第79話 ランチタイムまでに その2

 どうにも話が噛み合わないと感じた彼は改めて彼女に迫る。追求された所長はため息をひとつ吐き出すと軽く首を振る。


「って言うか、そもそもクラスの教育方針は担任に直接言いなよ。私になんて言わずにさ」


「や、俺あの担任苦手で……」


 彼のクラスの担任の橘先生は天然系のキャラで、何かを察すると言う事にとても疎い。変な勘違いも多い為、ソラにとってはとても相性の悪い苦手な人種だった。

 普段はクールな彼のそんな意外な反応に所長はにやりと口角を上げる。


「へぇ、ソラにも苦手なものがあったんだ」


「わ、笑うなっ!」


「ごめんごめん……。じゃあ、昼前の事件なら昼食の方に重点を置くって事でいい?」


 結局、いくら話したところで理事長側から担任に話をつけると言う彼の望む展開にならない事を悟ったソラはこの交渉を潔く諦める。


「もういいいよ。何とか担任に話をつけてみる」


「そうしてくれる?じゃ、頼むね」


 これで話が終わったと言う事で、彼女は颯爽とソラの前から軽快な足音を響かせながら去っていった。


「ったく、面倒臭い……」


 彼女を見送った後、ソラは面倒臭がりながら、担任の橘先生を探しにまずは一番確率の高い職員室に向かう。職員室に着いた彼はドアの前で深呼吸をして呼吸を整えた後、意を決してそのドアを開けた。

 そうして意気込んで職員室に入って直談判をしようとしたところ、該当する席は空席になっており、彼は落胆する。


「な、いない?」


 その様子を目にした2組の担任の木村先生がソラに気付いて声をかけてきた。


「何か用事だったの?呼び出そうか?」


「い、いや、いいです……」


 ただの個人的なワガママの為に他クラスの先生の世話にまではなれないと彼は職員室を後にした。この時、普段のソラなら担任の行き先を周りの先生方に聞くくらいの知恵が働いたはずだ。

 けれど、今回はかなり精神的に一杯一杯だった為にそこまで頭が回らず、行き先ノーヒントのままで廊下を歩いていた。


「くそっ!何でこんな日に限って見つからないんだよ。いつもはすぐに目に入るのに」


 ソラは今までの行動から行き先を予想して、橘先生の行きそうな場所を推理する。それから念の為に時刻を確認するともう休み時間は終わりかけていた。


「と、時間か……」


 次の授業が始まる前に早く教室に戻ろうと彼が一歩を踏み出したその時だった。ポケットの中の携帯が震えだしたのは――。



 その頃、基地では怪しげな動きをするの怪人の様子をキャッチしていた。学校から直帰した所長は、すぐにその異常を察知して基地内で待機していたヒーロー2人に司令を下す。


「敵よ!今度は繁華街に!」


「よし!行こう!」


「ええ!」


 2人はまた同じ車に乗り込み、現地へと急ぐ。移動中に必要な情報を得ようと所長と連絡を取ったところ、戻ってきたのは彼女の困惑する声だった。


「敵の映像が届かない、どうやら強力なジャミングをかけているみたい。情報がなくてごめん」


「では、現地で確認します!」


「頼むわね!」


 こうして俺達は敵の情報をほとんど得られないまま現地へと向かう。それはかなり不安の大きいものではあったものの、最近はスーツの新機能のお陰で戦績はとても調子がいい。それに今は優秀な仲間がいる。モモの冷静な判断と行動力に俺は助けられてばかりだ。今回の怪人相手でも、彼女がいれば決して油断せずに、きっと効率よく仕事をこなせるはずだと俺は自信を持って現地へと向かっていた。



 学校ではソラが所長からの連絡を聞いて表情を凍りつかせていた。


「敵が確認出来ない?」


「でもきっと大丈夫、今のあの2人なら……」


「馬鹿!こう言う時は最悪の方の想定をしろって……」


 嫌な予感を感じた彼はすぐに現地に向かう決断をする。敵が用意周到な場合、大抵は何か対策を練って待ち構えていると言うのが常識だ。そこから考えて2人だけではきっと敵の策にハマって身動きが取れなくなる、そうソラは判断していた。

 その決断を耳にした所長は今朝の事もあって改めて彼に問い質す。


「いいの?」


「間に合えばいいんだろ?昼までに。全然余裕だよっ!」


 勝手にいなくなればクラスに迷惑がかかると、ソラはまずは自分の教室に急いで戻った。それから荷物をまとめていると、その行動から何をしようとしているのか察した清春が声をかけてきた。


「ソラっ!お前またっ!」


「悪い!いつものアレだ!」


 清春の方に顔を向けたソラは右手を顔の前に出して片手合掌をして軽く頭を下げる。するとすぐに美咲もこの行動に怒って彼の前に立ちはだかった。


「約束忘れたの!」


「あーもう……昼までまでには戻ってくっから!」


「戻ってくるってお前……」


 ソラの美咲への言い訳に清春は呆れる。ただ、その表情はふざけているのではなく、とても真剣な表情だ。この騒動でゆあも彼の前に集まってきた。

 班のメンバーが全員集まったところでソラは改めて懇願する。


「だから、行かせてくれ!」


「何だかよく分からないけど……」


「すごく大事な用事なんだな?」


「ああ、授業なんかよりよっぽどな」


 班のメンバーに詰め寄られた彼はきっぱりと自信を持ってそう宣言した。そんなソラの顔をじいっと見ていた清春は改めて彼に質問する。


「ちゃんと……昼休みまでには戻ってくるんだよな?」


「ああ、戻る」


 その決意に満ち溢れた回答を聞いた彼はその言葉を信じてかなり強めに背中を叩いた。


「よし、行ってこい!必ず戻ってくんだぞ!約束だからな!」


「任せろ!あ、後先生に説明頼む」


「貸しだからな!」


「ああ、恩に着る!」


 清春に後の事を託したソラは急いで教室を後にする。その後姿を眺めながら、残された班のメンバーは彼の素性に対して思い思いの想像を膨らませるのだった。


「本当、ソラって何者なんだ?」


「案外、この街を守るヒーローだったりして」


「何それ、受ける!」


 メンバーごとに様々な説を話して盛り上がっているところで授業開始のチャイムがなる。生徒達が席に座って先生を待っていると教科担当で担任の橘先生がニコニコ笑顔で教室に入ってきた。


「はぁ~い、授業始めるよぉ~」


「先生!ソラ君が……」


 ここで清春が約束通りにソラの早退を告げる。この事で教室内はざわめいた。先生は何とか場を収めると仕方がないとため息をひとつこぼす。

 彼の早退は日常茶飯事であり、その理由も理事長のアリカを通じて先生方にはちゃんと伝えられていた為、授業はそこから通常通り行われる。


 美咲は窓の外を眺めながら心ここにあらずと言った感じで、今教室にいない彼の事をぼんやりと考えるのだった。

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