第2話 僕のカブトムシ観察日記
●月×日 晴れ
今日、カブトムシ捕りをした。一匹しかとれなかったけど、とても嬉しかった。あらかじめ用意した虫かごにいれて飼育する。明日から観察日記をつける。
我ながらよくある小学6年生の日記だなと思いながら、和樹(カズキ)は日記をとじる。
夏休み前日に先生からなんでもいいから日記をつけてこいと言われたので、和樹は観察日記をつけることにした。和樹は虫が好きだったので、カブトムシの観察日記だ。
「まさか捕れるとは思わなかったがな…」
適当に蜂蜜と砂糖水を混ぜた和樹ブレンドの蜜を、近くにある森の木に片っ端から塗り、夜見に行くという単純な策。
結果は、カナブン5匹とカブトムシ1匹。カナブンはキャッチ&リリースの精神で放した。
「ふぁあ、ぁぁあ…」
時計を見ると、短い針は11をさしていた。流石に和樹も眠たくなってきた。
部屋の電気を消し、ベットにもぐりこむ。 明日は特にすることがない。カブトムシの 観察に集中しよう。
明日の計画をたてながら、和樹は眠った。
****
●月△日
こんなことになるなんて、昨日の僕は予想していただろうか。
まさか、そんな。
落ち着いて聞いてほしい。
カブトムシが、
喋り始めた。
「嘘だろ…!!」
「にいちゃん、そろそろ現実を受け入れようや。これは嘘でも虚実でもない。リアルだ」
椅子に座り頭を抱えている僕に対し、妙に落ち着いた声音で話すのは、昨日僕かとったはずのカブトムシ。
「大体今時カブトムシぐらい喋るぜ?蝶だって果ては木まで喋るからね?あと、カブトムシって呼ばれんのはしのびないわ。なんか名前つけてくんない?」
「絶対ヤダ!」
和樹が断ると、「んなかたいこと言わずにさぁ~」と食い下がってきた。
「そっ、そんなことより!今時カブトムシぐらい喋るってどういうこと?」
「だから、言葉の通りだよ。毎日みんなペチャクチャ喋ってるぜ。ただ聞き取れるニンゲンが少ないだけで。」
和樹は必死に聞くが、カブトムシはどこ吹く風。それよりも自分の名前に興味があるらしい。
「あ、そぉーだ。」
カブトムシの声がねちっこくなる。
「にいちゃんが俺に名前つけてくれたら色々俺らの話聞かしたるよ」
あぁ、カブトムシなんてとらなきゃ良かった。つうか虫全匹滅べ。
和樹はこの日から虫嫌いになった。
****
●月▽日
そういえばこの日記は先生に提出するんだった。
先生。先に言いますがこれらは全て事実です。ノンフィクションです。
あとカブトムシの名前は『ムサシ』にした。カブトムシがそういったからだ。けっっっして僕の趣味じゃない。
なんだこの変な日記は。
和樹は書き終わった時、そう思った。一日目に感じたあの平凡感はどこへいった。
「にいちゃん、名前ありがとうな。いやぁ、やっぱしムサシはかっこいいな!!特に響きとかが!」
餌の虫ゼリーを食べながら和樹に喋りかけるカブトムシ、あらためムサシ。
「ねえカブトムシ。」
「ムサシだ。」
和樹の発言を素早く訂正するムサシ。
「………ムサシ、なんで俺はお前の声が聞こえんの?」
「んー、ング、まぁムシャアあれだムグムグな。」
食べ終わってからしゃべれや
そんな顔をしていたのだろう。和樹の思いに気づいたムサシは、食べ終わってから改めて喋りだした。
「ゴクン…えーと、要はにいちゃん。君は耳が良いのさ。」
「あ、聴力とかじゃなくてな。」と付け加える。和樹は質問を続ける。
「じゃ、じゃあ他にも俺みたいにムサシたちの声を聞き取れる人がいるの?」
ムサシは少し考えると
「うーん、まあそうかな。ただ俺はにいちゃん以外見たことないな。それに、これからも見ないだろうな」
「なんで?」
「だって俺、そろそろ死ぬし」
平然と告げたムサシに対し、和樹は少し驚く。
「カブトムシの平均寿命って知ってるか?」
和樹は首を横に振る。
「知らない。…どのくらいなの?」
「1年くらい」
