第54話 魔法と科学 その2

「言ってろ。俺様が華麗にヒーローを倒す姿を指を咥えながら見ていやがれ」


 このケインの言葉を聞いたルードラはにやりと笑う。


「ほほう、言うねぇ。大した自信だ」


「ったく、この組織も碌な奴がいねぇ……」


 マーヴの不満の言葉は途切れる事を知らなかった。それから彼はヒーローを倒す為に出発する。自分の実力を最大限発揮できる場所へと――。


 事務所の電話が鳴ったのはそれから3時間後だった。昼下がりの眠気が最高に襲って来るそんな時間に、まるで目覚ましのように電話のベルが鳴り響く。

 1コールで受話器を取った所長はすぐに必要な情報をメモして俺に声をかけた。


「仕事よ!大型の怪物が暴れているって!」


「怪物?まさにヒーローモノの物語のテンプレだな」


「必要なデータは転送したから、早く行って!」


 その様子から見て、どうやらかなり事態は逼迫しているらしい。俺は急いで支度をしながら一応所長に声をかけてみる。


「ソラは?」


「今から連絡する所、大丈夫、そんなには遅れないはず」


「じゃあ取り敢えず先行してくる!急ぐように言っといて」


「気を付けてね!」


 情報を受け取って到着した場所は再開発が予定されている駅前の広場だった。かつて大型ショッピングセンターがあったその場所は、施設の閉鎖と共に建物は撤去され今は更地になっている。その1ヘクタール程の広い場所にローブ男と見慣れない化け物がいる。

 このあまりに現実離れしたその状況に俺は開いた口が塞がらなかった。


「おいおい……。マジかよ……」


「現状はまぁ見ての通りだ。後はよろしく頼む」


「あ、ああ……任してください」


 警部達は安全の為に敷地外のかなり離れた所に対策本部を建てていた。聞くところによると化物とローブ男は何もない空間から突然出現したらしい。

 この時、現場では施設跡地の再開発の打ち合わせに何人かの建築会社等のスタッフがいたらしいものの、すぐに退避して特に被害は発生していない。


 こうして施設跡を占拠したローブ男は化物を使役して残りの人払いをした後、ずっとそこに居座っていると言う。何とも厄介な話だった。


「グアォォォォォ!」


「うわあ……」


 変身した俺が施設跡に足を踏み入れると、突然その化物が空に向かって雄叫びを上げる。その迫力に俺は手に負えないものを感じて怯んでいた。この化物、体の大きさで言えば象と同じくらいの大きさだったものの、見た目がどう見てもRPGに出てくるモンスターだった。

 目つきは鋭いし、鎧は着てるし、角は生えてるしで、出て来る作品世界を間違っているとしか思えない。この化物の雄叫びで俺の存在に気付いたローブ男はやたら大きな声で俺に話しかけて来た。


「来たかヒーロー!待ちくたびれたぞ」


「お、お前、MGSか!」


 一応分かりきってはいたけど、念の為に俺は確認する。ローブ男はこの質問にふんぞり返って偉そうに自己紹介をする。


「そうとも!俺様はマーヴ!幻獣使いのマーヴだ!覚えておきな!」


「なるほど、マーヴか。分かったからどうか大人しく帰ってくれないか?お前がここにいると仕事が出来ない人がいるんだよ」


 会話が通じたと言う事で、取り敢えず俺はこのマーヴとか言う男の説得を試みる。素直に聞くとは思えないけど、ま、形式的なやつだな。

 マーヴは喋っている俺の様子をまじまじと見つめると、首を傾げながら質問して来た。


「ん?お前ひとりか?」


「いや、後から来るぞ」


 どうやらマーヴの目的は俺ではなくソラと言う事のようだ。現れたのが俺ひとりだと知ると奴はにやりと笑うと馬鹿にするように言い放つ。


「へぇ、お前ひとりでどれだけ持ちこたえられるかな?」


「馬鹿にすんなよ!俺ひとりでも十分だ!」


「やってみろ!やれるものならな!」


 マーヴはそう言い終わるやいなや早速幻獣に俺を襲わせる。奴が俺を指差したと同時に幻獣が突進して来たのだ。なるほど、これをかわせなければ俺はあいつに弾き飛ばされるって寸法か。

