第45話 美しい夜 その3

 この嵐の威力は直撃すればとんでもない破壊力を生み出すはず。上手くすれば一撃で倒せるだろうと俺は読んでいた。


「ほほう」


 俺の渾身の一撃をキウは眉ひとつ動かさずに払い手ひとつで簡単に消しやがった。


「くっ!」


 パーフェクトストームだって技として使えるようになるまでには結構苦労したって言うのに、その俺の努力も奴にとっては蝿以下かよ。レベル違いすぎだろ……。

 茫然自失の俺を見下すようにキウは落胆した顔で俺を挑発する。


「基礎から学んでいます?格闘術」


「舐めんなあっ!」


 この言葉に切れた俺はただがむしゃらに奴に向かって拳を振るう。そこにはスマートさもエレガンスさも流れるような動きもなく、ただただ感情任せの雑な格闘術とも呼べない代物――強いて言えば子供の喧嘩を実践していた。

 そんな稚拙な攻撃が百戦錬磨のキウに通じるはずもなく、全ての攻撃は笑ってしまう程呆気なく最低限の動きで避けられていく。


「ダメですよ、スーツが着られる程度で満足してちゃ」


「なろっ!」


 パンチが駄目ならキックだと、素人拳法の真似事で蹴りを放つものの、それが通用するはずもない。その蹴りもまた豪快な空振りに終わる。

 まるで格闘術の教官のように俺の動きを奴は評価した。


「スーツの着こなし自体はマシになって来ていますがねぇ……」


「どうして……当たらない……っ!」


 無茶苦茶に手足を動かしても無意味に消耗するだけだ。それが分かっているのに、それ以上の事が出来ない自分を恨んだ。スーツの特徴は無敵の防御能力。最初から攻撃には向いていないんだ。だからこんな時の為に武器が必要だったのに。

 余りに俺が無様な攻撃を繰り出すので、それを憐れんだキウは仕方ないという風なジェスチャーをしながら口を開く。


「折角ですから、ここでこのスーツの使い方をレクチャーして差し上げましょう。物は違っても基本理論は同じものですから」


 奴はそう言うと一瞬で俺の視界から姿を消した。スーツによって俺の動体視力もいくらかはパワーアップしているはずなのに、それで全く捉えられないなんて……。すぐに俺はヤツの姿を捉えようと周囲の確認をする。

 しかし次に奴の存在を感じたのは視覚でも聴覚でもなく激しい痛みだった。


「ぐああああっ!」


 気が付くと俺は奴の一撃を顎に受けていた。強力なただのアッパーを受けて俺の体はいとも簡単に宙に浮く。同じスーツ同士なら無敵機能が無効化されるのか、スーツを着ていてここまで激しい打撃の痛みを受けたのは今回が初めてだった。落下時に強く屋上の床に打ち付けられて俺はしばらく動けなかった。

 寝転がっている俺を見下ろしながら、キウは俺に向かってまるで教官が部下に教えるようにレクチャーする。


「分かりますか?要は力の入れ具合と気の乗せ具合です」


「気……だと?」


 このスーツに人間の持つ生体エネルギーを効率よく実際の力に変換する能力がある事は以前から所長に聞いて知っていた。奴も言いたい事は同じなんだろう。ただし、どうやってその気を活用すればいいかは今まで教わった事がないし、教えてくれる人もいなかった。自己流を繰り返した結果がこれだよ……。

 原理が分かった時点で、気の達人とかを頑張って探して指導を受けた方が良かったのかな――もう何もかも手遅れだけど。


「やはりあなたはもっと基礎を学んだ方がいい。折角のスーツがこれでは宝の持ち腐れです」


「気力だけなら……負けはしないっ!」


 俺は完全に回復しきっていないながらも無理矢理に起き上がった。気の力は使いこなせなくても、気合と根性なら標準装備だ!そんな俺の姿を見たキウはこれだから素人はって言う風な、明らかに呆れたジェスチャーをすると言葉を続ける。


「だから言っているでしょう。素人の思いつきでは決して辿り着けない領域があるんです……よっ!」


 奴はそう言い切るとまだ満足に構えの取れてない俺に連続で殴りかかって来た。やはりその動きは目で追う事すら出来ない。ただ、攻撃が来る事だけは分かっていたのですぐに防御の構えをして不意の攻撃に備えた。


「ぐふう!」


 しっかり防御をしていたはずなのに俺の構えた両腕の間を縫って針のように奴の拳が俺の体を貫く。その次の瞬間、耐え切れない程の衝撃がスーツ越しに俺の身体を蹂躙し、そのまま俺は何も出来ずにふっとばされた。

 今までスーツの無敵機能に頼っていた分、俺は防御についても素人同然だったのを改めて実感する。受けたダメージが大き過ぎて満足に体の動かせない俺を見たキウは満足げな顔をして口を開く。


「力の差が分かりましたか?私も別にあなたを消したい訳じゃない。消すにすら値しませんからね。ただ返してもらいたいだけなんですよ、彼を」


「か、返さない、と、言ったら?」


 スーツの回復機能をフル作動させて俺はすぐに立ち上がる。強がりではあったけど、奴に言われっぱなしは気分が悪い。

 けれどこの俺の挑発もただの虚勢だと見抜かれている。奴はニヤリと冷たく笑うと意味ありげに返事を返す。


「本当にその先を聞きたいのですか?」


「理論は同じでもスーツ自体は別物、一緒にされちゃ困るんでね」


 この雰囲気に飲まれては駄目だと俺は精一杯の強がりを返す。

 しかし、そんなハリボテの言葉がキウに通じるはずもなく、逆に俺が挑発され返されてしまった。


「それで?あなたが私を倒せるとでも?何を語ろうが実力で証明出来ない以上、それはただの戯言です」


「確かにあんたは強い、今のままじゃとても敵わないよ。でもだからってコケにされたままでは終われない!」


「やれやれ、学習しないのは馬鹿と言うんですよ」


 俺の悪あがきにキウは呆れているようだ。奴が本気を出せばこの決着はきっと呆気なく着くのだろう。

 でもそれをしないって事は、きっと奴にも油断があるって事には違いない。この戦いにまだ勝機があるとするのなら、もうその油断を突くしかなかった。


「知ってるか?バカって言うのはしつこいんだぜ?」


 俺はもう破れかぶれでヤツに襲いかかる。口で勝てなくても、技で勝てなくても、今出来る事を命懸けで遂行するしかない。何十発、いや、何百発、いや、何千発――とにかく力の限り打ち込んで、その中のせめて一発でも奴の身体を穿けば……。



 その頃、部活やら放課後の友達同士のカラオケやらを終えて事務所にソラが立ち寄っていた。何か嫌な予感を感じてやって来たらしい。

 事務所に入ると俺がいなかったので、すぐにその理由を所長に尋ね、彼女もまたソラに事情を何もかも話していた。


「え、あいつと戦ってる?」


 この話を聞いて、見るからに動揺している彼を見た所長は精一杯の笑顔を見せて、なだめるように言葉を返す。


「でも大丈夫、心配しないで、私がずっとサポートしているから」


 しかしそんな言葉で彼を落ち着かせる事は出来なかった。何故なら敵組織について一番詳しいのもまたソラだったからだ。


「ユキオはあいつに勝てはしない……分かっていてそんな事を!」


「それは確定された未来ではないわ!彼なら……」


 激高する彼に所長は相変わらず俺が勝つ未来を口走る。そんな彼女の態度に苛立ったのか、ソラは所長に詰め寄って口を開いた。


「居場所を教えてくれ!」

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