第80話 ランチタイムまでに その3

 一方、怪人が出現した現場に到着した俺達はその異様な状況に戸惑っていた。辺り一面に濃い霧が漂い、ほとんど何も分からない。怪人の情報を基地側が把握出来なかったのは、きっとこの霧のせいなのだろう。となると、この霧はまずまともな霧のはずがない。俺はすぐにスーツの耐毒機能の精度を上げて不測の事態に備えた。


「何だ?……この……霧?」


「余り動かない方がいいです。すぐに分析を」


「ああ、頼む……」


 モモはすぐにこの霧の成分を調べ始める。俺は何が起こっても問題ないように警戒しながらその場で待機していた。彼女が正確に調べる為に視界から消えた瞬間、どこからか謎の笑い声が聞こえてきた気がした。


「ふふふ……」


「う……うぅん……」


 その声が聞こえた直後から近くにいるはずのモモの様子がおかしい。何か弱っている感じの声が聞こえてきた。こうして待機している間にもどんどん霧は濃くなっていく。心配になった俺は彼女の無事を確認しようと手探りで動き始めた。


「大丈夫?」


「これは……ぁ……」


「お、おいっ……」


 何てこった。最近彼女に頼り過ぎたのが仇になった。霧のせいもあって、モモの様子がさっぱり分からない。聞こえてきた弱々しい言葉が気にかかる。

 きっと彼女に何か起こってそれで通常の状態じゃなくなっているんだ。俺は必死に霧をかき分けてモモの姿を探す。歩けども歩けどもそれらしい人影が見当たらない。アレから少ししか時間は経っていないはずなのに。

 まだすぐ近くにいるはずなのにどうして見つからないんだ。こんな霧のせいで……。


「気を……て!モモの……が弱ってる。すぐに……するから取り敢……離……して」


「彼女を置いてですか?それは出来ません!」


「スー……力を信じて!敵は攻略法を……てきてる!相当に……を練ってるわ。多分その……中に……だけで……」


 俺がモモの探索で苦戦していると、所長からの声がヘルメット内にノイズ混じりで聞こえてくる。うまく聞き取れないものの、どうやらここから離脱しろと言っているらしい。とは言え、モモを残してそんな真似は出来ない。俺は彼女を見つける事を最優先に行動していた。


「くそっ!俺にソラみたいな空間防御能力があれば……」


「やはりあいつはいないか」


 さっき聞こえた謎の声が、今度ははっきりと聞き取れた。やはりこれは敵、多分怪人の声なのだろう。その声にはどこか聞き覚えがあった。


「その声はっ!聞いた覚えがあるぞっ!」


「フハハハハ!覚えてくれていたか!」


 怪人の方も俺が覚えていた事を喜んでいる。その様子から見てやはり以前に戦った相手なのは間違いない。この声は……この声はどこかで……くそっ!

 聞き覚えはあるのに、肝心の名前が思い出せない。以前戦ったのならその時の対処方法を思い出せば勝機はあるはずなのに……。ダメだ、調子がおかしい……これは、この毒の影響……なのか?


「くそっ!目がかすむ……なんでこの霧はスーツの能力で無効化されないんだ……」


「ヴァカめ!この霧をただの霧だとでも思ったか!」


 謎の声はそう言って自身の作戦を自慢気に語る。どうやらこの霧はスーツの能力でも無効化されない特殊な成分を含んだものらしい。そんな技術をこの怪人はどうやって手に入れたって言うんだ……。

 それに、この霧の効能がそう言うものなら、成分を調べていたモモは更に危険な目に遭っているかも知れない……。何としてでも彼女を救出せねば!


「それよりモモをどうした?」


「ほう、モモと言うのか」


 焦っていた俺はつい彼女のヒーローネームではなく本名を喋ってしまっていた。その名前を聞いた怪人の声は楽しそうに弾んでいる。それがどう言う事なのか真意を測りかねた俺は、霧のせいでどこにいるのか分からない怪人に対して睨みを効かせた。


「モモに何かあったら……許さないぞ」


「どうせお前らは俺を倒そうとしているんだろう?平和を守るヒーロ様だからな」


 怪人側は余裕があるのか俺の言葉に軽口で返してきた。声の近さから至近距離にいるはずなのに姿が分からない。それはこの濃い霧のせいなのか、それとも――。いい加減鬱陶しくなった俺はこの霧を吹き飛ばす事にした。


「こんな霧、ふっ飛ばしてやる!風神げ……」


 スーツの力最大限に利用しようと気合を入れた結果、俺は霧の成分を一気に取り込んでしまい……その場に倒れ込んでしまった。くそっ。ここまでヤツの計算だったのか……。


「その技、初っ端からぶっ放していれば違ったかもな」


 怪人は確かめるように俺の体を蹴っ飛ばす。俺は何ひとつ抵抗出来ないまま、空き缶のように無抵抗に転がされた。


「フハハハハ!いい!これでいい!勝った!」


 俺は意識を失いながら怪人の勝ち誇る叫び声を朧気に聞いていた。くそっ、もっと慎重に動いていたならこんな結果には――。


「さて、回収した後はあの男にこいつらを引き渡せば契約完了だ。楽な仕事だった」


 怪人はそう言うと倒れた俺を掴もうと手を伸ばす。次の瞬間に強い光が発光して怪人は目をくらませた。発光はほんの一瞬だったものの、その光が収まった後、怪人はあるべきものがなくなっている事に気付く。


「む!ヤツがいない。何故だ?」


「そのあの男とやらについて教えてくれねーかな?」


「ゲェー!2号!」


 そう、そこに現れたのはソラだった。俺達が回収される直前に現れて助けてくれたのだ。相変わらず遅れてやってくるヒーローだよお前は。

 手柄を奪われて焦る怪人に向かって彼は気さくに挨拶をする。


「よっ!お待たせ」


「お前……俺が見えるのか?」


「ああ、当然だろ?一度先輩にぶっ飛ばされてるじゃないかお前。ネタは割れてんだよ」


 ソラは俺の対戦データから敵の怪人の正体を把握していた。濃い霧の中で姿を見せないこいつは――透明化の能力を持つガシューのパルパルだったのだ。以前の戦いで一撃は入れたものの、結局は生死不明で放置していた奴がまた俺達の前に現れていたのだ。

 正体のバレたパルパルは激高して霧の力で俺達と同じようにソラを倒そうとする。


「くそおおお!お前もここで死ね!」


「死なねって、この程度で」


 霧の力を自由に操れるようになったヤツがどれだけ濃度を濃くしようと、ソラの空間結界の中には侵入出来ない。攻撃が効かない事を理解したパルパルはその理不尽さに逆ギレする。


「うぐおおおおお!卑怯だぞ!こんな力!」


「卑怯者が卑怯って言うな」


 余裕たっぷりのソラにはどんな口撃も通用しない。何をしても無駄だと判断したヤツは懐から謎のリモコンのような機械を取り出した。


「何だそれは?」

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