第114話 暴走するスーツ その6

空竜多段波くうりゅうただんは!」


「へぇぇ」


 その攻撃を目にしたコウはすぐに右手を前に突き出してエネルギーの壁を発生させる。空竜多段波は次々にその壁にぶつかって消滅していった。それはまるでソラの結界が全ての攻撃を防ぐような感じだ。原理的には同じものなのかも知れない。コウはこの戦いを余裕を持って楽しんでいた。

 しかし、実はこの攻撃自体が囮だった。ヤツの意識がソラだけに向かっている隙を突いてモモが動いていたのだ。


「ハァーッ!」


 イメトレで最大限にスピードアップしたモモが無駄のない動きで背後からコウを襲う。

 しかし、その必殺の一撃は空いている左手で呆気なく遮られてしまった。


「残念。その機能、こっちのスーツにもあるんよね」


 その動きは人が判断してから動く反射スピードじゃなかった。まるで最初からその行動が分かっていたみたいに。イメトレのスピードに反応するほどの超スピード。この動きの原理がイメトレと同等だとしても、予想外の動きにまで対応出来るとは思えない。この状況にモモは驚いて思わず声を上げる。


「自動反応?!」


 そう、コウの動きは脳を介したものではなく、周りの状況から機械的に反応したかのように見えた。このシステム自体はヒーロー側も研究していたものの、まだ実用化までには至っていない。セルレイスの技術力の高さに彼女は言葉を失った。

 そこに隙を見出したコウは素早く至近距離にいたモモに攻撃を仕掛ける。


「で、力は俺の方が上やからねっ!」


「キャアアッ!」


 ソラの場合は組み伏せたものの、彼女に対してコウは普通に蹴り飛ばした。その蹴りの威力にモモは軽く20メートルほど吹っ飛んでいく。ヒーロー2人を手玉に取ったコウはその経験から戦力を分析し、軽くため息を吐き出した。


「こんなもんかいな。はぁ……わざわざ俺が出る必要もなかったんちゃう?」


「てめっ!」


 その挑発にソラが声を荒げる。荒ぶる彼を無視する形で、ヤツは腰のバックルから特殊な装置を取り出して2人に見せびらかした。


「見てみ」


「な、何だ?」


 その見慣れない装置にソラは警戒を強める。この状況でそう言うものをわざわざ見せびらかすと言う事は危険なものに違いないからだ。

 装置は片手で握れるPCのマウスくらいの大きさで、デザインは中央に丸い水晶のようなものが埋め込まれたとてもシンプルなもの。そこに操作系のスイッチは見当たない。多分その中央の丸い部分に触れるとかすると起動するタイプなのだろう。

 ここでダメージから回復したモモも起き上がってコウの見せびらかす謎の装置に注目する。


「何の装置?」


「1人足りんけど、まぁ、実験開始や」


 赤いスーツ男はニヤリと笑うと装置を起動させる。どうやらこの装置、脳波的なものを感知して起動するタイプだったらしい。起動の宣言と共に水晶部分が赤く光る。

 この状況に危機を察知したソラが、起き上がったばかりの彼女に声をかけた。


「ヤバい、一旦逃げ……」


「もう遅いんやって」


 戦線離脱をしようとする2人に向かってコウはにやりといやらしい笑みを浮かべる。装置の稼働と共に、スーツにだけ反応する高周波がヒーロー側の2人のスーツに干渉し始めた。

 この高周波に共鳴し始めたスーツは、着用者に強制的にダメージを与える。


「ぐああああ!」


「キャアアア!」


 ヒーロー2人はこのスーツから与えられる初めて感じる強くて不快な刺激に耐えきれずにその場にうずくまった。いつもはダメージを無効化するスーツが、今は逆にその機能を逆流させているようにも感じられる。

