第55話 魔法と科学 その3
「生憎まだ死ぬつもりはないんでね。まずは君を確保させてもらおうかな?」
この勝負に勝ち目の見えた俺は早速マーヴを確保しようと駆け出した。距離を詰めれば幻獣も迂闊に攻撃させられないはずだ。
「本気を出したゲルグがお前ごときに倒せると思うか?豪炎で薙ぎ払え!」
俺が動いたと同時にマーヴの指示が飛ぶ。ゲルグはさっきより強力な火炎を俺に向かって吐き出した。
しかしその攻撃は耐えられないレベルのものじゃない。俺は素早く移動して幻獣の火炎の攻撃範囲から離脱する。
「俺のスーツは耐久力だけはチートなんだよ!」
「なっ!」
ゲルグの火炎攻撃が全く効かない事にマーヴは動揺している。ならばと俺は攻撃対象をこの幻獣に変え、まずこいつを倒す事でヤツの精神を折る事にした。
「パワーだって鍛えれば鍛えるほど応えてくれるんだっ!スーパークライマックスパンチ!」
素早く火炎の届かない死角に回り込んだ俺は渾身の一撃をゲルグに打ち込む。その攻撃が完全にヒットして今度こそ幻獣は倒れた。自慢の幻獣が倒された事でマーヴは当然のように狼狽える。
「へ、へぇ……流石だな……」
「幻獣使いって事は本人に戦闘力はないって事かな?」
ひとりになった奴に向かって俺は余裕の表情で一歩踏み出した。これならソラの力を借りずに事件を解決出来る。俺がそう確信したその時、マーヴは不気味な笑い声をひとしきり上げると静かに喋り始めた。
「ふん、いい気になるなよ?俺様の手駒がゲルグ1体だけだと思ったら大間違いだ」
「何?」
「来い!俺様軍団!」
マーヴがそう言って空に向かって手をかざすと、空中から幾つもの魔法円が開き、そこから何体もの幻獣が召喚される。召喚された幻獣は獣タイプから魔人タイプ、スライムタイプに背中に大きな翼を持つドラゴンのような姿のものまでいた。
なるほど、流石幻獣使いの名は伊達じゃない。俺はこの悪夢のような状況に言葉を失う。
「う、嘘だろ?」
「フハハハ!見たか!俺様は一度に10体の幻獣を思いのままに使役出来るんだよ!」
「なんて厄介な……」
一匹でも手こずったのが一気に10体も現れて俺は気が動転する。何処かに逃げて一対一に持ち込めたなら勝機はあるのかも知れないけれど、施設跡は障害物が何ひとつないただの更地、状況的にかなり不利だった。
これでもし一気に攻撃されたら――。俺にとって最悪と言う事は敵にとって最善だと言う事。
マーヴはすぐに幻獣に指示を飛ばし、俺の周りを取り囲ませるとドヤ顔で叫ぶ。
「もうお前に勝ち目はないぞ。行け!一斉攻撃!爆炎瀑布!」
俺の周りを取り囲んだ幻獣が俺に向かって一斉に火炎攻撃を開始する。一匹だと耐えきれたこの火炎攻撃も10体から一斉に攻撃されるとかなり厳しい。
それに攻撃は火炎ばかりでなくスライム系は溶解液、魔人系は電撃を繰り出していた。複合攻撃ではこのスーツでもどこまで耐えられるか分からない。
まさにスーツの耐久試験状態となってしまい、俺は為す術もなくいたぶられ続けてしまった。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
「……ったく、またこのパターン?いい加減テンプレで飽きられますよ?」
幻獣達の集中攻撃から俺を守ってくれたのはまたしてもソラだった。彼の作り出した防御結界が幻獣達の攻撃を完全に遮断する。
そう言えばソラが参戦する時の戦闘パターンはみんな同じ状況だ。呆れた彼の言葉が今は胸に痛い。出来るだけ早く俺も力を身に付けねば。
どうやらソラの登場を待っていたのは俺だけじゃなかったようで、向こう側にいる偉そうな幻獣使いもまた威勢のいい声を上げていた。
