第89話 ヒーロー倒れる その2
食材とか小物とか靴とか……今まで別に気にしていなかったものが新商品を目にする度に欲しくなってしまい、どんどん買い物をしてしまった。めぼしい店は周り終わって、今度は新規開拓してみようかと入った事のないお店を俺は探し始める。
「さて、後行きたいところは……」
「おっと、失礼……」
「いえ、こちらこそ」
モール内をうろついていてよそ見していたのもあって、俺は長身の紳士に危うくぶつかりそうになる。幸い、接触は何とか免れたので紳士に軽く頭を下げてその場はそれで治まった。この事自体は特に気にする事でもなかったので、俺はすぐに忘れてお店巡りを再開する。
興味のあるお店を大体巡れたところで、次に向かったのはモール内の書店だった。この書店は品揃えを売りにしているのもあって、かなり目移りしてしまう。
「うーん、欲しい本がたくさんあるな……」
本は多く買うとかさばるし重さも馬鹿に出来ない。なので悩みに悩んで数冊の本を厳選して購入した。書店を出た後はすぐ近くに併設されている劇場に足を運ぶ。ちょうどタイミングが合えば何か見ようかと思ってスケジュールを確認したら、どの映画も時間が合わない。
「う……今回映画は止めとこうか。タイミングが悪かった」
俺は自分の間の悪さを恨みながら劇場を後にする。このまま帰っても良かったものの、何か買い忘れたものもあるかも知れないともう一度モール内の店を巡り始めた。と、そこで目に入ったあるお店に俺は引き寄せられていく。
「最後に百均に寄っとくか」
そう、低価格なものなら何でも売っているそのお店は何気に魅力的な空間だ。低価格と言えども本当に何でも置いてある。お客さんも多く、とても賑わっていて、目についた可愛い小物とかもつい買ってしまった。うーん、もう買い物はこれでいいか。ちょっと買い過ぎてしまった。
買い物が終わって帰ろうと出口に向かって歩いていると、不意にフードコートが目に入る。
「食事は……これだけは基地の方が何倍も美味しいからなぁ……」
基地生活を始める前なら、このフードコートにも興味を持って吸い寄せられていたところだったけれど、今はもう、全くこの場所には心惹かれなかった。
我ながら舌が肥えたなあと思いつつ、駐車場に戻って車に荷物を押し込んで基地へと戻っていく。
「ふう、いいショッピングタイムを過ごせた」
こうして買い物を済ませた俺は快適に車を走らせる。とは言っても自動操縦だから気楽なものだ。この帰路の途中でソラから連絡が入った。
「よお、出かけてるんだって?」
「ああ、そっちはどうだ?」
留守にしている間の基地の事が気になった俺はそれとなく少し不機嫌そうな彼に様子を聞いてみた。するとソラはつまらなそうな顔をしてポツリとつぶやく。
「今のところ何も起こってないね」
「そか、良かった」
俺がその報告に安堵すると、少し不機嫌そうな声が返ってきた。
「買い物が終わったらすぐに戻ってこいよ」
「ああ、安心しろ。そのつもりだ」
実際、もう帰り道だし、そんなに俺がいないと不安なのかと思うと少し微笑ましい気持ちにもなってくる。すると今度は呆れたような声が返ってきた。
「真面目だなぁ」
「俺が自慢出来るとしたらそのくらいだろ……」
ソラとの通話はそんな感じで終わり、特にトラブルもなくスムーズに基地に戻る。車を降りた俺は取り敢えず報告がてらに司令室に向かった。
「所長、ただいま帰りました」
「お土産は?」
「は?」
開口一番にお土産をねだられた俺は目が点になる。この状況をどう判断すれば正解なのか頭の中でシミュレーションを続けていると、彼女は更に感情を露わにして迫ってきた。
「お土産!特別外出許可を出したんだから、そのくらい常識でしょ?」
「え?いや、そんな……」
「はーっ、使えないわね……」
どうやら所長はマジで見返りを期待しているらしい。許可を出した時は何もねだってなかった癖に図々しいと言うか何と言うか……。前からこんなワガママだったかなと思いつつ、おみやげに相当する物を買っていた事を思い出した俺はダメ元でそれを差し出そうと思いついた。
「や、あるよ!あるけど何その態度?」
「え?本当に買ってきたの?」
お土産があると言った途端に彼女の態度は豹変する。その様子から、ただ俺をからかって遊んでいるだけなのではないかと邪推した。
「え?冗談……だったんですか?」
「冗談でも本気でもいいから、早く出して!」
お土産があると知った所長の目はキラキラと輝いていて、ちょっと手がつけられそうにない。もう口に出してしまったのだし今更後戻りも出来ないので、俺は恐る恐る百均で買った身元不明キャラの謎のストラップを差し出した。
「こ、これ、なんですけど……」
「こ、これ!」
「キャラクターのストラップなんだけど、趣味に合わなかったらごめん……」
何しろ百均で買ったものだから正直しょぼい。こんな物で喜んでくれるだろうかと言う俺の不安は、興奮した彼女の喜びようから杞憂に終わったと判断する。
「いや!いい!いいよこれ!ありがとう!」
「……そこまで喜ばれると、ちょっと引くかも」
まるで欲しい物を買ってもらえて喜ぶ子供のようなそのリアクションに俺が若干引いていると、その言動が気に入らなかったのか突然ギロリと睨まれてしまう。しまった、余計な一言を口走ってしまった。
「はい?」
「いや、何でもないです」
「そう?ならいいけど」
お土産話はここで切り上げて、俺は不在の間の状況を尋ねる事にした。基地内も平常通りだったし、まず何も起こってはないのだろうけど……。
「俺がいない間、事件は起こってないんですよね?」
「そうね、今のところ」
「防犯カメラチェックとかで何か異常は?」
基地の情報網は各地区の防犯カメラの様子もチェック出来る。これのお陰で警察より早く悪党達の悪事を発見出来ると言う寸法だ。勿論無数にある監視カメラを人の目で全てチェックするのは物理的に無理なので、基本的にはプログラムで機械的にチェックしている。このチェックで発見された異常のある情報だけを人間が再確認している仕組みだ。所長はすぐに司令室のPCを何度かクリックして異常な映像が記録されていないか確認する。
「今のところはっ、っと……うん?」
「どうしたんですか?」
「いや、さっき人が倒れたんだけど、それが何か不自然ぽい感じがして」
人が不自然に倒れるなんて何か事件の予感がする。もしかしたら突然何らかの病気が発症しただけなのかも知れないけれど、警戒はした方がいい。そう進言しようとしたところで俺の意識は途絶えた。
「ちょ、ユキオ君?どうしたの?ちょっと!」
どうやら俺はこの直後、司令室で倒れてしまったらしい。全く情けない話だ。そりゃ確かに健康には気をつけていなかったけど、参ったなぁ。俺はそのまま医務室に運ばれて戦線離脱を余儀なくされた。最近は事件もなかったし疲労は原因ではないはず、それにしてもどうしてこうなった……。
「病気?ですか?」
「そうなの。まだ原因もよく分かっていないんだけど、内蔵とかが謎のダメージを受けていてね……」
司令室では俺が倒れた事について所長とモモが話をしていた。倒れた俺の状況を聞いたモモが突然声を上げる。
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