マツモト先生ふたたび

 金曜日に発症した膀胱炎とじんましんは、土日で落ち着いた。一学期最後の一週間は、それなりに元気に過ごした。そして、夏休み最初の土曜日に、約束どおり、メーちゃんとテニスをした。メーちゃんだけじゃなくて、マツモト先生も一緒に来た。


 マツモト先生の得意なスポーツは、バレーボール。あとは、走るのが速い。小学校で教える体育単元は、なんでも超一流にできるらしい。でも、テニスみたいなラケット系の種目は単元に入ってない。だから、その実力は未知数だった。


 メーちゃんが、勝ち気な笑顔を見せた。


「兄貴とテニスするの、初めてばい」

「つまり、マツモト先生って、テニス初心者?」

「うん。下手くそやったりして」

「下手くそだったらおもしろい」


 二人で笑い合って、準備運動して、久々だから素振りもした。で、適当に三角ラリーしてみた。


 ……マツモト先生、一球目からフツーに打てるんですけど。


「マツモト先生、テニス、やったことあります?」

「なかです」

「ほんとに?」

「テニスのラケットは初めて持ちました。卓球は、たまにやるばってん」


 その情報、参考にならんでしょ。テニスと卓球じゃ全然違う。


 ラリー続けてて、気付いた。ブランクがあるあたしやメーちゃんのほうが、下手かもしれない。


「ゲーム形式で打ち合わん?」


 メーちゃんの提案。賛成したのはいいけど、三人って微妙だよね? そしたら、マツモト先生が言い出した。


「おれは一人でよか。メーとタカハシ先生がペアば組めば?」


 その無愛想なドヤ顔、腕に自信があるわけね。ほー。


 マツモト先生に得点の形式を軽く説明して、両サイドに分かれる。高校時代にとことん練習したサーブを、マツモト先生のコートにぶち込む。無骨ながら正確なレシーブ。メーちゃんのスマッシュ。俊足で追いついて、完璧に打ち返すマツモト先生。


 結論。この人、強い。二人がかりで勝てない。


「だぁぁぁっ、もうっ、なんで勝てないのっ!?」

「兄貴、そのドヤ顔、ムカつくっ!!」


 結局負けちゃって、二人してぎゃーぎゃー叫んだりして、でも笑いが止まらないの。マツモト先生も、息を切らしながら、声をあげて笑ってた。メーちゃんの言う「ドヤ顔」は、すっごく生き生きしてた。汗びっしょりの日焼けした笑顔は少年っぽいくらいで、切れ長な目がキラキラしてた。




 あたしは一旦、自分の家に戻った。ざっと汗を流して、おみやげを持って、マツモト家へ。今日もまたまた夕食をいただくことになってたんだ。


 あたしが用意したおみやげっていうのは、手作りケーキだったりする。もちろん、簡単なやつ。いちばんシンプルなシフォンケーキ。


 この日のために、ハンドミキサーとケーキ型を勝った。ネット通販って偉大。島にいても、ちゃんとした買い物ができるんだから。道具のついでに、ベーキングパウダーも取り寄せた。漁協スーパーに置いてるか不安だったから。


 あたしがマツモト家に到着したとき。


「汗かいた後のビールは美味か!」


 とか言って、マツモト先生は一人で乾杯してた。今までに何度かあった飲み会で判明したんだけど、マツモト先生って、島の人だけあって、めちゃくちゃお酒が強い。ビールなんて、麦茶の代わりみたい。


 そんなマツモト先生、意外にも甘党だった。食後にシフォンケーキを切ったら、生クリームと一緒に食べてた。メーちゃんが呆れるくらい、たっぷりの生クリーム。


「うまか」


 普段どおりの、もそっとした言い方だったけど、唇の端に生クリームがついたままだし、関節がゴツゴツした指にちっちゃいフォーク持ってるし、なんか目がキラキラしてるし。マツモト先生って、意外と子どもっぽいかもしれない。


「お粗末さまです」

「いや、こげんケーキ、島では売っとらんし」

「でも、島で買える材料で作りましたよ」


 漁協スーパーにも、ベーキングパウダーは売ってた。後は、卵と小麦粉と砂糖だもんね。レシピによっては、ベーキングパウダーなしでも作れるし。


「すごかですね、タカハシ先生」

「ふぇっ!?」

「だって、おれは、作ろうと思ったこともありませんけん」


 マツモト先生は、チラッとあたしを見て、ちょっと笑った。だから、唇に生クリームついてるってば! その笑顔、カッコかわいくて笑っちゃうってば!




 マツモト家での団欒の後、マツモト先生とメーちゃんが、あたしを教員住宅まで送ってくれた。三人で見上げた星空は、すっごく広くて、キラキラしてた。都会の明かりがない場所だから、天の川も見える。


 夏の第三角を探した。マツモト先生は相変わらず目がよくて、あたしとメーちゃんに、織姫と彦星の場所を教えてくれた。


「ほら、真上に、白くて明るか星があるでしょう? あれが織姫」


 指差してくれる筋肉質な腕が、あたしのすぐ近くにあった。

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