ヒーロー倒れる

第88話 ヒーロー倒れる その1

 俺は基地の屋上でぼうっと空を見上げていた。まさか宇宙人が介入してくるなんてとんだデタラメだ。青空は見慣れた色のままで雲を泳がせている。この景色のどこにも不思議なところはない。この間の事がまるで夢か幻だったみたいな気になってくる。

 って言うか、そもそも怪人やら魔法使いが出てきた時点で俺の中のリアルは崩壊してしまっていたんだ。そう思えばどんな事でも受け入れられそうな、そんな気がしていた。


 俺は気持ちに整理をつけると、所長に会いに行く。今後の事についても色々と話をした方がいい。いや、話すべきだろうと思ったんだ。肝心の彼女はこの間までの展望室ではなく、普通に司令室にいた。宇宙人とコンタクトが取れたからまた通常業務に専念してくれると言う事なのだろうか?

 忙しそうに作業している彼女に俺は軽く声をかける。


「しかし宇宙人を味方につけたならもう安泰だな」


「そんなうまい話はないわよ」


 所長から予想と違う答えが返ってきて俺は困惑した。


「は?だって……」


「あの時は特別。ちょうど訪問していたから力を貸してくれただけ」


 その言い方が気にかかった俺は少しカマをかけてみる。


「あの宇宙船はもう母星に帰ったと?」


「そ。次来るのは何ヶ月後かになるかしら?」


「じゃあ、もう頼れないか」


 折角いい味方を得られたと思ったら、どうやらそれはボーナスステージだったらしい。スーツ男の力を封じられるなんてやっぱりチート過ぎたって事か。

 また次からは地道に自分達だけで頑張らないといけない。ま、それは当然だろう。きっとこれでいいんだと俺はため息を吐き出した。

 そんな俺をの様子を見た所長は焦ったみたいに急に饒舌になる。


「でもね!技術は色々と教えてもらったの!これでスーツ研究にも弾みがつくよ!」


「じゃあ武器をお願いするよ」


「あ、ああ……武器ね、分かった。検討する」


 話が武器の話題に移ると彼女のテンションは一気に下る。そう言うところは結局何も変わっていなかった。俺は落胆すると同時に、所長は武器を作れないんじゃなくて敢えて作らないのだと実感する。だから今後も俺のために武器を作ってくれる事はないのだろう。

 そこにも何か思惑があるのだろうけれど、それをしつこく追求するほど俺は野暮じゃない。せめてそうする理由くらいは知りたいけど。


「ま、期待はしてないから。じゃ」


「信用されてないなぁ……ま、仕方ないか」


 話はこれで終わりと言う事で俺は司令室を出て、体をなまらせないようにと訓練室に向かう。そこではひとり技の確認をしているモモの姿があった。

 俺は折角だからと彼女に組手を申し込む。モモは最初は俺が突然現れた事に動揺していたものの、すぐに話を聞いてくれ、俺の鍛錬に付き合ってくれた。

 1時間、2時間と休みなく体を動かして疲労がたまったところで、彼女に声をかける。


「じゃ、休憩しようか」


「はい」


 訓練室の床にベタ座りで休んでも良かったものの、何となく雰囲気で今回の休憩は基地内のちょっとお洒落なカフェで行う事にする。このカフェは街のそれ系のカフェと同じ注文形態を取っていて、ややこしい注文にも対応しているものの、そう言うのが煩わしい人の為に普通の喫茶店のようなベタな注文にも対応してくれる、親切で有り難いお店だ。勿論俺は昔ながらの注文方法でホットコーヒーを注文する。


 2人で向かい合ってコーヒーを飲みながら、特に会話らしい会話は発生せず、逆に何となく気まずい雰囲気が生まれていた。話題を探していた俺は何となくポツリとつぶやく。


「うーん……」


「どうしたんですか?」


「いや、大体のものはこの基地で賄えるんだけどさ……ちょっと好みの服がないかなーって。服なんて着れれば何でもいいっちゃいいんだけど」


 話のネタにするにしても、もっと他に何かないのかと思ったものの、思いついてしまったのだから仕方ない。

 元々俺は服は着られればなんでもいいと言うタイプだ。だからと言って一応好みと言うものはある。この基地のお店の服はそのセンスが俺とは合わなかったのだ。


 ま、話のネタとして軽い雑談のきっかけになればと思って話しかけてみたんだけど……。モモはこの話に意外と真面目に考えてくれた。


「じゃあ街に買い物に出かけたらどうですか?大丈夫ですよ、今だったら」


「ああ、今日はソラもいるのか。じゃちょっと所長に聞いてみるよ」


 何となく引っ込みがつかなくなった俺は休憩の後にそのまま司令室へと向かう。モモもソラもいるなら、買い物をする間くらいなら俺がいなくなっても大丈夫だろう。街で色々と見てみたいものもあったし、今日は何も起こらないような気がするからダメ元で話してみよう。

 こう言うのは勢いが大事だって、誰かが言っていたような気がするし。


「え?外出したい?」


「ああ、駄目かな?」


 所長に許可を取ろうと話しかけると、彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。こんな対応をする事は織り込み済みではあったけど、少し驚きすぎな気もする。

 ヒーロー業務なんて消防署とかと同じで事件さえ起こらなければする事はなんてそんなにない。今では人員不足もあったから待機時間と言う拘束時間も長かったけど、今はもう十分回せるからね。最近もずうっと待機状態だったし、今日くらいはと俺は所長に無言のお願いビームを浴びせ続けた。


「んまぁ、最近ずっと待機任務だったし、何かあった時にすぐ戻ってこられるなら……」


「ただ買い物行くだけだから大丈夫だよ」


「じゃあ、基地の車使って。自動操縦だから楽だよ」


 俺の望みはこうしてあっさりと叶えられ、街への外出が許可された。しかも移動はあの自動操縦カーを使っていいとの事。俺は嬉しくて声を弾ませる。


「え?あれ乗ってっていいの?じゃ、有難く使わせてもらうよ」


「あんまり遠くには行かないでね」


「だから街に買い物に行くだけだって」


 その言動から判断して、外出の許可は得たものの、やはり出来るだけすぐに戻ってきてもらいたいらしい。半日くらい開けたって大丈夫だとは思うんだけどな。それに何かあったら連絡をよこせば戻るつもりはあるし、ま、心配なのは分かるけど。


 俺は所長からの痛い視線を背中に浴びながら、久しぶりに街に繰り出す事になった。軽い外出だし、必要最低限の物だけをポケットに入れて、ほぼ手ぶらで車に乗り込む。仕事の時みたいに目的地を口にするだけで勝手に動き始め、俺はシートを限界まで下げてあくびと共に両腕を思い切り伸ばした。


「あー、本当楽だなこれー」


 街に着いた車はそのままショッピングモールへと向かう。やはり買い物をひとところで済ませようと思ったらここしかないでしょ。モールの駐車場に車を止めて俺は外に出て腕を伸ばしながら深呼吸をする。うーん、やっぱり街の空気は美味しいなぁ。


「さて、ショッピングといきますか」


 モールに入った俺はいくつかのショップを巡って好みの服を物色する。流石に基地内と違って流行の最先端のものやセンスのいいものが所狭した並べられていて、俺は目移りしまくって大変だった。何着か試着して、何着か購入して、充実した時間を過ごしていく。


「ふんふん、いい感じの服があった」


 服の他にも買いたいものを今ここで揃えようと、他の店にも足を運ぶ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る