す。


「いいよ、その条件飲んであげる。それから君を殺すのも後回しにしてあげるよ♥」


「え……?」


 男のその提案に思わず少女は先程と同じように驚愕と、そしてわずかな希望を宿らせた。


「君だって自分の友達を殺した奴が死ぬのは目の前で見たいだろう? その希望を叶えた後に君の命を摘み取る。僕はね、君のような尊い精神を持つ人間が大好きだからさぁ♠ あっけなく奪うなんてもったいないことはしないよ♥」


 そう言って蒼刀は手を差し伸べる。

 七海は一瞬ためらうが、ここで他に希望など存在するはずがなく、地獄にあって魔物を殺すために、その魔物を越える悪魔と契約を結び、その手を取るのであった。

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