第90話 ヒーロー倒れる その3

「ちょっと待って下さい!確か最近の検査でもそんな兆候は出てなかったですよね?」


「それは私も確認済みなんだけど……実際、目の前で倒れちゃったし」


「何かおかしいです。これ絶対裏がありますよ!」


 俺の倒れた原因には不審な点があると言うのが彼女の主張だった。その強い言葉の圧に押されて、所長も動き始める。


「う、うん。ちょっと彼が基地を出た後からの行動をトレースしてみる」


「お願いします。きっとそこにヒントがあるはず!」


 モモに強く懇願されて俺が基地を出てから帰るまでの様子を所長が調べ始めた。その作業中に話を聞いたソラが息を切らしながら司令室に現れる。


「おい、ユキオが倒れたって」


「ええ、今は自室のベットで療養中。だからそこまで深刻なものじゃないわ」


「スーツ装着者が突然病気になるなんてありえない!」


 今度は彼がスーツ装着者の特性と言う観点から俺が倒れた事の不審点を訴える。スーツには装着者の肉体を常に健康に保つ機能も搭載されているからだ。ただし、それも完璧と言う訳でもない。怪我や毒は治せても内臓機能の異常など、場合によっては対応出来ない事も多い。

 スーツの開発者である所長は、興奮するソラをなだめるように想定外のケースについての話しかける。


「や、世の中はね?そう言う計算外の事だって起こるものよ」


「もう一度しっかり調べてみてくれ。絶対どこかに原因があるはず。多分誰かに接触して何かをされたはずだ」


 まるで何か知っているかのようなその口ぶりに、話を聞いていた彼女は素直な疑問を口にする。


「何か心当たりが?」


「いや、ただの勘だ。そう言う事が起こりでもしない限り倒れるなんて……」


 心配そうにする彼を見て、事態の深刻さを所長も実感する。そこで彼女もしっかりとその要求を受け入れ、約束を交わした。


「分かった、ちゃんと調べる。その代わり……」


「ああ、アイツが留守の間は俺達に任せろ!」


 ソラはそう力強く宣言すると司令室を出ていった。どこに行ったのか行き先は分からないものの、呼び出しがあればすぐに出動出来るようにはしているのだろう。

 司令室ではひとり残された所長が事態の深刻さを感じ、大きくため息をついていた。


「……ふう、厄介な事になったよ」


 彼女は早速司令室の端末を操作して俺がショッピングモールに入ってからの監視カメラの映像をチェックし始める。


「えーと、解析解析っと……」


 俺がモールで買い物をしていた滞在時間は3時間程度ではあったものの、そこから何かおかしい部分がなかったかを念入りに調べないといけない。

 一方向では気付かない事も有り得るし、複数台のカメラを同時にチェックするのはとても骨の折れる作業だろう。こうして人物の動きなどをコンピューターの力を借りて解析していると、とある人物との接触が引き金になっているのではないかと言う結果が導き出された。


「え?……まさか、この人が?」


 その後、その情報を確実なものにするためにそのとある人物の行動をトレースしていると、司令室にモモが血相を変えて入ってきた。そうして開口一番現在起こっている奇妙な事件について興奮しながら報告する。


「ショッピングモールで倒れる人が多数!これは事件です。もしかしてこれって……」


「そうね、さっき私も監視カメラの画像からひとり怪しいのを見つけたわ」


「じゃあ、そいつが?」


 結論を急ぐ彼女に、所長は科学者らしい冷静な言葉を返した。


「まだ確定はしていない。だから行動は慎重に」


「で?あっちの容態はどうなんだ?」


 いつの間にか司令室に戻っていたソラは俺の様子について所長に質問する。彼女はすぐに基地内の医務室の様子をモニターに映して確認した。そこに映っていた俺の姿を見た所長は、急にシリアスな顔になる。


「……昏睡状態が続いてる」


「なっ……」


「だからお願い!2人で向かって!」


 俺が動けない事から、所長は2人での問題解決を要請する。この指令を2人は当然のように受け入れていた。


「しゃーない、了解だ」


「分かりました。いきます!」


 こうして俺抜きでショピングモールで起こった謎の事件を解決するために2人は基地を出る。モモは俺が乗ってきた自動車を、ソラは乗り慣れたバイクで移動している。車の方はモモが手がかりがないか調べた後に十分な洗浄をしている。もし何か毒物が残留していたとしても確実に取り除かれているはずだ。

 モールに向かっている間に2人はこの事件の犯人像について、スピーカー越しに話し合いを進める。


「多分敵はこう言う事が出来る人物です」


「毒の専門家って行ったらモルドしかねーじゃねーか」


「ですよね、私もそう思って組織の人間を洗っているのですが……」


 車は自動運転のため移動中もデータの解析等の作業は可能だ。車載PCは基地で使われているものと同等の性能を持っている。と、言う事で元々研究者のモモにかかればこの自動操縦の車は移動式ラボと化す。

 今彼女は個人的にずっと追いかけてきた悪の組織のデータからモルドの情報を抜き出し、人物照会をしていた。この話を聞いていたソラは驚いて目を丸くする。


「って、モルドを洗う?そんな情報……」


「ええ、公式、非公式合わせてそんなものは流出していません。でも間接的な事なら分からなくもないんです。彼らも生活していますから」


「こええ。じゃあ他の組織の情報とかも?」


「流石にセルレイスはガードが硬いですが、それ以外の組織ならある程度は……」


 モモの情報分析能力の高さに彼は吹けもしない口笛を得意気に吹いた。勿論音は全く発生していない。多分気分の問題なのだろう。


「やるじゃねーか。所長より役に立つんじゃねーか?」


「いえ、私なんてそれほどでも……」


 所長を尊敬するモモは、彼女以上じゃないかと言うその評価を苦笑いの表情で否定する。ただ、その声色から嬉しそうにしているのは伝わってきた。

 十分褒めておだてあげたところで、ソラは犯人についての情報を催促する。


「で、何か掴めたんだっけ?」


「それが……モルドは表向きバイオ科学研究者達の自主的なサークルのようなものとされているみたいなんです」


「いや、結果だけ話してくれない?」


 モモがまずモルドの成り立ちから話そうとしたので、ソラはその行為に釘を刺した。今はのんびりと話を聞いている時間なんてないからだ。

 指摘を受けた彼女は少し不満げな表情をするものの、すぐに切り替えて彼のリクエストに答える。車載PCのモニタをタップしながらその情報を口にした。


「心当たりはひとり。でもこれは倒れた人達の症状から分析したとか流出データからの照合じゃなくて、監視カメラの映像からの解析。だから……」


 推理で犯人に辿り着きたかったモモは、本人がカメラに映っていたために少し物足りなさそうだ。ソラはそれ自体は肯定しつつ、結論を急がせる。


「直接犯人が歩いていたんだ。一番分かりやすい証拠じゃねーか。で?」


「カメラの人物が犯人だと仮定するなら、その人物の名前はファルド。表向きは対毒物兵器のエキスパートとされています」


 彼女の解析が正しければ、これで犯人は確定でいいだろう。身元が分かれば追いかけるのもそこまで難しくはない。ソラはすぐにその男の現在位置についての質問を飛ばす。


「そいつは今どこに?」


「一応、モール内のデータを解析して追いかけてはいます」


「まだモールにいるのか!」


「いる……みたいですね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る