怪奇短編「峠の電話ボックス」
S県の山奥の峠道に、ぽつんと電話ボックスがある。延々と山道を走った先、少し広めで大きなトラックが停まれるくらいの待避所の道路寄りのところにぽつんと。
街灯も疎らで暗いなかを、真夜中に友人の運転で向かって行った。
その電話ボックスにまつわる奇妙な噂を確かめるためだった。
彼は白いスカイラインを快調に飛ばし、やがて峠道に入った。
自分たちの走るごんごんという音の他はほとんど何もない。
明かりも、物音もしないただ山道をひたすら走る。
時折、走り屋なのか古いセダンが追い抜いて行った。バックミラーに明かりがチラつくたびに友人は道を譲って合図をする。その車は決まって白い、けどぼろぼろの古いセダンだった。カタチからして十何年も前のものだろう。それが暗い山道を滑るように走り去ってゆき、またいつの間にか後ろをついてくる。
僕がそれに気づいて怪訝な顔をした時、曲がりくねった峠道のはるか向こうに青白い明かりが見えた。電話ボックスだ。独特の青い光を目指して友人のスカイラインが走る。走る。
徐々に近づいてくる電話ボックス。対向車も、追い抜いてゆく車もない道のり。真っ暗な山道は退屈だったが、だんだんと不気味な予感に苛まれて口数が減ってゆく。
徐々に近づいてくる電話ボックス。青白い明かりがハッキリと届き、何処にでもある何の変哲もない緑色をした公衆電話を照らしている。待避所に頭から滑り込むようにしてスカイラインを停めて、電話ボックスに近づいてみる。
ココで暫く待っていると、極たまに電話がかかってくるというのだ。公衆電話に着信するところなんて実際に見た事も無く、何となくピンと来ないまま待ってみた。
が、何も起こらない。
気が付くと1時間ほど経っていた。いい加減に帰ろうか、とエンジンをかけてライトが点いた。
待避所の一番奥に打ち捨てられていたのは、白くてぼろぼろの古いセダン。
さっき僕たちのスカイラインを、散々追い抜いて行ったあの車だった。
「峠の電話ボックス」おしまい。
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