動き始めた計画

第134話 動き始めた計画 その1

 前回の戦いが終わって、俺はまた反転の修行を再開させた。一刻も早く習得して自分の武器にしないと。と、言う流れで俺は1人、訓練室で精神を集中させる。

 この修業を始めて一瞬間。特に師匠も指導者もトレーナーもいない手探りでの精神修養はそれだけでかなり消耗するものがあった。


 既に習得済みのソラに何か聞ければいいのだけれど、あいつはこう言うのに付き合う気が一切ないようだ。何度か話しかけては見たものの、今のところ完全に無視されている。

 まぁソラの性格から考えたら、喜んでアドバイスをしてくれるって方が変なんだけど。


「はぁぁぁ……」


 そんな訳で俺は日がな一日訓練室で自分の心を見つめている。明確な答えと言うか、ゴールと言うか、せめて何らかの手応えを感じられたならいいんだけど。

 この手順を教えててくれたモモは、毎日の修行開始の最初の時だけ様子を見てくれている。今は彼女の言葉だけが唯一の指針だ。


「どうですか?」


「ああ、何とかイメージは掴めてきたような……気がするよ」


 そんな感じで最近はずっと同じようなやり取りを続けている。今のところ、進展は全くなしだ。精神の力の視覚化とそのコントロール。それが反転を使う上での基礎となる。今はそのコントロールに挑戦している最中だ。これが思うように出来れば、反転のマスターにかなり近付くらしい。頑張らなくちゃな。

 修行の成果を彼女に見せた後は、また個人的な集中に入る。ここからは余計な意識は邪魔になるので、空気を読んでモモは訓練室を後にしていた。


「じゃあ、私は席を外しますね」


「ああ。研究、頑張って」


「有難うございます」


 最近のモモは所長と一緒に何かの研究に没頭しているようだ。その内容については何も知らないけれど、きっと今後の俺達の活動に有利な事をしているのだろう。

 今は余計な事は詮索せずに、俺は俺に出来る事にだけ専念する。


「さて、集中集中……」



 そんな俺の様子を司令室のモニター越しにソラと所長が観察していた。


「アレ、本気で反転をマスターしようとしてるつもり?」


「本気みたいだよ~」


「リーダーに出来るのかぁ~?」


「うーん、どうだろう」


 どうやら2人共俺が反転を会得する可能性を低く見積もっているらしい。特にソラは俺の頑張りに懐疑的な態度を取っている。実は2人は俺がこの修行を始めてからずーっと時間の許す限り見守っていたのだ。

 野次馬な2人が俺の修行方法についてあーだこーだと好き勝手に雑談を繰り広げていたところで、司令室のドアが開かれる。


「なんで皆さんリーダーを信用しないんですかっ」


「うお、びっくりした」


 ドアが開いたと同時に怒号が飛んできたので、ソラは驚いて彼女の顔を見つめる。この流れの中、モモからの怒りの飛び火を防ごうと、すぐに所長は言い訳を始めた。


「いや私は別に否定はしてないよ?」


「お、俺もだぞ」


「ソラ君の言葉はちょっと信用出来ませんね」


 彼女は焦って所長の言葉に同意するソラの言葉を疑う。自分の言葉が信用されなかったので、彼はそれに気を悪くして唾を飛ばした。


「な、なんでだよ」


「面白がってるでしょ」


「う……」


 モモに図星を突かれたソラは返す言葉を失う。ただ、そのまま言われっぱなしなのが嫌だったのか、何か思いついた彼はすぐに反撃を開始した。


「そう言うモモはあのリーダーが習得出来るとでも?」


「当然、信じてますよ?」


「ふ~ん」


 その言葉から社交辞令的な軽さを感じたソラは、鼻で笑うような態度を取る。自分の心が見透かされたような気になった彼女は、すぐに自分の意見を強調した。


「ほ、本当ですからね!」


「でもあの調子だとまだ後1年くらいはかかるんじゃないか?」


「かも知れませんね」


 彼の見立てにモモは全く反論出来なかった。確かに今のペースだと今日明日マスターするほどの急速な進展は見られないだろう。話が自分のペースになってきたと感じたソラは、その流れで更に追撃する。


「あれ、セルレイス対策なんだろ?」


「ええ」


「近い内に奴らがこの基地に総攻撃とかやらかしにきたら間に合わないだろ。急がないと」


「うっ……」


 そう、こっちがもたもたしている間に敵がいつ強硬手段に出てくるか分からない。ゆっくりとしている暇なんて本当はないかも知れないのだ。今の行動が全く無駄にならないようにするためにも、切り札の習得は早ければ早いほどいい。

 彼女が完全に沈黙したところで、この会話をずっと聞いていた所長がここで優秀な助手のフォローをする。


「まぁまぁ、何にせよ戦力増強なのは嬉しいところだよ」


「あ、そうだ。俺、用事があったんだった。じゃな」


 ソラは突然そう言ったかと思うと司令室を出ていった。この自由すぎる行動にモモは頬を膨らます。


「まったく、あの子はいつ礼儀とか覚えるんですかね」


「私達の前でくらい羽を伸ばさせてあげようよ」


 彼の自由を許す所長に、モモは改めてマジ顔で問いかけた。


「えっと、この基地で一番偉いのは博士ですよね?」


「え?うん」


「その偉い人の前で傍若無人が許されてもいいと?」


「う……」


 彼女の正論に所長は返す言葉を失う。こうして話が一旦落ち着いたところで、モモはひとつ大きなため息を吐き出した。


「私はちょっと心配になりますよ」


「その一番偉い私が許可しているんだんからいいの!あの子だって常識は知ってるよ。他だと上手くやるって」


「ま、そうかも知れませんけど……」


 逆ギレしかけた所長の勢いに、今度はモモの言葉のトーンが下がっていく。そうして、今の状況に気付いた所長がくるっと話題を切り替えた。


「それより、今2人きりじゃない。……始めよっか」


「ですね」


 そう、2人は先日基地に送られてきたデータから今後のプランを練っていたのだ。まだ確定したものではないので、この話は所長とモモの2人だけの極秘計画だった。

 情報を頭に入れた上でセルレイスを倒す方法を色々と考えていた所長は、モモにその成果を発表する。


「一応プランAからDまで想定してみたんだけど……」


「どのプランも今のままだと実行不可じゃないですか」


「だから早急に何とか出来るように動いてる。時間もないしね」


 所長の提示した案はそのどれをとっても現状のままでは実現不可能なものばかりだった。何と言っても相手は世界を手中に収めようかと言う程の巨大組織だ。対抗するにはこちらも世界規模の力を行使しなければならない。街の平和を守るレベルの力では太刀打ち出来ないのだ。


 情報によれば、セルレイスはさらなる勢力の拡大と敵対組織の排除に動いている。と、なると、今すぐにこの基地が襲われても何の不思議もない。基地の防御力はかなりのものを想定しているものの、セルレイスが総力を上げて襲ってきたらどこまで持つか……。

 この話をしている2人の間に戦慄が走ってしまうのは仕方のない話だろう。

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