「む!来たな2人目!」
「ソラ、助かった」
「たまには先輩らしく俺にすごいところを見せてくださいよ」
実力に差はあってもソラはちゃんと俺を先輩と認めてくれているらしい、皮肉かも知れないけれど。俺は彼の作った結界の中で体勢を立て直した。
「い、今からそれを見せるところだったんだよ!」
「はいはい、強がりはいいですから!」
「ほ、本当だっての!」
簡単に心の中を見透かされて俺は恥ずかしくなってしまった。やっぱり口先だけじゃ駄目だ。しっかり実力を見せないと。
俺とソラがそんな会話を続けていると、この様子を見ていたマーヴが顔を下に向けて体を震わしながら不服そうに喋り始める。
「お、お前らぁ……」
「ん?」
奴の何かを溜め込んでいる風な言葉に俺は反応する。一体どうしたって言うんだ?詳細は分からないけれど、これは何かヤバい事の前触れのような気がする。知らない間にご機嫌を損ねるような事をしたのかも知れない。
俺がマーヴの態度をどう解釈していいか悩んでいると、堪忍袋の緒が切れたのか奴は急に叫び出した。
「俺様を無視してんじゃねぇぇ!行けぇ!奴らを踏み潰せっ!」
マーヴの叫び声と共に俺達の周りを取り囲んでいた幻獣が一斉に突進を始める。ヤバい。さっきと同じ事が起こる!それも10体総出だ。1体の突進でもとんでもなかったのにそれの10倍とか……俺はすぐに恐怖を覚えソラに声をかける。
「来たぞ!逃げ……」
「この程度なら逃げる必要なんてないですよ」
「え……?」
この緊迫感の中で彼はあまりにも超然としていた。確かにソラの作った結界は強力だ。
けれど10体もの大型の幻獣が一気に迫って来たら耐えられるのかどうか――。考えてみればこの結界は物理的な攻撃の耐久性に対してはそこまでの強度は示していなかったはずだ。分かっていてそんな態度を彼が取るとも思えない。一体どう言う……。
俺達がその場から動かない状況を見たマーヴはまるで勝利を確信したかのように高笑いをする。
「フハハハ!逃げないとはいい度胸だ!そのまま潰されてしまええ!」
「次元壁!」
マーヴの指示で幻獣達が今にも結界を突き破ろうとしたその次の瞬間、ソラは更に結界の強度を上げる。それは今展開している結界を強くするのではなく、今の結界の外側に新しい壁を作ったと言うのが正しいようだ。
その壁は絶対防御的な何物をも通さない文字通りの次元の壁であり、マーヴの指揮する有象無象の幻獣達の渾身の突進ですら全く破壊の出来ないものだった。
絶対破壊出来ない壁に力の限りぶつかるとどう言う結果になるか。答えは簡単、自滅するのみ。こうして10体の幻獣全てがソラの作り出した次元壁の餌食となった。
「あっ……」
「わざわざ自分から突っ込んで来ているんですよ? それを利用しないでどうするんですか。これが漁夫の利ってやつです」
10体の中で唯一残った軟体タイプのスライム幻獣が結界にへばりつく。ソラはそいつに向かって衝撃波の連続攻撃をぶちかまし、一瞬で倒してしまった。
この散々な結果の一部始終を目にしたマーヴは信じられないと言った顔で呆然と立ち尽くす。
「そ、そんな馬鹿な……俺様の幻獣達が……」
「で、まだやる?」
形勢逆転、ソラは不敵に笑うと幻獣を全て失った奴を挑発する。
「と、当然だ、俺様が呼べるのはパワータイプばかりではないぞ!来い!雷撃兵!」
自慢の手駒を失い意気消沈するマーヴだったが、まだ幻獣を呼べるようだ。次に奴が召喚したのが武装した幻獣だった。
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