 勿論元々のスーツにそんな機能はない。明らかにコウの使った装置がスーツに悪影響を及ぼしているのだ。苦しむ2人をド派手スーツ男は邪悪な笑みで眺めていた。

 全ての段取りが上手く行ったと言う事で、突然ヤツは高笑いを始める。


「ホンマに上手い事行ったわ。技術開発部、ええ仕事してるやん」


「お、お前、俺達に一体何を……」


 ダメージが収まって落ち着いたところで、装置の支配下にあるソラが口を開く。余裕たっぷりのコウは勝ち誇ったようにふんぞり返ると、そのからくりを説明した。


「簡単に言うとスーツの自由を奪ったんや」


「そんな……バカな」


「ほんまやで。じゃあまず2人共殺し合おか」


 ヤツがそう宣言すると、その思考を読み取って装置がヒーロースーツ2人に命令を発信。2人のスーツは忠実にその指令を実行する。


「か、体が……」


「か、勝手に……」


 こうしてソラとモモはお互いに攻撃し合う。見た目は普段の組手の延長戦のように見えながらも、繰り出す一撃一撃に躊躇がない。そもそも本人の意思ではなく、装置が命令を飛ばしてスーツがそれを受信しているため、スーツ装着者には抗う術がないのだ。

 ただ、お互いに物理攻撃しか繰り出さないので、スーツのダメージ無効化機能が働いてお互いに致命傷クラスのダメージを受けてもすぐに回復していた。


 最初の頃こそこの戦いを無邪気に眺めていたコウも、一向に決着のつかないこの状況に段々と飽きてくる。


「うーん、お互いダメージ無効化してるからつまらん。せや、ヘルメット取ろか」


 この言葉に装置が反応し、ソラとモモはお互いに体が勝手に動いて自身のヘルメットを脱ぎ捨てる。命令に抗えなかったモモはこの不敵な敵相手に素顔を晒してまった。


「ああっ!」


「くそっ!」


 ソラもまた装置の力に全く抵抗出来ずに豪快にヘルメットを脱ぎ捨ててしまい悔しがる。ここでモモの素顔を見たコウはヒューッと口笛を鳴らした。


「ピーチちゃん、やっぱめっさタイプやわ。後でかわいがったげるな」


「ひぃぃ……」


 ヤツの邪悪な笑みに恐怖を覚えた彼女は顔を青ざめさせる。コウによるヒーローへの嫌がらせはまだまだここからが本番だった。



 その頃、基地の検査室では全ての検査が終わり、俺はようやく開放される。ベッドから降りて簡単なストレッチをして体をほぐしていると、センサーが示したその数値を見て所長が首をひねっていた。


「うーん、これは……」


「結果、どうでした?」


「異常なし。本来この結果が出るのはおかしいんだけど」


 どうやら検査の結果に全くの異常が出ていなかった事が逆におかしいらしい。そんな結果の事なんてどうでも良かった俺は、一刻も早く戦っている2人のもとに向かおうと彼女を急かした。


「その分析は後にしてください。俺、出ます!」


「じゃあヘリ使って。一瞬で着くから」


「分かりました!」


 こうして俺は基地の格納庫から一番早く移動出来るヘリに乗って現場へと向かう事になった。ヘリもまた自動操縦なので俺はただ乗っているだけでいい。

 乗り込んだのと同時に格納庫の屋根が開きヘリが動き始める。ヘリの運転席に座りながら、検査の途中から感じた悪い予感が俺を急かし続けていた。何も確認せずに急いで乗り込んだせいで戦況が今どうなっているか分からないけど、どうか2人共無事でいてくれと願いながら……。



「ほらほらほら!顔はダメやでボディボディ!」


 その頃、現場ではコウのおもちゃと化してしまった2人が命令通りに殺し合いを続けていた。殴りかかるソラに合わせてモモがクロスカウンターを仕掛ける。

 そうしてお互いの拳がお互いの体を貫いて、2人同時に倒れた。


「ぐはぁっ!」

「うぐうっ!」


 ダブルノックダウン状態の2人を観戦していたヤツは、この何度も目にした同じ光景につまらなさそうな顔をする。


「またかいなー。すぐ回復するやろ、ほら再戦再戦!」

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