長いじゃねぇか
和樹はそう思った。だが、
「いま、長いじゃねぇかとか思っただろ。あまいな。この1年は幼虫時代含めてなんだよ。成虫時代は含まれてない」
ムサシは和樹の考えを見透かしていた。和樹は、ムサシの言い方にイラッと来たが、抑えてムサシに続きを促す。
「では、成虫時代はどのくらいか。正解は…ドコドコドンドコピーヒャラララ…」
「溜めすぎ。早くして」
和樹は我慢ならなくなり、ふたたび催促した。
「ジャンッ!二ヶ月。」
「みじかっ!それって幼虫時代を大体8か月くらい過ごすってこと?」
「虫はみんなそんなものだぜ。大人になり地に出たと思ったら残りの命は儚いモンなんだよ。」
なんとなく悟ったような口調でムサシは語る。
「あーそうだ。言い忘れてたけど、俺、明日死ぬわ。」
軽ーく、ムサシは告げた
****
●月◎日
ムサシが死んだ。朝起きたら動かなくなってた。呼びかけてもつついても起きない。
ムサシは死んだ。なんとも早く、短すぎる日々だった。3日だ。たった3日で終わった。
これでは3日分しか日記が書けないではないか
和樹は少しズレた心配をしていた。最初は「あー死んだんだな。」程度にしか受け止めていなかった。でも、1日過ごすてみるとウザイくらいに話しかけてきたあの声が、存在が少し、ほんのすこーしだけ、こいしくなった。
「あとで墓でも作ってやろう。」
和樹はそう呟き、机に向き直る。そして、日記の新しいページに文を書きだした。
****
▽月■日
日記を読み返すと、懐かしい思い出が見つかった。
ムサシ
そんなカブトムシをかっていた頃もあったなあ。
ムサシ、俺は大人になったよ。地にやっとはい上がってきた。そんな俺も、残りの命は少ないのかな。
なんかポエマーっぽくなった。恥ずかしいので今日は終わる。
新幹線の中で、大人になるうちに一人称が変わった和樹は、日記を書き、閉じた。
和樹は今、故郷へかえっている。成長し大人になった和樹は、故郷の大分から東京に上京した。すでに決まっていた就職先で仕事をし、仲間と呑んだり、充実した日々をおくった。
ただ、たまに故郷にかえりたくなる時があった。大分の中でも田舎だったが、緑豊かで空気が綺麗で、子供の頃遊んだ森に、ふと行きたくなるのだ。だから、和樹はお盆休みは必ず里帰りをする。
『~♪~♪』
駅に着いたらしい。アナウンスが静かな新幹線の車内に響く。出していた物をトランクにつめなおし、出口へ向かう。
このあと、もう一度電車に乗らなければならない。そして時間がない。
「うわっ、ヤバいヤバい早く乗らなきゃ!」
急いで切符を買い、階段をかけ降りる。電車に飛び乗ると、丁度扉がしまった。
「はぁぁぁ…焦った。乗りそこねるとしばらく来ないんだよなぁ。」
電車内を見渡すと、和樹の車両には誰もいなかった。
電車内はどことなくレトロな雰囲気が漂っていた。匂い、設備、座席の質感が古めかしくて、なつかしくもある。
クーラーはなく、扇風機が数台回っている。窓も開けられるし、一両一両が狭かったので、充分すずしかった。
和樹はドアに近づき、外を眺める。景色はおそろしい速さで変わっていく。
「…虫からみたらこんなかんじで一生が終わってくのか」
『~♪~♪次は~…』
駅につき、和樹はホームにおりる。
寂れた駅だ。こちらも人は和樹だけだ。
セミの声が聴こえる。虫はたくさんいるみたいだ。
改札を通り、外に出る。
側の木にとまっている、クワガタを見た。
「さすがに喋らないか。」
和樹は苦笑し、実家へ向かおうとした。すると、
「おにいさん!あなた、和樹さんですね!?ちょっと僕とお話ししてくださいよー!暇なんですよー」
和樹は声の聞こえた方向へ顔を向ける。和樹の表情には、嬉しさが溢れていた。
また、和樹にとっての夏が始まる。
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