第112話 暴走するスーツ その4

 数分後、モニターを見つめ続けるモモを前に司令室のドアが開いた。


「ごめん、遅くなった……」


「博士!ソラがまた!」


「あいつまた先走って……でもセルレイスならしかたないか。モモも追って!」


 所長はすぐに彼女に指令を伝える。内容は当然ソラのサポートだ。ただ、モモは放置されている俺の事が気にかかったらしい。尊敬する上司の言葉にすぐには反応出来なかった。


「え、でも……」


「リーダーはまた後で送り届けるから」


 彼女の躊躇の理由を察した所長はすぐに俺についてのフォローをする。この言葉を聞いて吹っ切れたモモは、ようやく指令を受ける決意を固めた。


「分かりました。後の事はよろしくお願いします!」


「おう、任された!」


 2人が出ていった後、所長はいくらかの作業をして司令室を出る。ずっと蚊帳の外だった俺は何が起こったのか分からず不安でいっぱいになっていた。動こうにも動けないし、悪い予感だけが頭の中をぐるぐると巡る。

 そんな時、検査室のドアが開いて所長が戻ってきた。


「何か騒がしい気がするんですけど?」


「君はまだちょっとだけそのまま寝てて。すぐ済むから」


 その口ぶりからして、どうやらヒーローが出ていかなくてはならない事件が発生したようだ。何もないと言い切らないところに彼女の正直さが垣間見える。

 ただ、そう言われて納得出来るかと言えば、そんな事はまったくない訳で。体が自由に動かせないからこそ真相が知りたくなる。


「何かあったんじゃないんですか?」


「検査が全部終わったら説明するから」


「うう……何か嫌な予感がするなあ」


 結局所長は何も言ってくれなかった。それがますます悪い予感を膨張させていく。獣人とかの楽勝な敵が出たんだったらいいんだけど、まさかとは思うけどもしセルレイスのスーツ男が出たんだとしたら――。

 俺は最悪の事態も想像して、ただ2人の無事だけを願っていた。



 その頃、その最悪の想定通りに街中を歩いていたスーツ男。外見はド派手に真っ赤なカラーリングだ。塗り潰したかのように鮮やかな赤一色。身長も180cmと背が高いものだから目立つ目立つ。周りを歩く人達は警戒して半径3m以内には近付かない感じだった。

 周りのひそひそ話を華麗にスルーしながら、この派手スーツ男は独り言を口走る。


「さて、ちゃんと餌に食らいついてくれるやろか……」


 場所は街のオフィス街。派手に暴れたらそれなりの騒ぎにはなるだろう。

 しかしこの男、特に何をするでもなくただ道を悠々と歩くばかり。他の悪の組織と違ってセルレイスは破壊をメインとして働く組織ではない。ただ、その目的のためにはどんな破壊もいとわないだけだ。

 今回の男の目的はヒーロー側のスーツ装着者達の鹵獲ろかくにあるために、人前に出ても特に何もしないのだった。


「俺あんまりコスプレって好きやないんやけどなあ。ここまで派手にせんといかんもんなんやろか」


 この発言から、男もこの全身真っ赤なカラーリングをあまり気に入っていない事が伺われる。どうやら目立つ事にも抵抗があるようで、どんどんひと気のない方向へと歩みを進ませていた。


「敵さんも多分気付いてると思うけど、俺あんまり待つん好きやないんや。はよして欲しいわ」


 スーツ男が人前に出てこの発言をするまでにかかった時間は15分ほど。どうやらあまり気の長い方ではないらしい。歩くのに飽きた男は周りをキョロキョロと見渡し始めた。その視線の先には無機質なビル群が立ち並んでいる。


「何か壊した方がええんかな?暇やし」


 男は何か事件を起こした方が早くヒーローを呼べると思い込み、手頃な破壊対象を探した。するとすぐに少し個性的な形のビルを発見する。


「あ!あのビルなんかムカつくし、アレにしょうか。ハァ~」


 早速ターゲットをそのビルに設定した男はぐるぐると右腕を回し始めた。その途端ににわかに風が発生し始める。この異様な雰囲気に、周辺を歩いていた人達は自主的に退避をし始めた。

