第44話 美しい夜 その2
そう言えば、ソラはあの組織から逃げて来たんだった。
しかしスーツ男の組織が動き始めたとするならば、それはそれでかなりヤバイ。スーツの事を知り尽くした組織の事だ、きっと弱点か何を突いてくるはず。
今まではスーツの無敵機能が戦闘に有利に働いて来たけれど、今度ばかりはそうは行かない。無策で飛び込むには余りに分が悪い相手だ。
「その推理が正しければ、ついに大物が動き始めた……って事か。所長!早く武器を!そろそろ完成しているんでしょう?」
「え?」
「何とぼけてるんですか!敵のヒーロースーツに対抗するには武器が必要なんですって!今のままじゃ手も足も……」
俺は所長に頼んでいた武器の催促をする。敵のスーツ男に対抗するにはそれしかないと思ったからだ。今までのような接近攻撃は間違いなく敵の方が技能は上。別の攻撃手段を持たなければ負けは確実に見えている。焦る俺を前に所長の目は泳ぎまくっていた。
「大丈夫よ!」
「何が……」
「大丈夫よ!」
大丈夫を連呼する彼女の態度を見た俺はその意味を理解して落胆する。薄々そうじゃないかとは感じてはいたけれど……。
「はぁ……つまり、まだ武器は出来ていないんですね」
この俺の確認の言葉に所長は何も答えない。この沈黙が答えって事でいいのだろう。それでもやっぱり釈然としない俺はつい声を荒げていた。
「……何とか言ってくださいよ!じゃあせめて今のスーツの機能強化をですね」
俺が必死で訴えていると、その言葉を遮るように所長が口を開く。
「私のスーツを信じて!」
「全く、じゃあ今は何を研究しているんですか」
「い、今は、2号スーツの改良調整とかを……」
俺の武器の開発をほったらかして所長が何をしていたのかと思えば、まだ着用者も見つかっていない2号スーツの方をいじっていたらしい。この言葉を聞いた俺は行き場のない感情を爆発させる。
「現役で活動しているスーツの方にも力を入れてください!」
「わ、分かってるわよ!」
所長は逆ギレ気味にそう言うと、俺の腕輪を力任せにぶんどって何か細工を始める。その作業は4時間近くを要していた。そんな短時間では大掛かりな事が出来るはずもなく、作業完了後、彼女はすぐに腕輪を俺に返して何をしたかの説明をする。
「これで一応ジャミング対策は最新のものにしたから。もう連絡出来ないって事はないはず」
「前の接触時には全く感知出来ていなかったですもんね」
所長の説明を聞いた俺は軽く皮肉を口にした。この言葉を聞いた彼女は顔を膨らませて言葉を返す。
「だからしっかり調整したんだってば!」
時間を確認すると、今から出発して待ち合わせ時間ギリギリと言ったところだった。俺はすぐに支度して所長に声をかける。
「じゃあ、行ってきます」
「スーツの力を信じて。きっと守ってくれる」
出かける俺を前に彼女はそう言って見送ってくれた。心配そうな顔をする所長の顔を見て少しは安心させようと俺は笑って返事を返す。
「信じてなかったら今頃敵前逃亡してますって」
「分かった。全力でサポートするから!」
所長の声を背中に受けて俺は事務所を後にした。目的のビルまでは電車を乗り継いでナビを使って何とか指定の20時に間に合うように辿り着く事が出来た。
考えてみれば、事務所を出る前に一応警部に連絡くらい入れて来た方が良かったと思ったものの、思いつくのが遅すぎて後の祭りになってしまった。
そのビルの屋上はヘリポートになっており、ちょうど男がヘリから降りたところと鉢合わせになった。やはりそうだ。それは前に駐車場で会った男だ。名前は確か――キウ――と名乗っていたんだったかな?
「よく来ましたねえ。そこは感心しますよ」
「そりゃ勿論、俺は正義のヒーローだからな!」
全くこの対決に自信はなかったものの、俺は虚勢を張って答える。するとキウは俺の言葉を無視してこの街の夜景について語り始めた。
「見てください、この美しい夜を!この幻想的な景観を前にあなたと語らう事が出来るなんて本当に素晴らしい!」
「な、何を……」
呼び出しメールには場所と日時しか書かれていなかった。つまり俺は呼び出された理由を――予想はつくけど――何も知らない。なのでただただこの異常な状況に対して身構える事しか出来なかった。
緊張する俺の姿を見た奴は、悪役らしくいやらしく笑みを浮かべながら口を開く。
「あなたをここに呼んだのは他でもない、実力差を知ってもらう為です。別にあなたを消そうとか、そんな無粋な事は考えていませんからどうか御安心を」
「流石に見た目通り紳士的だな。有り難い」
「勝ち目がないと分かったら、潔くそちらに預けたものを返して頂きたいのです」
最初は穏便に話を進めるものかと思ったら、すぐに本音を吐き出して来やがった。やっぱりこいつの目的はソラの奪還か。そりゃそうだろうな。
俺はゴクリと唾を飲み込んで慎重に言葉を選ぶ。
「それは……ソラの事か?」
「はい、彼は貴重な成功例なのです。彼を失う事は私達にとっても大き過ぎる損失ですので」
意外とあっさり白状したので、俺はもう少し探りを入れてみる事にする。もしかしたら組織の事をもっと聞き出せるかも知れない。
「お前ら……ソラに何をさせるつもりだ?」
この質問をした後、キウの顔を見ると奴は草食動物を見定める肉食動物のような挑発的な顔をして余裕たっぷりにつぶやいた。
「ふふ、悪の組織にそれを聞きますか?」
「ヒーローがそれを見過ごすとでも?」
奴の挑発に俺も軽口で応戦する。向こうは余裕だろうけど、こっちは緊張で喉がもうカラカラだった。現時点で既にストレスがヤバイ。戦闘を繰り広げるよりこう言った腹の探り合いが一番消耗する気がする。はっきり言って苦手だ。
向こうがそうでもなさそうなのは、自信がある故の余裕の差、なのだろう。
「だからこそ実力差を知ってもらわねばならないのです。主義主張など強大な力の前には全くの無力!」
「さっきからずっと俺が負ける体で話を進めているが、果たしてそう上手く行くかな?」
奴に俺の緊張が伝わっているかどうかは分からない。ただ、心情的にはポーカーフェイスを決めているつもりだ。弱気でいたらそこを突かれる事は間違いない。どうか上手く騙せている事を願うばかりだ。
俺の軽口を前にキウはその態度の理由を尋ねる。
「以前の駐車場で私の実力を身を持って実感したと思いましたが……さてはあれから何か新しい装備でも?」
「そんなものは、ない!だが、俺自身がグレードアップしたんだっ!」
戦う前から負けの雰囲気に飲まれたらその通りの結果が待っている。俺は自分に暗示をかけるように強い言葉を使った。
「ふ……それが私に通じるかどうか、試してみるといいですよ」
「ああ、最初からそのつもりだっ!必殺!パーフェクトストーム!」
俺は素早く変身すると最初から100%の本気で以前から考えていた技を放った。これは以前の風使いとの戦いから編み出した同じような効果を出せる技だ。
ほぼぶっつけ本番だったものの、力を纏った腕は周囲の空気の層を掴み、それを高速回転させる事によって、想定通りの突風の層を作る事に成功していた。
巻き上がった急造の嵐はキウに向かってまっすぐ飛んで行く。
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