第65話 秘密基地へようこそ その4

「おーい、こっちは終わったよー。じゃ、先帰るんで後よろしく~」


 俺の惨状を全く気にする事なく、彼はいつものように勝手に先に帰っていく。同時出動した時くらい先輩を待てないものかね……。その態度が気に障った俺は体についた煤を手でささっと払うと、もういない相手に向かって声を荒げた。


「こらっ、たまには最後まで……」


「な、何故燃えない?1500℃の高温だぞ?」


 ほぼ無傷の俺の姿を見て脳筋野郎が呆然としている。あの程度ならスーツの基本性能でも十分耐えきれるんだよね。焦る相手には少し大袈裟に説明してやろう。


「それがこのスーツの性能なんだなあ」


「くっ……」


 リッツは自分の攻撃が効かないと知って悔しがる。そうそう、その顔が見たかった。相手の技を受けてそれを華麗に返すのは様式美だよね、うん。


「さて、今度はこっちの番だ!ファイナルクラ……」


 そう言いながら俺が腕に力を込めていたその次の瞬間、リッツは一目散に逃げ出した。この予想していなかった行動に一瞬反応が遅れてしまう。すぐに後を追いかけたものの、途中でMGSならではの魔法的な手段で姿を消したようで、結局奴は捕まえられなかった。残念無念。


「引き際はわきまえていたか」


 探し疲れた俺は一旦現場に戻り、その場に伸びていたヒョロメガネを捕まえると待機していた警部に突き出した。


「すみません、ひとり取り逃がしました」


「まぁ逃げたものは仕方がない。ひとりでも確保出来れば御の字だ」


 それから諸々の事後処理を済ませ、俺も帰る事になった。自動操縦のマシンに乗り込みながら最後に警部に挨拶する。


「じゃ、そーゆー事で」


「君達も、変わっていくんだな」


 警部がかけて来たその何気ない一言がどこか暗示的に俺の心に響く。


「正直、まだ戸惑っていますよ」


「その変化が良きものである事を願うよ」


「警部とはこれからもいい関係を望みます」


「それはこちらからもお願いするよ」


 その言葉を胸に刻みながら、俺は基地に戻った。マシンから降りて報告とばかりに取り敢えず司令室に向かう。

 しかし司令室はもぬけの殻で照明すら落とされていた。一体所長はどこにいるのかと探していると、手元のデバイスがメッセージを受信する。どうやら基地からの初仕事と言う事で祝賀会を開いているらしい。

 何だそれ、オンボロ事務所の時とは待遇が全然違うぞ。


 会場になっている基地内にある大広間に着くと中から賑やかな声が聞こえて来る。一体このドアの先にどんな光景が広がっているって言うんだ……。

 俺はゴクリとつばを飲み込むと、意を決してそのドアを開ける。


「基地からの初仕事、おめでたーい!と言う訳でお祝いしましょ!」


 そこにはまるで結婚披露宴みたいな、賑やかな光景が広がっていた。基地内のスタッフが全員集まっているのか随分と人が多い。もしかして俺のスーツやヒーロー活動にはこれだけの人が本当は関わっていたと言う事なのだろうか。料理はビッフェ方式でずらりと並び、みんな楽しそうに歓談している。


「急に贅沢になったなぁ……」


 あまりの状況に事態を飲み込めないまま立ち尽くしていると、上機嫌の所長がワインの注がれたグラスを持って近付いて来た。


「さあさあ、飲んで飲んで」


「未成年が大人に酒を勧めないっ!」


 俺はワインを受け取りながらもマナーにうるさい小姑のような事を口走る。結構こう言うところはちゃんとしていたいんだよね。不機嫌になった彼女は口を尖らせながら憎まれ口を叩いた。


「何よ、ノリが悪いなぁ。そんなだから敵に逃げられるんだよっ!」


「はぁ……」


 所長はその後、別のスタッフのもとに歩いていく。今まで見ていた事務所での彼女とは違う表情を見て、あれが本来の姿なんだろうなと俺は想像を膨らませる。

 最初の頃はソラの姿も見え、それなりに楽しんでいるように見えたけど、いつの間にか彼の姿は消えていた。やっぱりまだ心の壁があるのだろうか。


 祝賀会が終わった後、宴は二次会、三次会へと続く。まさか基地内のレクリエーション施設にボウリング場やカラオケルーム、レストランにバーまであるとは思わなかった。他にもスポーツジムとかもあるらしい。

 日付が変わってようやく開放されると、もう自宅に戻る気力もなくなり、今夜は基地内の宿泊施設に泊まる事に……。


 何て言うか、これが夢だって言っても信じられる程に濃い一日はこうして終わったのだった。

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