 面白い!俺はすぐに攻撃の構えを取り右腕に力を乗せる。今の自分に使える最大出力のこの技ならこの幻獣に対抗出来る、俺はそう確信していた。

 ちまちまと通常攻撃で体力を削る、ゲームのようなそんな駆け引きはこの相手には必要ないだろう。


「先手必勝!マックスパーンチ!」


 腕に注いだ力が自分の放てる限界まで溜まった次の瞬間、俺はその力を向かってくる幻獣にフルパワーで打ち込んだ。その力は突進してくる巨大な質量を一撃で沈黙させる事に成功する。

 ズウウン!と大きな音を立てて幻獣を倒した俺の姿を見て、マーヴは感嘆の声を上げた。


「ほお!」


「どうだ!」


「へぇ、ひょろいと思ったら結構やるじゃねーか。ゲルグ、お返しだ!」


 マーヴの一言で倒れていたゲルグと呼ばれた幻獣は起き上がる。嘘――だろ?かなりの手応えはあったはずなのに。完全に不意を突かれた俺はこの幻獣――ゲルグの突進に構えが間に合わず、簡単に空に突き飛ばされてしまう。


「ギシャアア!」


「くっ!」


 勝利の雄叫びなのか、ゲルグの咆哮が施設跡地の空に響き渡った。幸い、スーツの無敵機能のおかげでダメージはない。幻獣の攻撃が物理攻撃だけならば、このスーツが全てのダメージを受け止めてくれるだろう。だとするなら今回は今までのMGSの他の魔法使いよりか対処は楽かも知れない。

 俺が体勢を立て直そうとしているとすぐにマーヴが怒号を飛ばした。


「更に連続攻撃!」


 流石幻獣はこちらの世界のどんな動物よりも機敏に動く。俺は何度も何度もゲルグに突き飛ばされ面白いように空中を舞った。一度跳ね上げられるとその後は一度も地上に降ろさせてはくれなかった。

 完全に幻獣の玩具にされている。そう思いながらも俺は何もする事が出来なかった。


「うぐぐ……」


 20回ほど跳ね飛ばされた後はサッカーのリフティングの要領で50回は頭突きで空中に放り上げられる。ゲルグの頭には硬い角がある事からどうやら角で串刺しにしようととしているらしい。

 ところが、俺のスーツは物理攻撃を通さない。思うように行かなくてゲルグは段々不機嫌になっていった。


 その心の乱れが51回目のリフティングを失敗させる。やっと地上に落ちた俺はスーツの回復機能のおかげですぐに復活。今度こそしっかり防御の構えを取る事が出来た。


「火炎球!」


 次にマーヴが指示したのはゲルグに物理攻撃以外の攻撃をさせる事だった。ゲームのモンスター宜しく、この幻獣は炎を吐く事も出来たのだ。この攻撃を予想出来なかった俺は防御の構えをしたまま、奴の吐く火炎の餌食になってしまう。


「どうだ!丸焦げだ!」


 俺がゲルグの攻撃をまともに受けた事でマーヴは勝利を確信する。その炎が消え去った後、何事もなかったように健在している俺の姿を見たマーヴは予想が外れ、言葉を失っていた。


「何……だと?」


「この程度、自爆男の爆発に比べたら線香花火レベルだな」


 俺は肩についた煤を手で払いながら余裕の態度でマーヴを挑発する。奴は苦笑いを浮かべながら悔し紛れに一応俺を褒め称えた。


「ほう、今までに修羅場をくぐってきたのは伊達じゃないか」

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