第70話 ソラの謎 その5

 それがどんな滑稽な光景か、奴自身、気付いていないんだろうな。

 この場には当然のようにテンも側にいる。こいつは俺には目もくれず、やがて来るだろうソラをずっと警戒しているようだった。


「愉快なトークもその辺にしておけ」


「何?」


「意外と早かった……お客さんだ」


 奴の言葉に俺が目を凝らすと、そこには自動操縦でこちらに向かってくるバイクの姿があった。俺の乗り捨てた車の隣にバイクを止めると、ソラはゆっくりと拘束された俺のもとに向き合って歩いてくる。

 嫌な予感がした俺がすぐにテンの姿を確認すると、さっきと同じようにまた奴はその素早さで姿を消していた。


「ソラ?!ダメだ、罠だ!」


「そんなのは知ってるって」


 罠があると知っていながら彼の態度は余裕そのものだった。まるでこれから不意打ちをかまそうと画策しているスーツ男の卑怯な行動も、最初から知っているみたいに。

 そうしてこの新たなヒーローの登場に興奮しているのは、今姿を消しているセルレイスの構成員だけじゃなくて――。


「お前がソラかァァァ!死ねぇ!風刃多段撃!」


 ルードラはここでソラを倒して自分の実力をPRしたいらしい。無数の風刃が彼めがけて襲いかかる。その技の破壊力を知っている俺はつい大声を上げた。


「危ない!避けろっ!」


「は?避けねーし!」


 ソラはさくっと防御結界を張りこの風刃の攻撃をあっさりと弾く。自慢の攻撃を片手間に防がれた現実を前にルードラは実力の違いを感じ、無言のままその場に崩れ落ちた。

 この奴の暴走すらも計画だったかのように、突然テンがソラの前に現れる。そう、完璧なはずの防御結界にの中に。ソラの目の前に。


「いい心掛けだ……」


「ゼロ距離!」


 俺はさっきの自分の姿がソラに重なり、また大声を上げる。このままでは彼もまたさっきの俺と同じ末路を辿る!分かっていても何も出来ない悔しさに、俺は下唇を噛んだ。

 けれどソラは何故だかいつもの余裕綽々しゃくしゃくな態度を少しも崩してはいなかった。この状況で恐怖を感じないなんて――。


「テンおじさん、久しぶり。いつスーツ着れるようになったの?」


「余裕だな……。少しは驚いてくれるかと思ったんだが」


「驚いてるよ。あんたみたいなトロイおっさんがスーツの適合試験にパスするなんてね」


「なら痛みで理解するんだな!」


 彼の軽口が気に障ったのか、テンは早速お得意のゼロ距離攻撃を実行に移そうとする。その先の痛みを知る俺はどうにかそれを避けさせようと大声を上げる。


「ソラッ!」


「反転……」


 奴がソラのスーツに手を当てて攻撃を仕掛けようとしたその時、彼は小声で何かつぶやいた。声が小さくて俺からは何を言ったか分からなかったけれど、次の瞬間に痛みで叫び声を上げたのは攻撃を仕掛けたはずのテンの方だった。


「グアアアッ!」


「な、何っ?」


 結局テンは自分の攻撃で自爆してそのまま倒れてしまった。この意外な展開に傍観していたルードラは困惑する。ソラはそんなフード男を無視して俺の目の前まで歩いて来ると、ブツブツ言いながら拘束具をひとつずつ外していく。


「ったく、何ひとりで突っ走ってんだよ。スーツ男相手にタイマンとか有り得ない」


「わ、私を無視するなっ!」


 その行動に、戦力外扱いされたと憤慨したルードラが激高する。俺の拘束具を外しながら、横目でちらりと見たソラの目が冷たく光った。


「あ?うるさい」


 彼はすっと片手を上げるとフード男に念を飛ばす。超能力対決ならMGSの得意領域だと思っていたら、桁外れの力の差にそれは全く勝負にならなかった。


「な、何だこの力はっ!ぐほぉぉぉっ!」


 ルードラはソラの攻撃の前に全く為す術もなく吹っ飛ばされた。このあっけない勝利に俺は言葉を失う。やがて拘束具は全て取り外され、俺はその場にへたり込んだ。


「相変わらず無双だな……追いつけやしない」


「別に俺は……無敵じゃないぞ」


 俺の言葉にソラは照れるようにつぶやく。その言葉を聞いたテンがムクリと起き上がった。復活早っ!


「そうとも!お前は無敵じゃない!だが、さっきのは一体何だ?」


「教えるかバーカ」


 どうやら奴自身もさっきのソラの攻撃の詳細は知らないらしい……。じゃあ、一体何をやらかしたって言うんだ。質問を無碍むげに断られたテンは明らかに不機嫌な表情を浮かべ、分かり易く逆上する。


「私を馬鹿にするのは止めて頂こう!私はメンバーに選ばれたのだから!」


「何がメンバーだ。スーツが着られる奴らを仲間内でそう呼んでるだけじゃねーか。そんなら俺達だってメンバーだぜ?」


「栄光あるセルレイスのメンバーと貴様らドブネズミを一緒にするな!」


 どうやらセルレイスでは組織内でスーツが着られるようになった人材をメンバーと呼ぶらしい。なんかちょっとかっこいいぞ。

 しかし、セルレイス製のスーツにしたって着られるのは極わずかの確率のはず。どれだけ構成員の数を揃えているんだ……。また、それとは別に俺は奴の言葉のセンスが気になった。


「ドブネズミって……例えが古くないか?」


「だからあいつはおっさんなんだよ」


「成程、確かに」


 俺とソラがテンのセンスに納得していると、その会話が更に奴の逆鱗に触れてしまう。


「ソラァァ!貴様は許さん!生きて捕獲との指令だったが手元が狂うかもなああ!」


「この期に及んでまだ勝つ気?」


 怒り狂うテンとは対象的に、ソラはあくまでもクールに対応する。同僚ながらその余裕は一体どこから来るんだろうと俺は疑問を覚えてしまう。元々奴とは知り合いだったみたいだし、それで実力とか知っていると言う事なのだろうか?


 俺が戦闘態勢のままテンの出方を伺っていると、ソラはそっと俺の肩に手を置いた。あのキウを倒した時と同じ構図だ。つまり同じ事をやれって言う事なのだろう。その様子を見た緑スーツ男はにやりと笑うと挑発的な言葉を投げかける。


「キウ先輩が破れた技か?対策をしていないかと思ったか、馬鹿め!」


「ヤバイぞ、あいつの素早さは……」


 俺はソラに攻撃をかわされる可能性を口にする。どんなに強力な技も当たらなければ意味がない。このソラの力を増幅させて放つ技――あの時適当につけた技名は確か、フルスウィングバースト――は隙も大きくて、素早く動き続ける敵には不利だ。


「だから速さについては知ってるって。それより集中して!今回はタイミングシビアだから」


「わ、分かった」


 ソラはそれでもこの技で行く事を止めようとしない。自信家の彼の言葉を今は信じる事にしよう。きっとこの技でしかあいつは倒せないって事でもあるのだろうから。

 俺達が集中する中、警告を無視された事で自分の力を軽視されていると感じたテンは自慢の高速移動で目の前から姿を消した。


「だから!私にその技は……」


「今ッ!」


 唐突に指示されて焦った俺はハッキリ技名も言えず、とにかく力の発動だけに集中する。


「フル……バーストォ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る