美しい夜

第43話 美しい夜 その1

「で、所長はソラを戦力のひとりに数えるんですか?」


「まぁ、役に立ったしね」


 俺は事務所で書類整理をしながら所長と雑談をしていた。それは彼女の考えを確認すると言う意味もあった。どうやら所長はソラにこの探偵業の仕事をさせようとしているらしい。確かに彼の力はこれからの危険な仕事に役に立ちそうだ。勿論、ソラが俺達の言う事を聞いてくれたら、と言う話だけど。

 俺はその点について所長に質問する。


「彼は今後も言う事を聞いてくれるのかな?」


「そこは信頼関係次第でしょ。どう?仲良く出来そう?」


「ちょっと年齢差が……。共通の趣味でもあればいいんだけど」


「まぁそうだよね」


 所長に話を振られた俺はうまく答えられなかった。考えてみれば俺は彼の事をほぼ何も知らない。これからソラと交流する中で、うまく打ち解けられそうなそんなきっかけが見つかるといいんだけど……。

 そんな事を考えていると所長が俺の方に話を振って来た。


「……ところで、徳田君の趣味って……」


「えっ、えっと……て、鉄道とか?」


 突然質問された俺は焦ってしまう。どの言葉が正解なのか迷うものの、思いついた中で一番無難そうなものをセレクトしてそれを口にした。この答えを聞いた所長は露骨に微妙な表情になって反応する。


「えっ、嘘、あなた鉄ヲタなの?ちょっとそれは……」


「や、ちょ、乗る方ですよ!迷惑なのは撮り鉄!俺は人畜無害!」


 ある意味お約束通りの展開だった。鉄道が趣味と言うと普通の人が一番最初に思い浮かぶのが撮り鉄だろう。駅のホームや線路沿いで列車をどれだけ自分の理想通りに写真に収めるかに命を懸け、法律よりも自分の欲を優先する厄介な集団。あんなのと一緒にされちゃ敵わない。

 俺は必死に奴らとは違うと言う事を説明する。すると彼女はそもそもその言葉自体を信用していない事を告げる。


「今まで鉄道の話なんて聞いた事もなかったけど」


「そりゃそうですよ。話すチャンスもなかったし、最近は全然乗ってないし」


 今までプライベートな事を全く聞きもしなかった癖に、いざ話すとそれを信用しないなんてどう言う扱いだよ。俺は少し機嫌を悪くしてぶっきらぼうに所長にその理由を説明した。

 この言葉に少しは気持ちが伝わったのか、彼女は俺の趣味に少し興味を持った風な言葉を返す。


「全国乗って回ったの?」


「いや、予算と時間の許す範囲でしたね」


「青春18切符とかあるじゃない」


「途中下車が好きなんですよ。そう言う意味じゃあ旅が趣味なのかも」


 うん、自分の趣味をこれで言い切ったぞ。改めて口にすると新たな発見もあったな。鉄道が趣味って言うか旅が好きだったんだ。ああ、またマイナーな路線の電車に乗ってどこか知らない場所に行ってみたいなぁ。

 それはそれとして、これで所長も俺の趣味に興味を持ってくれたのかなと思ったら彼女はもう鉄道の話はいいと言わんばかりに話を切り替える。


「ふうん。趣味はそれだけ?」


「ゲームとか映画も観ますよ。でも趣味と呼べる程でもないかも」


「音楽の趣味は?」


 鉄道以外の趣味も聞かれて、段々インタビューを受けているような気分になって来た。きっとこれは彼女なりにソラとの共通点を探ってくれているのだろう。

 つまり所長は彼の趣味を知ってるんだ。この質問の先の何処かで何か共通点が見つかればいいんだけど。えぇと、音楽の趣味はっと――。


「うーん、落ち着いた曲が好きかなあ。あ、最近の流行りには疎いです」


「ほほう、ソラに合いそうにないね」


 やはり所長はソラの趣味を聞き出している。そう判断した俺は逆に彼女に質問する。知っているなら答えられるだろう。


「彼、将棋とかは?」


「色々話してみたんだけど、聞き出せた趣味は瞑想、かな」


 所長の口から語られたソラの趣味は予想に反して意外なものだった。この言葉を聞いた俺は思わず聞き返してしまう。


「え……?じゃあ、瞑想で話を広げろと?」


「無理だよね」


 俺の反応は想定内だったらしく、所長も苦笑いで返事を返していた。


「瞑想が趣味の高校生って……」


「いや、多分それは単に私がしっかり聞き出せてないだけ。だから本当はアイドルが好きなのかもだよ」


 俺が半ば呆れていると、所長が言い訳のように言葉を続ける。ここでふと気になった俺は彼女にも同じ質問をしてみた。


「ちなみに所長の趣味は?」


「私の趣味は研究。言わせないでよ恥ずかしい」


「……」


 このどう考えても誤魔化しているようにしか聞こえないその答えに俺は沈黙と言う返事を返す。仕方がないので趣味の話は置いといて、彼の現在について話題を広げる事にした。


「えっと、ソラは今も学校に通ってるんですよね」


「そうね。今のところ何の問題もなく通っているみたい。学力もほぼ平均で……、ただこれが実力なのか狙ってその学力なのかは分からないけど」


 流石科学者らしく、所長は現状を冷静に分析していた。わざと目立たないように生活する、それはスパイなら出来て当然の技能でもあった。

 これが計算で行った結果なのだとしたら、わざわざこちら側からアプローチする必要もないのかも知れない。そう思った俺は口を開く。


「あいつが周りと合わせられるなら俺とも合わせてくれるんじゃないかな?」


「その方がいいと彼が判断してくれたならね」


 結局、そうしてくれるかどうかはソラの機嫌次第と言う事で話はまた振り出しに戻ってしまう。どうしたもんかと腕を組んで考えていると、所長のPCにまたもや差出人不明の謎のメールが届いた。


「ん?」


「またメールですか?」


「そう、件名もなし、嫌な予感がする……」


 こんなマイナーな探偵事務所に怪しげなメールを送るとすれば、その差出人はもう大体の察しはついていた。液晶モニタを見ながら所長は独り言のように口を開く。


「以前の件の事例から考えて、今回もまた敵からの挑戦でしょうね」


「断言するのはまだ早いと思うけど……」


 俺が慎重に言葉を選んでいると、所長は躊躇する事なくそのメールを開いた。そこには待ち合わせ場所と日時と条件が書かれている。場所はとあるビルの屋上、時間は今日の20時。そして条件は俺ひとりで来る事、だった。

 文末にはイニシャルなのかアルファベット2文字が添えられている。


「うーん、文面は似ているけど、今回の敵は前回の組織とは違うみたい」


「文末のSRって言うのがヒントなのかな?」


「わざと書いているって言うのはそう言う事でしょう」


「で、どう解釈すれば?」


 SRの2文字について所長は考えを巡らせている。俺も何かの役に立てないか一緒に考えていた。今はまだ15時を回ったところ、時間はたっぷりあった。


「日時と場所の指定はしてあるし文面も紳士的、そこから考えられるのは……」


「組織名とか?そんな単純な話じゃないか……」


「いや、そうかも。SR……セルレイス?」


 セルレイス!その組織名には聞き覚えがあった。以前休日に襲って来た失礼な奴の所属している組織の名前だ。俺は気が付いた瞬間大きな声を出していた。


「あのヒーロースーツの!」


「そしてソラを実験に使っていた組織!」


 俺の言葉に同調するように所長も大声を上げる。

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