第3話「オヤシロ様」

「さてと、やっぱり怪しいのはあの建物かな♠」


 そう言って蒼刀は村の奥にある山に隠れた神社を確認する。

 遠巻きに見ながらも、その神社に漂う雰囲気が異質であることが感じられた。


「まあ、仮にさっきみたいなつまんない死体崩れの玩具だったとしてもバラすくらいにはちょうどいいし。なんだったら、さっさと依頼を終わらせて、人をバラしに行けばいいか♥」


 そう言って森の中へと入ろうとした蒼刀の後ろから複数の足音がする。

 足音のする方向を振り向くと、そこにはクワや鎌といった農作物を狩る道具を持った村人達が人の良さそうな顔をして蒼刀へと近づく。


「お兄さん、そっちに入ったらいけないよ」


「そうだよ、その奥はオヤシロさまが住まう森。下手に入ったら呪われちまうよ」


「呪われる? どんな風に?」


「そうだねぇ。たとえば生きたまま肌を剥がれたり、死んでも死ねない呪いをかけられたりと色々さ。悪いことは言わないからはやく引き返しなさい」


「なるほどね。で、それはいいんだけど♠」


 言って蒼刀は村人のひとりを指差す。


「君、化けの皮がはがれちゃってるよ♥」


 見るとそこには皮が剥がれ、その下の血管や繊維が丸見えとなった血まみれの顔の老人がいて、老人は慌てて皮をかぶる。


「おっと、いけない……皮が剥がれちゃったねぇ」


「うん。でさ、なんで僕の両手を握ってるのかなぁ♠」


 蒼刀のその発言通り、見るといつの間にか数人の村人達が蒼刀を押さえるように腕を握り、そのまま村の中へと引き戻そうとする。

 その握力は明らかに老人のそれを逸脱しており、成人男性の腕力を遥かに上回る怪力であった。


「あんた、よそ者だからってちょっとはしゃぎすぎだよ。郷に行っては郷に従えって言葉を知らないのかい? ほら、いいものあげるから、これでも食べて大人しくおし」


 そう言って村人の一人が出したのはおにぎりであった。

 だが、そのおにぎりを蒼刀の口に近づけた際、形が崩れ、そこから這い出したのは複数の虫。

 それだけではなく、指、目玉。

 人の体の一部。それもまだ子供の人体の一部がありえない量としておにぎりの中に潜み次々と溢れていた。


「飲み物もあるからたーんとお食べよ、うちらはよそ者も家族のように扱うんだよ」


 そう言って蒼刀にそのおにぎりと水筒の中に詰まった腐った水のようなものを飲ませようとした瞬間。


「いらない。何度も言ってるでしょう。僕は死人には興味ないって♠」


 刹那、蒼刀の周りを取り囲み、腕を掴んでいた村人達の腕が次々と切り落とされていく。


「へ?」


 ポカーンとする村人たち。

 だが、彼らに起きた異変はそれだけではなかった。

 足が指が頭が四肢が、次々とパーツの取れた人形のようにバラバラとなり地面に落ちていく。

 次いで彼ら全員の口から悲痛が上がり出す。


「ひ、ひゃあああああああああああああああああああああ!!!」


「へ、へあああああああああ?! な、なんでえええ? なんでええええ?!!」


「あ、あああああああ!! 体が!! 儂の体がああああああああ!!!」


 しかし、そんな村人たちの阿鼻叫喚とも言える地獄絵図を見ながらも、その中心に立っていた蒼刀は顔色ひとつ変えることなく、むしろ、目の前でバラバラとなり次々と息絶えていく村人たちを見ながら笑顔を浮かべる。


「これ、ラブワイヤーって言うんだ♠」


 見ると蒼刀を中心に細い糸のような何かが張り巡らされていたのに気づく。

 それはあまりにも細く透明でまさしく蜘蛛の糸のように周囲と村人達の体につながっていた。


「僕特性のワイヤーでね。ただ切れ味がいいだけじゃない、よく伸び、よく縮み、よくくっ付く。まさしく僕の愛のようにね♥」


 言って蒼刀の指先から放たれた愛のワイヤーが未だ息のある男の首に絡まり付き、キリキリと糸が締まるたびに男の首から血が滴り出す。


「や、やめろぉ! やめてくれえ! し、死になたくない! 死にたくないいいい! わ、わしらにはオヤシロ様の加護があるんだぞおおお!! こ、こんなことをしてはタダで済まんぞ……!」


「んー♠ そっかー、タダでは済まないのかー♥ じゃあ、やめておいたほうがいいかなぁ……」


 男のその声になにやら考える素振りを見せ、それに対しほっとした男を見た瞬間。


「う・そ♥」


「へ?」


 蒼刀のその一言に男の表情は凍りついた。


「そうそう、その顔だよ♥ その顔が見たかったんだよ♠ 希望から絶望へと落ちる表情ぉ♥ ああ、最高だよぉ♥」


 言って蒼刀の指先が動く。

 それを見た瞬間、なにやら男が泣き喚き、静止の言葉を口にしようとするが……それを最後まで言わせることなく、男の首が落ちた。


 やがて、男の首から流れたのは血ではなく、まるでヘドロのような泥。

 そして、無数の虫達が這い出す。


「はぁ……反応は人間っぽいけど、やっぱ死人じゃ殺してもつまんないなぁ」


 呆れたように吐息を吐いた蒼刀は足にまとわりつく虫を容赦なく踏み潰しながら、改めて森の入口へと視線を動かす。


「けど、まあ、そのオヤシロ様ってのにはちょっと期待できそうかな♥」


 そう言って、蒼刀は狩り甲斐のある獲物を見つけた時の猟奇的笑顔を浮かべ、オヤシロ様が住まうという森の中へと足を踏み入れていった。

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