第74話 待望の3人目 その3

 所長は自慢の助手の成果を自分の事のように嬉しそうに説明する。それにしても流石天才の仕事は違うな。スーツのカスタマイズだなんて。その仕組みを考えて、なおかつ実際に作ってしまうんだもんな。

 俺が感心しながら彼女の方を見ていると、モモが顔を赤らめながら叫ぶように声を上げる。


「か、完成したのは本当に奇跡でした。もう同じ物は二度と作れません!」


 彼女のその言葉を聞いた俺は、つい昔見た映画の物語を連想した。


「まるで雷が直撃して機器がショートしたおかげで完成したみたいな……」


「ま、当たらずとも遠からずね。そんな訳だから今日からよろしくね。ほら、モモも挨拶!」


「よ、よろしくです!」


 この流れに、所長がもう話を切り上げようとしているように感じた俺は、何とかそれを阻止しようと残った問題点を早口でまくし立てる。


「ちょ、待ってくださいよ。彼女は戦闘の経験とかあるんですか!敵はどんどん強くなっているのに……」


「は?何言ってるの?あなたも最初は素人だったじゃないの。どの口が言うかなぁ……」


「うぐっ」


 彼女の言葉に俺は精神的ダメージをダイレクトに受ける。それを言われたらもう何も言い返せないじゃないか。ショックを受けている俺に対して、所長は追撃と言わんばかりに冷たい線を浴びせながら言葉を続ける。


「それにモモは最初からスーツの研究者だったのよ?スーツの事なら3人の中で一番詳しいんだから」


「じゃあこの間ソラがスーツの謎機能を使ってたけど、ああ言うのも知っていると?」


「そんなの当然じゃない」


 彼女はあっさりとこの質問を肯定した。この事実を前に俺は重大な事実に気付いて言葉を失う。


「な、なんてこった。それじゃあもしかしたらこの中で俺が一番お荷物かも知れないのか……」


「何でそこで落ち込むのよ。あなたには今までの経験って武器があるじゃないの。もっと胸を張りなさい」


「お、おう……」


 散々落としながら最後に持ち上げる。これは心理テクニックのひとつだ。普通ならここで自信を取り戻せているはずなのに、自分に勝っているものが経験だけと言う事実に俺は容易には立ち直れなかった。その経験が上手く役に立っていないからこうしてくすぶっている、その自覚があったからだ。


「それじゃ、私はやる事があるからあとは3人で適当にやっててよ」


「ちょ、丸投げ?」


 俺のツッコミも届かず、所長はまるでお見合いで退場する親族のようにあっさりと訓練室から退室していった。普通、せめてこれから何をするか、何をさせたいかの意思表示をしてから現場を離れるものじゃないのか?

 俺が彼女の行動に困惑していると、同室していたソラが首の後で手を組みながら気だるそうに口を開く。 


「顔合わせも済んだみたいだし、俺も抜けるわ。じゃ」


「お、おい……」


 流石でここで2人きりになるのは間が持たないと、俺はすぐに出ていこうとするソラの肩を掴む。彼は振り返るときつい視線を俺に向けた。


「学校。サボる訳にも行かないだろ」


「あ……」


「それにスーツの相性は俺より先輩の方が合うんじゃない?ベースは同じなんだからさ。じゃ、仲良くやりなよー」


 結局俺はソラを止める事が出来なかった。学校と言う言葉を出されたら流石に引き止められやしない。彼の口からその言葉が出るまで、俺は今日が平日だと言う事に気付けなかった。ヒーロー活動に平日も休日もないから仕方がない。ソラは手を振りながら訓練室を後にする。


 さて、困ったぞ。今、この訓練室には俺とモモの2人きりだ。考えてみれば俺がこの場にいる必要もないんじゃないか?新しいスーツのお披露目も無事に終わった事だし。これ以上は俺もここにいる必要はないはずだ。そう結論付けて口を開きかけたその時、先に彼女の方から声がかかった。


「あ、あの……」


「え。は、はい……」


 突然話しかけられた俺は緊張する。今まで殆ど交流がなかったせいでこの状況にどう対処していいか分からない。俺が固まっていると、モモからとんでもない提案がなされた。


「ユキオさんも良かったら変身を……」


「え、えぇ?」


 この突然の申し出に俺は困惑する。何故なら彼女の意図が全く読めなかったからだ。さっきからずっと恥ずかしがっていたモモは更に顔を赤らめながら、その理由を口にする。


「お手合わせとか、お願い出来たら……その……」


「あ、そうだね。敵が出てそこでいきなり実践って訳にもね」


 彼女に詳しく説明させて、やっとその意図が分かるなんて俺は本当に頭が回らない。自分の鈍感さに恥ずかしくなる。俺はすぐに変身して、彼女の前に立つと手合わせの為に構えを取った。形だけはいっちょ前だけど、誰にも師事していない俺の構えはどこまでも雰囲気だけのまがい物でしかない。


 もし正式に格闘の技術を磨くなら、俺なんかより武道の達人とかそれなりに鍛錬を極めた人を相手にした方がよくないだろうか?


 考えたらスーツを着た上での対人の組手はこれが初めてだ。仲間は増えたものの、ソラと絡むのは仕事の間だけでそれ以外では会う事すら殆どない。

 初めての組手で緊張した俺は、目の前の彼女に質問する事で間を持たせようとしていた。


「モモさんは武道の経験とかは?あ、そう言う俺も全くの素人なんだけど」


「あの、すみません。経験とかは……ないです。様々な武道の映像を見て動きの研究とかは、最近始めているんですが……」


「だ、だよね。じゃあ、最初は真似事みたいなのでやってみようか」


「お、お願いします!」


 こうして始まった俺達の初めての組手は――モモの圧勝だった。一応敵との戦いで俺も格闘の経験だけは積んでいるはずだったのに。やはりスーツの機能に頼り切った捨て身の行動ばかりしていたのが技術の向上を妨げていたんだろうか。

 それにしてもさっきの彼女の言葉――格闘の経験がない――は本当の事なのだろうか?俺の攻撃をことごとく紙一重で避けた上に、隙を見せた瞬間に一瞬で押さえ込むなんて、まるで師範代クラスの実力じゃないか。


 スパンと綺麗に倒されながら、俺はその秘密を彼女に尋ねる。


「どう言う事ですか?」


「あの、スーツの機能のひとつで、思った通りに体を動かすようにするって言うのがあって、イメージングトレースって言うんですけど……」


「それ、俺のスーツにも組み込まれてる?」


「はい。そのはずですが……」


 つまりモモが強かったのはスーツの機能のひとつを使ったから、と言う事らしい。

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