第73話 待望の3人目 その2
「お前も呼ばれたのか」
「先輩も来たんスね」
一体俺達2人を呼んだ所長は何を企んでいるのか、それとも何かをさせようとしているのか。肝心の情報が何もかも伏せられている中、並行して歩くソラは好奇心に満ちた顔を俺の方に向けた。
「何か面白いもの見せてくれるそうっスよ」
「それは期待出来そうだな」
訓練室――ここは各種訓練をするために作られた部屋だ。スーツを着てその状態で鍛錬をする時もこの部屋は使われる。多少の衝撃にはびくともしない頑丈さと防音性能を持ち、しっかり鍵を閉めれば機密保持も万全。
この部屋で行われるモモの発表会。俺は、もしかしたら彼女が一向に開発してくれないヒーロー用の遠距離攻撃用の武器を開発してくれたのかも知れないと思い、ひとり興奮していた。
「よっ!来たね来たね」
「ところで、ギャラリーは俺達だけですか?」
「そうだよ。これは君達に一番に見てもらいたいんだ」
所長は自信満々の笑顔で集まったスーツ適性者達に向かってアピールする。この状況に異を唱えたのは当事者のモモだった。どうやらこうなる事は事前に何の説明も受けていなかったらしく、彼女はドッキリに騙された芸能人のように激しく動揺している。
「博士!これはどう言う……」
「うん、じゃあ、モモ、始めて!」
「えー。拒否権なしですかぁ……」
渾身の抗議をサラリとかわされてモモはがっくりと肩を下ろしてうなだれる。彼女はやる気をなくして、恨めしそうに所長の顔色をうかがっていた。このやり取りを目にした俺は何か様子がおかしいと、最初の期待通りの展開にならない事を予感し始める。
武器の発表ならあそこまで彼女が嫌がる素振りを見せるはずがない。
と、言う事はこの発表会は一体――?
「ほらほら、とっとと始める!こうしている間に敵が出てきたらどうすんの?」
「分かった、分かりましたあ!」
所長に急かされて、彼女はようやく覚悟を決めたようだ。ここまで嫌がるって言うのはよっぽどの事なのだろう。俺はゴクリとつばを飲み込んで、この先に行われるであろうモモの発表を緊張しながら見守る。
この時、ちらりと隣の若者の顔を確認すると、そいつは半分寝ぼけたような顔でつまらなさそうに前を向いている。よっぽどこのやり取りに興味がないらしい。ま、ソラらしいっちゃ、らしいんだけど。
「一体何が始まるんだ?」
「俺は大体予想つくけど」
2人のギャラリーにじいっと見つめられながらモモは一旦うつむき、それから決意を込めた目で向き直った。その時に放たれた熱意に俺は一瞬圧倒される。
「あのっ……私っ……これっ!」
そう言いながら彼女は右手を掲げる。この時、服の袖口が若干下がり、きゃしゃな手首があらわになる。この光景に俺は困惑した。何故ならその右手首にあったのは俺もよく見慣れたものだったからだ。
「それはっ……変身腕輪?」
「そ、そうですっ!ユキオさんの変身データを蓄積してですねっ、それをベースに調整したのを私が作ったんですっ!」
俺の質問にモモは恥ずかしさからかまぶたをギュッと閉じて頬を赤く染めながら叫ぶように答える。その様子から彼女がふざけているようには見えず、その腕輪がただのコスプレグッズのレプリカとかではない事は容易にうかがえた。
この事態を前にしてようやくこれが何の発表会なのか俺にも大体予想がついたものの、一応の確認の為に所長に声をかける。
「これは一体?」
「百聞は一見にしかずよ!モモッ!」
「は、はいっ!」
所長の指示を受けて、モモは掲げた拳をぎゅっと固く握りしめる。質問の回答は今からの行動で示すと言わんばかりに。
予想はしていても、実際に目にするまでは確信はすまいと俺は心の中で謎の葛藤をしていた。出来ればこの予想は当たって欲しくないとどこかで願いながら。
「変身ッ!」
彼女の口から聞き慣れた単語が飛び出し、腕輪から光が解き放たれる。その光はモモの全身を包み込み、ほんの一瞬でその姿は見慣れたスーツ姿に変わっていた。自分では見た事がなかったけれど、きっと俺も変身する瞬間はこんなプロセスを踏んでいるのだろう。
変身を終えた彼女は体のラインが如実に分かる。その主張し過ぎないシルエットは如何にも科学者らしいと思わせる雰囲気だった。そのスーツは俺のスーツとほぼ同じような感じで、違いと言えば女性らしくスーツの色が定番のピンクになったくらいだろう。
とは言え、それは見た目だけの話で機能的には全然違うのかも知れないけれど。
変身完了したモモは予想通りと言うか何と言うか、体をモジモジくねらせて恥ずかしがっている。ヒーロースーツは体のラインが出るから仕方ない。
俺は目の前のピンクのヒーロー、いや、ヒロインの誕生を目にしながら、けれどすぐには現実を受け入れられないでいた。
「おいおい……」
「やっぱりね」
動揺する俺とは対象的にソラはこの現実をあっさりと受け入れている。まるでこうなる事を最初から知っていたみたいに。考えてみたら彼はずっとこの基地で生活をしていたのだから、彼女がスーツを作っていたのを知っていたのかも知れない。だとしたらこの状況をあっさり受け入れられたのにも納得だ。
俺は何故ここで俺達にモモの変身を見せたのか、その真意を確認する為に口を開く。
「所長、まさかとは思うけど……」
「そのまさかよん。モモもメンバーに加わるの。この間ひとりじゃ辛いって言ってたじゃない。これで楽になるでしょ」
所長はまるでクラスに新しく転校生が来た時の先生の紹介みたいにあっけらかんと軽く宣言する。3人目のスーツヒーロー、まさかこんな形で仲間が増えるなんて。
話を聞いた瞬間、俺の頭の中では色んな疑問が一気に思い浮かぶ。で、その中でも一番大事な事をまずはひとつ選びとった。
「せ、性能は?」
「飽くまでも1号をベースにしているから、あなたのスーツと同程度と見ていいわ。特殊な装備とかはないわね」
なるほど、その話の通りならカタログスペック上はヒーロー活動をするのに何も問題はなさそうだ。ひとつの疑問が解消したところで俺は質問を続ける。
「彼女も一億分の一ってアレですか?」
「いいえ?彼女用にカスタマイズしたのよ、スーツの方を彼女に合わせてる。だからモモにしか着られないスーツって訳ね」
「スーツってそう言う事も出来たのか……」
「モモの才能とこれまでのデータの蓄積があって完成したのよ。この世界にひとつだけの特注品が」
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