3人目のヒーロー

待望の3人目

第72話 待望の3人目 その1

 前回の事件が解決してから2週間、幸いな事に警察の手に負えないような事件は起こらなかった。例のテロ組織も鳴りを潜め、街には束の間の平和が訪れている。

 それがいい事かどうかは判断が難しい。何故ならどの組織も決して壊滅はしていないからだ。今静かなのも隠れて何かを計画しているのか、何かをやらかしていてそれが見つかっていないだけなのか――。

 とにかくいつ何が起こるか分からない状態には違いなかった。


 そんな緊張感の続く日々の中、研究員のモモが司令室で作業をしている所長に何らかの資料的な書類を差し出していた。


「博士、どうかこれを見てください」


「ん?ああ、前から言ってヤツね。で、結果が出たの?」


「出ました、シミュレーションで適合率99.996%です」


「へぇ、やったじゃん」


 モモの出した実験結果らしい数値を聞いた所長は頬を緩ませる。その反応を見た彼女もまた笑顔になった。


「これで私もお役に立てます」


「待って待って、適合するのと使いこなせるのは違うよ。分かってると思うけど」


「だから実際にチェックして欲しいんです。時間はありますか?」


 このモモのリクエストに彼女は顎に指を当ててうつむいた。頭の回転の早い所長は返事の難しい問題でも人を待たせない。2秒と経たない間に彼女は顎から指を離し、モモの顔をしっかりと見つめる。


「そーだねぇ……じゃあ今からしよっか」


「本当ですか!有難うございます!」


 所長の快い返事にモモの顔はパァァと明るくなる。その笑顔を見つめながら彼女は言葉を続けた。


「うん、先に訓練室で待ってて、みんな呼んでくるから」


「え?」


 まだモモがその言葉の真意を測りかねている間に所長は颯爽と司令室を後にする。残された彼女は思案の為に組んだ腕をしばらくそのまま外せなかった。


 その頃、トレーニングをしようとジムに向かっていた俺はその道中で興奮気味に歩いている所長とばったりとぶつかる。勿論これが偶然かどうかは分からないのだけど。俺の顔を目にした所長はまるでゲームショップで欲しかった新作ゲームを発見したゲーム少年のように目を輝かせた。


「やあ、今日モモが訓練室で新作発表会するから見てやってよ」


 突然前置きもなく話しかけられた俺は当然のように困惑する。何もかもが情報不足だ。これで返事をしろと言う方が無茶と言うものだろう。


「えと?何がですか?」


「彼女、知ってるでしょ、私の右腕」


 モモと言う女性は今までにも何度か会っているから一応の面識はある。メガネを掛けてショートカットで、地味っぽくて如何にも読書好きそうな、それでいて仕事は好きな分野で特異な才能を発揮しそうな、いわゆるオタク系の雰囲気を感じる、そんな印象だ。

 体型的には余り記憶に残っていないから多分平均的なプロポーションなのだろう。服装も目立たない地味なセンスだし、事務的な会話をたまに交わすくらいで性格とかもよくは知らない。


 俺からしたらそんなイメージだったから、今まで彼女はこの基地でもよく見かける所長の助手的な立ち位置の人か何かだと思っていたんだけど――。


「あの子、そんなに優秀だったんですか」


「そーだよう。私の理論を理解出来る数少ないかなり賢い子なんだから」


 所長はモモの事をそう評価する。自慢するように話すその話しぶりから見ても、彼女をかなり信用しているのが手に取るように分かった。

 それにしてもその話しぶりはまるで年下の部下を評価するような言い方だ。モモは俺の見た感じそれなりの大人の女性のイメージがあったんだけど……。


「えと、彼女の方が歳上ですよね?」


「そうね、でもあなたよりは歳下よ」


 俺はそんなに親しくないのもあって彼女の年齢は知らない。なのでこの会話の流れでつい好奇心が疼いてしまった。


「幾つなんでしたっけ?」


「24歳ね。知りたかったの?」


「なっ、話の流れから聞くように誘導していたじゃないですか」


 何だかハメられた気がした俺は顔を真っ赤にして反論する。もしかして所長は変な目で俺を見ているんじゃないだろうか?

 意識すると余計に頭が回らなくなる。所長は何かを察したのか軽く笑みを浮かべた。


「考え過ぎだって。じゃ、発表会は10時からだから」


「ちょ、何の発表会なんですか?」


「ふふん、それは来てのお楽しみ」


 肝心な事をほぼ何も言わずに、所長は言いたい事を言い切ると踵を返して去っていく。一過性の嵐が過ぎ去った後、俺の前に残されたのは奇妙な虚無感だけだった。



「俺も行かなきゃダメなんスか?」


 俺の元を去った所長が向かった先はソラの部屋だ。彼は朝食を食べ終えて自室で登校の準備をしていたところを捕まえられていた。さっき俺に会った時と寸分違わぬニコニコ笑顔でソラにもモモの発表会に来るように誘っている。


「絶対面白いから来てよ」


「俺、ヒマじゃないんで」


 一応学生の彼は何もない時は律儀に学校のスケジュールに従っている。勿論それを指示したのは他でもない目の前にいる彼女だ。だからこそソラはその言葉に従って真面目に学校に通っていると言うのに。


「予定キャンセルしてでも来てよ!」


 なのにその所長が自ら定めたルールを破れと迫る。この謎の圧に彼は困惑する。言葉をなくしたソラは大きなため息をひとつ吐き出した。


「そんなに見せたいのかよ……」


 彼が観念したと察した所長はまたしても満面の笑みを浮かべる。


「うん、そう!」


「しゃーねーなぁ……」


 こうしてスーツ装着者2人の了解を取り付けた彼女は、残りの仕事を片付ける為に司令室に戻った。この時、さっきまで司令室にいたはずのモモは実験の準備の為に既に訓練室の方に移動していた。

 それから予定の時間が近付いて、所長も訓練室へと移動する。


 彼女が部屋に着くと不安そうなモモがそこでモジモジ顔を赤らませながら待っていた。


「あの……博士?まだ最初は余り多くの人には見せたくないんですけど」


「何言ってるの?仲間に隠し事はなしでしょ?」


「いや、まだ仲間って言うのは……その……」


 そんなハッキリしない会話を続けていると、見覚えのある人影が訓練室に近付いてくるのが見えて、所長は嬉しそうに大きく手を振る。


「あ、来た来た!おーい!こっちこっちー!」


 そう、その人影は俺達だ。訓練室に向かう途中の道中で偶然ソラと合流した時はまさか目的地が同じだとは思わなかった。

 けれどいつまでたっても並んで歩くものだから、流石の俺もそれがどう言う事なのか察しはついた。

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