第111話 暴走するスーツ その3

 司令室で作業をしていた所長は、侵入者の正体を確認するとすぐにまた作業に戻る。どうやら平和そうに見えても色々とする事はあるようだ。忙しそうにしている彼女にソラは遠慮なく続けて声をかけた。


「どう?最近?」


「何その中年のおっさんみたいな挨拶」


「別にいいだろ、意味が通じれば」


 自分の発言を突っ込まれて彼はすぐに気を悪くする。所長はソラの言いたい事を察して、作業を続けながら口だけを動かした。


「何もないよ、平和そのもの」


「本当にそうか?」


「事件自体は毎日起こってる。ただ、私達が出るほどのものがないだけ」


「おかしいな」


 所長の言葉に彼は首をかしげる。その言葉にどうにも納得がいかないようだ。そんな返事を受けても、作業中の彼女は会話中一度も話し相手の顔を見る事もなく会話を続ける。


「おかしくってもそれが事実よ。監視カメラの映像を見てもそれは明らか。流石に何万点のカメラを騙すってのは効率が悪いでしょ」


「何かやらかすならその一部の映像をいじるだけでいい。まさかカメラの情報を鵜呑みにしてんじゃないだろーな?」


「う、わ、分かってるし」


 ソラの指摘に所長は動揺する。その心の動きをすぐに読んだ彼は得意げな顔になって作業中の彼女に近付いて言葉を続けた。


「どうだかな、アリカいつもちょっと抜けてるし。研究だけしていた方がいいんじゃないか?」


「研究だって同時進行だよ。私なら両立出来るね!」


「どっちにも優秀なサポートをつけた方がいいだろ。モモをヒーローにしたのは間違いだったんじゃないか?」


 ソラの言葉の追撃に流石に我慢がならなくなったのか、所長はここでモニターから顔を離し、ソラをきっとにらむように見つめると声を荒げる。


「モモは現場のサポートとして十分役立ってるでしょ。私の認めた部下なめんな」


「はいはい。とにかく、油断だけはすんなよ」


「分かってるってば」


 結局は彼にいいようにあしらわれ、所長はご機嫌斜めになった。不満顔の彼女にソラは別の話題を提供する。


「で、最近は新しい発明とかは?」


「研究はしているけどね。それは常に」


「常にレベルアップしていかないと敵に攻略されちまうぞ」


 彼は少し前の不真面目顔から一転、真顔になって今後の不安要素について自身の意見を口にした。急にシリアスになったので少し戸惑いながら、彼女は視線をそらして返事を返す。


「攻略……か。他の組織はともかく、セルレイスは危険だよね」


 所長の反応からこの話は広げようがないなと判断したソラは、ついさっき起こった出来事をネタにしようと口を動かす。


「ユキオのスーツ、表示がおかしかったぞ、シンクロ率。スーツが着れる段階で500はあるはずだろ?」


「まさか、彼に教えちゃったの?」


「教えたのはアリカの優秀な部下だけどな」


 何故俺にシンクロ率の事を教えていなかったのか、ソラはそれが気になったらしい。突然の話題の転換に彼女は思いの外動揺する。この反応に何か大きな意味があるのかと、彼は所長に詰め寄った。このプレッシャーに当てられた彼女は渋々理由を説明する。


「プロトタイプは表示がちょっとバグっちゃってるのよ。だから教えてなかったのに」


「何でそんなバグが出るんだよ」


「それはよく分かんない。もしかしたらどこかに不具合があるのかも」


 理由を話したところで更に追求されてしまい、所長は現時点での見解を口にした。その不正確とも捉える事が出来る回答にソラは呆れる。


「あっぶねーな、しっかり調整してやれよ。ああ見えてリーダー、アリカを信頼してんだからな」


「だよね。うん。しっかり調べとく」


 そこまで急かされて問題を先延ばしに出来るはずもなく、早速彼女は行動を開始する。基地内のデータを拾い出し、段取りを進めていった。その様子を眺めていたソラはそこでようやく安心して、表情から緊張感を緩めていった。



 その頃、俺はモモと2人でイメトレ組手の真っ最中。ノンストップで体を動かしながら、いい汗をかいていた。


「ハッ!」


 組手を始めて何度目かの上段蹴りをモモに肘で止められたその時、訓練室のスピーカーから館内放送が流れる。


「徳田ユキオさん、検査室にきてください……」


「えっ……」


 この突然の呼び出しに俺は驚き、組手はここで中断された。たまたま変身して組み手をしていた事もあって、この呼び出しに俺は少し不満を覚える。


「何も放送で呼ばなくてもヘルメットに直接伝えてくれればいいのに」


 そう、俺達が変身しているかそうでないかは所長なら常にモニターしているはずで、わざわざ無駄な事を普段の彼女ならしないはずだった。それなのに敢えて館内放送を使って呼んでいる。この状況に俺は変な胸騒ぎを覚えていた。

 取り敢えず変身を解いた俺に、組み手の相手から急かすように話しかけられる。


「行ってください」


「ああ、組手の途中だったのにごめん」


「いえ、博士の指示が一番ですから」


 こうして俺は訳の分からないまま、1人で検査室に向かう。該当する部屋に辿り着いた俺がドアを開けると、そこには真面目な顔の所長が待っていた。そうして指示されるがままに用意されていたベッドに横になると、各種センサーが俺の体のあちこちに装着される。気分はまさに実験動物だ。


「で、あの、この状況は?」


「うん、スーツの状態に不具合が発見されたの。だから今から徹底的に調べるね」


「それなら腕輪だけを調べたらいいのでは?」


 もはやまな板の鯉状態になりながら、俺はわずかばかりの抵抗をする。スーツの不具合なら腕輪を調べただけでいいはずだからだ。何故俺自身まで調べられなきゃいけないんだ?何をされるか分からない恐怖は俺の鼓動を普段の何倍も早く動かしていた。

 この俺の正論を前に、所長は俺自身を拘束する理由を科学者らしい口調でそれっぽく説明する。


「あなたがスーツを装着した状態で検査しないと正確な数値が出ないのよ。だからしばらくの間我慢してね」


「痛い事とかはしないんです……よね?」


「大の男が小さな事を気にしなさんな。すぐに済むから」


「ちょ、それ答えになってない……」


 俺の不安を所長は肯定も否定もしなかった。ただ、否定しないと言うだけで俺の不安は高まるばかり。逃げようにも完全に拘束されて動けないし。自由に動く口を使って思いを言葉にする事しか抵抗の術は残されていなかった。何でこんな事に……。

 こうして全ての準備が整ったところで早速所長は俺の体の検査を始める。検査機械のスイッチが入った瞬間、俺の体に高圧電流のような刺激が走った。


「うわああーっ!」



 その頃、検査室の所長の代わりに司令室のモニターで街の様子を監視していたソラとモモは、街中を悠々と歩く真っ赤でド派手なスーツ男を発見していた。


「おいおいおいおい……こいつは……」


「何とも派手ですね」


「俺は先に出る!モモはリーダーと一緒に」


「あ、ちょ!」


 相手がセルレイスだと言う事もあって彼はひとりで勝手に突っ走っていく。この行動は止められないと察したモモは、すぐに所長に連絡してスーツ男の監視を続けた。

 連絡を受けた彼女は検査を自動に切り替えると、俺を置き去りにして司令室に向かって走っていく。


 え?俺このまま放置プレイ?

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