ランチタイムまでに

第78話 ランチタイムまでに その1

「じゃあ、今度こそ絶対だよ!」


 ソラのクラスメイト、美咲が彼に声をかける。彼女は身長150cm前後の可愛い元気少女で、誰にでも気さくに声をかけるクラスのマスコット的存在だ。

 彼女が話しかけてきたそのイメージが頭の中で再生されて、ソラは空を見上げながら独り言をつぶやいた。


「あ~、変な約束しちゃったかな」


「ん?」


「いや、こっちの話」


 彼は今現場へと向かっている。ヘルメット越しに所長の指示を仰ぎながら。自動操縦のバイクは後数分で怪人の暴れている商店街の外れに着くだろう。

 現場はすでに怪人の放った謎の濃い霧に包まれていた。現場に近付いた事でまた彼女からのアドバイスが届く。


「今頃2人が戦っているはず。霧のせいで何が起こってるか全く分からないの。気をつけて!」


「へいへーい……」


 ソラは所長の話を右から左に受け流しながら躊躇なく敵の罠の待ち構える霧の中に突っ込んでいった。



 話は数時間前に遡る。いつものように学校に登校した彼はクラスの同じ班の美咲に話しかけられていた。


「ソラって最近良く早退するよね」


「ん?」


「最近揃って昼ご飯食べれてないじゃない」


 ソラのクラス、1年1組は昼食時に班でまとまって食事するルールになっていた。そう、小学校とかではお馴染みの机を合わせて給食を食べるアレだ。普通そう言うのは高校生になってまではやらない。

 けれど、何故だかソラの所属する1組ではそれが当然のルールとなっていた。クラスメイトらもまたそのルールを当たり前のように受け入れている。彼もまた恥ずかしいとは思いながらもそのルールに素直に従っていた。


 ただ、最近はその時間に急に仕事が入る事が多く、班で揃って昼食を取れなくなっていた訳だけど。


「別にいいだろ?」


「よくない!班の結束は大事なんだから!」


「えぇ~」


 ちなみにこの班で食事すると言うルールは強制でもなんでもない。みんな班の結束を高める為に自主的に守っているのだ。別に破ったところでペナルティも何もないものの、みんなが守っているからと言う事で破る者もいなかった。

 彼女の強い圧にソラが引いていると、同じ班の清春が当然の質問を飛ばす。


 彼は高校1年生にして身長180cmの長身のバスケ部員で、同じ班の仲間だけにソラともよくつるんでいる体育会系キャラだ。


「そもそも何で早退なんてしてるんだよ」


「別にいいだろ?」


「だ・か・ら!良くないって言ってんの!」


 彼がその質問にとぼけると、すぐに美咲が追従する。このチームワークにソラは抵抗するのを諦め、妥協案を提示した。


「ああ分かった!次はちゃんと一緒に食べるから!これでいいだろ!」


「言ったな?」


「言ったね!」


「言質は取ったからね!」


 この言葉を聞いた班のメンバーが全員で彼の言葉にツッコミを入れる。班は基本男女2人ずつの4人で構成されている。もうひとりのメンバーのゆあもノリノリでこの流れに乗っかっていた。

 彼女は身長160cmでメガネの結構ノリの良いお調子者ポジションの女子生徒だ。この3人の流れるような見事な連携にソラは頭を抱える。


「何でお前らはこんな時に限っていいチームワーク発揮するんだよ……」


「こんな時ばっかじゃねーし」


「いつだってチームワークいいもんね!」


「そーだそーだ」


「……はぁ」


 ひとりだけが責められる格好になってソラは教室を出る。次の授業まで間があると言う事で、彼はそれまで外で時間を潰そうとしたのだ。その時、偶然校内で見知った顔を見かけた彼はその人物の前まで駆け寄った。


「アリカ、めんどくせぇよ……」


「ちょ、理事長と呼びなさいって」


「どーせすぐに基地に戻んだろ?」


「だとしても!ここは校内でしょ!わきまえてよ!」


 そう、それは偶然学校を視察に来ていた所長だった。ソラはこの学校の理事長を務める彼女に直談判をしようとしていたのだ。いきなり話しかけられた所長は訳が分からずに困惑している。


「じゃあ理事長、面倒臭い」


「な、何が?」


「高校生にもなって班単位で行動とか」


「そう?重要な事だよ?」


 彼の言いたい事が何となく分かってきた彼女は少し反応を確かめようととぼけた返事を返す。ソラはそのまま話を続けた。


「授業でならいい、我慢する。けどなぁ」


「けど?」


 ようやく話が本好時に入ったと察した所長はじいっと真剣に話す彼の顔を覗き込む。


「何で昼飯まで一緒に食べなきゃいけねぇんだよ。中学生じゃあるまいし」


「ソラ、中学行ってたっけ?」


 ソラの言いたい事は分かったものの、会話の細かい矛盾に彼女は突っ込まずにはいられなかった。この言葉に彼は顔を真赤にする。


「や、行ってねぇけども!」


「いいじゃない。恥ずかしいの?」


「責められてんだよ、ほら、最近仕事でアレだろ?」


 ヒーロー業務は神出鬼没の敵に対応する為、年中無休のハードワークだ。学生のソラも必要な時には呼び出しを食らう。最近新メンバーも加入して余裕自体は出来たものの、敵もまた共闘したりと事件の規模も大きくなり、結局ソラにもお呼びが掛かる事も珍しくはなかった。

 ただ、実際はソラが出るまでもなく戦闘が片付く事も多く、出動するかどうかの選択は彼の自主性に任せていた。


 そんな事もあって所長は目の前の困り顔のソラにアドバイスする。


「じゃあ、学業に専念すれば?今はモモがいるから何とか回ってるし」


「またセルレイスの奴らが来たらどうするんだ?俺が行かなきゃだろ?」


 彼はもしもの場合の想定をして彼女に詰め寄る。ソラが気にしていたのは次のセルレイスの刺客を危惧してのものだったのだ。

 確かにモモの加入で大抵の敵は2人で何とか対処が可能だろう。スーツの性能を知り尽くした彼女は意外と戦力になる。


 けれど同じスーツで活動するセルレイスが敵として現れたなら、その時には同じスーツ性能でしかない2人だけでは戦況的に不利になる可能性は否定出来ない。そう考えれば彼だけがのんきに学校で授業を受ける気にならないのも理解は出来た。その上で所長は彼に提案する。


「じゃあほら、やばくなった時には呼ぶからさ」


「それで間に合わなかったら?」


 もし苦戦していたなら、助けに入るには時間との勝負になる。ソラにはソラにしか出来ないスーツ破壊技がある。その技でしか倒せない敵が現れでもしたら勝利の鍵は彼が握る事になる。と、なれば少しでも早くに現場に駆けつけられた方がいい。

 ソラの熱弁に仲間を思う優しさを見出した所長は安心させるようにニッコリと笑顔を見せる。


「あの2人だって最近は結構強いんだよ」


「どうしても教育方針は変えられないんだな?」

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