ソラの謎

第66話 ソラの謎 その1

 基地に泊まった次の日、物珍しさで早起きしてしまった俺は散歩がてらに好奇心を満たそうと基地内をそれとなく散策していた。早朝の空気はとても心地良く、自然に足取りも軽くなっていた。調子に乗って歩いていると基地内のジムの近くで一汗かいたらしい見慣れた人影が目に入った。


「よっ、ソラ」


「ん?何?」


 彼はいつもこの時間から動いているんだろうか?それはそれとして相変わらず無愛想だな。


「挨拶だよ。何だかこんな時間に合うってちょっと新鮮だな」


「……」


 こっちはフレンドリーに話しかけたつもりなんだけど、ソラはそう受け取ってくれないらしい。差し出した手も華麗にスルーされてしまった。ま、朝の挨拶で握手って言うのもよく考えたら変だけど。


「あれぇ……」


 俺を無視した彼はまっすぐに通路を歩いていく。その行き先は……多分食堂だろう。ここでもう少し打ち解けたいと思った俺はそのままソラの後を付いていった。


「何で付いてくんの?」


「何でって……いや、これから朝食だろ?一緒に行こうかと……」


「は?キモいんだけど」


 はい!朝っぱらからショックな一言を頂きました!き、キモい?そりゃもしこれがソラと同年代の女子に向かって俺がそう言ったなら分かるよ?

 でも同性じゃん。そんでもって仕事仲間じゃん。しかも仕事上はこっちが先輩じゃん?そう言う立場でなんでそう言う言葉を投げかけられなければいけない訳?あれ?俺何かしたっけ?知らない間に彼の機嫌を損ねていたっけ?


「え?何で?」


「別におっさんと仲良くしたい訳じゃないんで」


「お……うん」


 成程……壁を作っていたのは年齢差だったかぁ。確かに付き合うなら同性にしたって同世代がいいわな、うん。たとえ仕事上の関係があっても仕事とプライベートはハッキリ分けるのがソラの性格と。まぁそんな感じは前からしていたけど……ハッキリ言われると流石にショックだなぁ。


「仕事以外では繋がりを拒否するタイプか……はぁ……」


 仕方がないので俺は彼から距離を取って歩く事にした。そもそも俺も朝食を食べたかったし、目的地は同じだからね。

 昨日散々宴会をやらかした食堂に入ると、室内はすっかり朝食の準備が整っていた。ビッフェスタイルで好きなもの取り放題のその光景は俺を軽く誤解させる。


「やっぱすごいな、高級ホテル並だ」


 並んでいるどの料理も美味しそうで、俺はよだれを抑えるのも大変だった。食堂はこの時点ですでに多くの職員が食事に訪れており、席も大体6割程埋まっている。キョロキョロと周りを見渡していると、食事を取るソラの姿も目に入った。

 多くの職員はそれぞれグループになって複数で楽しそうに食事をしているのに、ソラの周りだけはまるでそう仕組んだかのように周りに誰もいない。俺はそれが気になって動きを止める。


「やっほー!楽しんでる?」


 ソラの事を考えているところに所長が背後から元気100%で声をかけて来た。俺はすぐに振り向いて声の主を確認する。


「え、ええまあ」


「何?ノリが悪いじゃない?どったの?」


「いや、あれ……」


 訝しむ所長を前に俺はソラのいる方角に顎を動かす。すぐに言いたい事を理解した彼女は溜息をつくと喋り始めた。


「ああ、ソラね。いつもあんなもんよ。彼、ひとりが好きらしいから」


「ソラ、ここに来てどれくらい経ったんでしたっけ?」


「そうね、初めて出会った時からだから……3ヶ月くらいかな。普通じゃない?」


「こればっかりは個人の資質かぁ……」


 実際、ソラの気持ちも分からなくはない。俺もどちらかと言えばあんまり社交的ではない方だし。ひとりが好きで彼が心に孤独を感じていないのであれば、アレはアレでいいのだろう。余計な干渉は気を悪くさせるだけだ。


 俺がひとりうなずいていると、所長が俺の顔を興味深そうに覗き込む。


「あ、もしかして何か言われた?彼に」


「おっさんだって……」


 さっきのソラの言葉を話すと、所長は何かがツボに入ったのか大声で笑い始めた。


「あはは!確かにおっさんには違いないわ!」


 彼女はずっと笑い続ける。周りの注目を集めるくらいに。あれ?これ俺が止めなきゃいけない流れ?仕方なく俺は所長の目を見つめて口を開きかける。

 そこで彼女は自主的に笑うのを止めてくれた。うーん、年頃の女子のツボは分からないな。


「あ、ごめん、傷ついた?」


「いえ?もうアラサーですので。自分でも実感してます」


 男にとってオッサンのハードルは低い。女子がいくつになっても女子と自称するのと違って、男は自分の年齢に自覚的なのだ。この位で傷つく事はない。

 ま、20歳くらいでオッサン呼ばわりされたなら、それなりにショックは受けるのだろうけど。


 そんな会話をしながらちらっと彼の座っているテーブルを見ると、どうやらソラは食事を終えたようだ。


「お、帰っていく。どうする?追っかける?」


「何でそう言う流れになるんですか。そっとしときますよ」


 それから俺達は食器を持ってビッフェの列に並ぶ。好きな料理を好きなだけ乗せていって、何となくの流れで俺と所長は向かい合って座る事になった。

 お互いに好きな料理を口に運びながら会話は再開される。


「でも未だに息の合ったコンビネーションとか出来ないんでしょ?私としてはそれもどうかなーって思う訳よ」


「それは……ソラの強さに俺が追いついてないからで、まずはその溝を埋めないと」


 俺はソラと上手く行っていない理由を自己分析する。この説を聞いた所長は突然真顔になった。


「いや、埋める溝は技術でも実力でもなくて……心でしょ」


「それが一番難易度が高いって言うか……あ、そうだ、ソラって普段どんな感じなんですか?」


 この際だからと、俺は彼について知っている事を聞き出そうとする。責任者の彼女ならかなり詳しい事を知っているはずだ。

 俺の質問に所長は少しも躊躇する事なく話し始めた。


「どんなって、学校に行ってるよ。学校でもあのテンションのままじゃないのかな?」


「この基地から学校って距離ありますよね」


「うん、だからいつもバイク通学。この間の仕事の時も乗ってたでしょ」


 あの自動操縦のバイク、まさか通学にも使っていたなんて。色んな意味で危険を感じた俺は思わず聞き返した。


「アレで学校に行かせてるんですか?大丈夫なんですか?」


「バイク通学大丈夫な学校だし、何も問題ないよ」


「いや、だから……盗難とか……」


「盗まれる訳がないでしょ?私が設計したんだよ?セキリュティは完璧だよ!」


 本当は盗難以外の危険も色々頭に思い描いたんだけど、きっと所長の耳には届かないだろう。それに確かに彼女の作るマシンならその他の諸問題も軽くクリアしていそうな気がして、この話をこれ以上広げなくてもいいかと俺は判断する。


 なので今度は別の角度から話をしようとサラッと話題を変えてみた。


「あいつ、友達とかいるのかな」


「いるいる。定期的に報告が上がるけど、意外とエンジョイしてるみたいだよ」

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