魔法と科学

第53話 魔法と科学 その1

 前の戦闘が終わった次の日、思うところがあった俺は溜まっている書類整理にも力が入らず、頬杖をついてぼうっとしていた。


「魔法……かぁ」


「どうしたの、遠い目をしちゃって」


 呆けている俺に所長が声をかけてきた。今の自分のモヤモヤが少しでも晴れるかと俺は彼女にその理由を話す。


「いや、MGSって言うのがあるじゃないですか」


「ああ、あの魔法使い集団」


 彼女は俺の話を話半分で聞いているみたいだ。キーボードをカチャカチャと打ちながら返事をしている。話を聞いてくれるだけでもいいと思った俺はその態度については何も言わずにそのまま話を続ける事にする。


「今まで何とか撃退したりはして来たけど……」


「うん、ならいいじゃない」


「あの力は桁違い過ぎる……もっとすごい魔法使いもいるかもしれないと思うと」


 そう、魔法使いの能力の底しれなさにそこはかとない不安を俺は抱いていたのだ。大体、魔法なんて言う得体の知れないモノ、正直どう対処していいものかよく分からない。

 この俺の悩みに所長はあっけらかんと脳天気に答える。


「私のスーツだってある意味魔法の領域だよ。物理法則無視してるし」


「高度に発達した科学は魔法と区別がつかないってヤツですか?」


「そうそう、それ」


「本物の魔法はそれよりレベルがひとつ上でしたけどね」


 このスーツが魔法に完全対応だったらこんなに悩みはしない。問題は敵の魔法攻撃に対してスーツの機能がさほど効果を発揮しなかった事だ。

 敵の魔法攻撃によって俺はダメージを受けまくった。結局は回復機能のおかげで何とか立ち回れただけ――。この事実を前に所長は沈黙する。


「……」


「ローグは何とか倒せましたけど、ルードラには結局手も足も出なかったし」


「それは……」


 俺のつぶやきに対し、所長は何か言いかけたものの、そこからまた口ごもってしまう。それで俺は構わずに更に言葉を続ける。


「MGSにはもっと強い魔法使いもいるかも知れない。ルードラレベルですら下っ端かも知れないと思うと」


「だから、今はソラがいるじゃない。彼が仲間になったからには鬼に金棒だから」


 案の定と言うか、所長はここぞとばかりにソラの存在を口にする。確かにソラの存在はとても心強い。魔法使い戦においては俺よりも役に立つ事だろう。

 けれどそこにもまた問題がない訳じゃない。俺はドヤ顔で話す彼女の方に顔を向けながら話を続ける。


「ソラは普段は学校、いつだってすぐに出動出来る訳じゃない」


「うっ……」


 このツッコミに所長はまたしても言葉をつまらせた。自分が彼を学校に行かせた手前、それを今更否定する訳にも行かないだろう。確かに今のソラに足りないものを学園生活では学ぶ事も出来る気はする。そこまで俺は否定したりはしない。単に俺単体で魔法使いに対峙する自信がないと言うだけの話だ。


 ネガティブついでに俺は更にその先の不安を口にする。


「それにMGSにだってソラレベルか、それ以上の魔法使いがいるかも知れない」


「何?今回やけにネガティブじゃないの?大丈夫?」


「俺には力が足りない……そう思っただけですよ」


 自分の心に溜まったものを全部吐き出した俺は口直しにカップに残ったコーヒーを口に含む。すっかり冷たくなったコーヒーは喉の奥にサラッと勢い良く流し込まれていった。


「まぁまぁ、スーツの潜在能力はまだまだこんなものじゃないんですからね」


「それは分かってますよ」


 少し諦め気味に話す俺を見て、所長は不思議な顔をする。


「あれ?もう武器の催促はしないの?いつもだったら……」


「催促したら作ってくれるんですか?それならしますけど」


 その所長の言葉に俺は少し皮肉めいた返しをする。すると彼女は焦ったように言い訳を始めた。


「い、いやあ、ほら、私って言われるとしたくなくなる性分だから」


「なら何も言いませんから頑張ってください」


「が、頑張ってるんだからね!こう見えて私だって!」


 必死に弁明する所長を見た俺は何も進展していないなと実感してまたひとつため息を漏らすのだった。


「はぁ……」


 この俺の態度を見た所長はそれ以降何も俺に話を振って来なかった。やる気のない俺に愛想を尽かしたのかも知れない。もう一度コーヒーをひとくち喉の奥に流し込んで、俺は残りの書類を片付けようと視線を机の上の書類に戻した。


 所変わって舞台はMGS本部に移る。

 MGSの本部は巨大な洞窟を加工して作ったものだ。かつて迫害から逃げ延びた魔法使い達がこの場所に住み着いたのが始まりとされている。最初は簡単な部屋をくらいしかなかったこの洞窟も今ではすっかり悪の秘密基地のようになっており、数々の施設に最新の設備が整っていた。


 そのMGSの会議室で幹部達が会議中、ひとりの構成員が彼らを前に気炎を上げていた。


「ふへへ、みんな情けねーな」


「マーヴ、君ならば奴を倒せると?」


 幹部のひとりがその構成員に声をかける。どうやら血気盛んなこの構成員の名はマーヴと言うらしい。MGS所属の魔法使いらしく彼もまた思わせぶりなローブを纏っている。その色は灰色だ。身長は190cmとかなりの長身でMGSの中でも目立つ存在だった。


 幹部に指摘されたマーヴはふんぞり返ってその質問に答える。


「あったりめーだろ?俺様は他の魔法使い共とは違うんだ」


「だが、奴らには最近新しい仲間が加わった、あの青いヒーローはかなりの強敵だぞ」


 幹部のひとりがマーヴに忠告する。ソラの事はMGS内でもかなりの話題になっているようだった。この指摘に対しても彼はその尊大な態度を崩さない。

 どうやら彼は自分の実力に絶対の自信を持っているようだ。


「ふん、雑魚が一匹増えただけじゃねーか。俺様の幻獣の敵じゃねぇ!」


「ならばマーヴ、次は君に仕事をしてもらおう」


「ああ、いいぜ。そこでゆっくり見物してな!」


 こうしてMGSの次の対ヒーローの刺客にマーヴが選ばれた。意気揚々と会議室を出る彼の後ろ姿を見ながら幹部のひとりが今回の決定を下したボスに声をかける。


「ボス、彼ひとりで大丈夫でしょうか?」


「ふっ、あれ程の大口を叩いたんです。お手並み拝見と行きましょう」


 会議室を出たマーヴは組織内で自分の実力がいまいち認められていない事に対してぶつくさと独り言をつぶやきながら廊下を歩いていく。


「ったく、どいつもこいつも俺様を過小評価しやがって。MGSでも幻獣を手懐けられたのは俺様しかいないってのに。もっと評価しやがれってんだ」


 不満タラタラで歩いているマーヴに同僚がすれ違う。それは以前ヒーローと戦った魔法使いだった。


「おーおー、マーヴさん、ご機嫌斜めだねぇ」


「うっせえルードラ!お前も逃げ帰ったクチだろうが!」


 どうやらマーヴとルードラはあまり仲が良いとは言えないみたいだ。ヒーローと戦いながら倒しきれなかったルードラをマーヴは侮辱する。

 その態度から次にヒーローを倒しに向かうのがマーヴだと嗅ぎ取ったルードラは皮肉たっぷりに言葉を返した。


「お、今度はお前が行くのかよ。せいぜいヒーローさんに可愛がってもらいな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る