 ぐるぐる腕を回しまくってエネルギーが十分チャージされ、早速目的のビルを破壊しようと振りかぶったその時、現場に自動操縦のバイクが到着する。相手がセルレイスと言う事もあって、ソラは運転中に変身済みだ。


「待て!何をするつもりだ!」


「おっ、やっと来たんかいな。遅いでほんま」


「その訛り具合、お前、コウか!」


 ソラはすぐにセルレイスのド派手スーツ男の正体を見破る。彼曰く、そいつの名前はコウと言うらしい。名指しされたコウは得意げにニヤリと笑った。

 そう、ヘルメット未装着だったのだ。これは余裕の表れとも言えるのだろうか。この顔から判断すると、今までのスーツ男達よりも年齢は若い。


 もしかしたらソラと同年代だろうか?だからなのか、彼に対する反応もどこか昔の仲のいい知り合いじみた雰囲気だ。


「へぇ、よお覚えとるやん。お前がおった頃、俺あんま目立ってなかったハズやのに」


「お前、俺達の脱走計画に乗らなかっただろ」


「あったりまえやん。何で好き勝手出来る楽園から逃げなあかんねん。アホちゃうか」


 ソラは仲間達と一緒にセルレイスを脱走している。その脱走計画が持ち上がった時、コウにも声をかけたらしい。つまりは同じさらわれた子供達のひとりが、今はこうして敵として立ち塞がっていると言う事になる。彼がソラの計画に乗らなかったのは、セルレイスの方針を気に入っていたからのようだ。

 この答えに当然のようにソラは気を悪くする。


「……それがお前の答えか」


「あれ、怒った?」


「当然だぁーっ!」


 ソラは感情を高ぶらせ、そのままこの目の前の敵を倒そうと先に攻撃を開始した。彼の手の先から放たれた精神エネルギーの弾がまっすぐ赤いスーツに向かっていく。精神弾が着弾するその瞬間、コウは一瞬でそれをかわした。ぶつかる相手を失った精神弾はビルの壁に大きな破壊痕を残す。


「おっと、先に手を出したんやから俺、正当防衛ね」


「悪党が何を……」


 ソラが返事を返しかけたその隙を狙って、今度はコウの反撃が繰り出された。


「ハッ!」


 その攻撃はさっきのソラと同じもので、スーツの力を使ったエネルギー弾攻撃だ。強力なエネルギーを秘めたその攻撃はしかし、ソラお得意の強力な波動結界に防がれる。


「それで?」


「やっぱあかんか、それ卑怯やで」


 得意技を結界で防がれたコウは憎まれ口を叩いた。対するソラは余裕の表情を見せて言葉を返す。


「力の差が卑怯なものかよ!」


「力の差ねぇ、まあぇええわ」


 流石に同じスーツ同士の対決だけあって、今回ばかりはソラの軽口もあまり効果はないようだ。呆れ返ったコウは対戦相手を煽るかのように肩をすくめるジェスチャーをする。

 この言動に更に感情をヒートアップさせた彼は結界を解いて超攻撃モードで対処する。


「速攻で倒ーす!」


「さて、それはどうやろか?」


 元から年齢が近いのもあって、2人の戦いはどこか仲良しがじゃれ合っているようにも見えた。ソラは腕に力をためて連続攻撃を放つ。


「はあーっ!」


 けれど、コウもまた同系統の技を使って彼の連続攻撃をことごとく打ち消していった。懸命に攻撃するソラに対して余裕でいなすコウは目の前の相手に対して感情のこもっていない声で挑発的な言葉をぶつける。


「おお、すごいすごい」


「くそっ!」


 いつもと違って全然思い通りにならないこの展開に、ソラは苛立ちを隠せないでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る