第40話 新しい協力者 その3

 俺に避けられた後、そのまま走り抜いて壁を破壊して止まった獣人は体に降ってくる瓦礫を払いながら声を荒げる。


「俺はゲルスのメメラだ!バカにしていると痛い目を見るぞ!」


「オーケーメメラ。バカにしてはいないさ、行動を冷静に判断したまでだよ」


 この獣人はメメラと言うらしい。見たところ身長は2mくらいだろうか。流石にかなり大柄だ。全体的に赤みがかかった色をしていて、所々に黄緑のラインが入っている。そして何故だか尻尾は蛍光色だった。奴の攻撃は獣人らしく物理攻撃一色のようだ。分かり易くていい。


 俺がメメラをからかっていると、急に謎の気体がマスク越しに侵入して来て視界を奪われて気分が悪くなる。その影響を受けてまともに立っていられなくなった俺は肩膝を突いた。


「うっ……」


「そろそろ毒が効いて来たかい?」


 どうやらこの攻撃は3人組最後の悪党の仕業らしい。俺が弱っていると判断してようやく目の前に姿を現したようだ。怪人や獣人と違って見た目が普通の人間のこいつは直接攻撃や攻撃に対する耐性が普通の人間とさほど変わらないのだろう。自分が有利な状況にでもならない限り、こうして表に姿を表さないに違いない。

 それは生き延びる為には至極まっとうな判断でもあった。俺は肩で息をしながらヤツに名前を問う。


「き、君は……?」


「僕かい?僕はモルドのケインだ。地獄で僕に殺された事を自慢するといい」


 成る程、こいつの名前はケインか、案外普通だな。モルドは前回も戦った組織だけど確かバイオテロ専門のテロ組織だったはず。身長は175cmくらいか。


 それにしても戦略的に目立つ必要もないのにやたらと派手なピンクのスーツを着ているのはどう言う事だ?それはきっとヤツなりの美学がファッションセンスにも現れているって言う事なのだろう。ま、そんな事は今はどうでもいい。


 俺が弱ったところでこれ以上登場人物は増えなかったから、敵はやはりこの3人しかいないようだ。腕輪を操作すればすぐにこの程度の毒は中和出来るものの、もう少し情報を引き出そうと俺は毒がすごく効いている振りを続ける。


「た、確かにこの複合攻撃は"くる"な……」


「ヤツに回復の隙を与えるな!」


「オオオオッ!」


 俺が弱っていると判断された途端、敵の攻撃は本格的なものに変わった。どうやらもう簡単には情報は引き出せそうにはないみたいだ。本格的にやばくなってしまう前にここはひとつ、こっちも態勢を立て直さないと――。

 とっさに腕輪を操作して毒を中和した俺はスーツが引き出せる最大のスピードでその場を離脱する。次の瞬間、自爆したメメラの攻撃で床に大きな穴が空いた。


「これは……ちょっとヤバいわね……」


 俺の戦いを事務所でモニターしていた所長がつぶやく。そうして苦戦する俺宛に逆境を乗り切る有り難い助言を与えてくれた。


「深追いはしないで!出来るだけ個別撃破を目指すの」


「知ってますよ!そんな対多人数攻撃のセオリーは!ただ、中々そう言う状況にさせてくれないだけ……うぐっ!」


 所長のその当然過ぎる言葉は逆に俺を苛つかせてくれた。そしてその隙を突かれてゾーイの音波攻撃が俺の体を超振動で揺さぶる。スーツの防御機能で大幅に緩和しているものの、直接的な物理攻撃ではないために心身にかなりのダメージを負ってしまう。


「無敵のヒーローさんも連携攻撃には弱かったみたいだな」


「お、お前達が手を組むなんて想定してなかったからな……」


 勝ち誇ったように喋るゾーイに俺は負け惜しみを言った。メメラの物理攻撃にゾーイの音波攻撃、周囲には常にケインの謎の毒。これは思った以上に厄介だ。周囲に蔓延する毒のせいで傷の回復が遅い。モルドの毒もまた俺との戦いで得たデータをフィードバックさせて更に悪質なものに変わっていた。

 ゾーイは俺が弱っている事を確信してさらに追い打ちをかけるように口を開く。


「想定しない事が次々に起こるのが現実ってクソゲーですよ」


「俺の次の一撃でとどめにしてやる!」


 弱っている俺の姿を見て興奮したメメラが突進して来る。くっ!確かにダメージは大きいとは言え、まだ単純な攻撃を避けるくらいの力は残っているぞ。

 多少よろめきながらも臨戦態勢を取った俺の姿を見てその余力を見越したゾーイがメメラに忠告する。


「待てメメラ!もっと弱らせてからだ!」


「慎重過ぎるんだよあんたは!ウグォォォ!」


 メメラは咆哮を上げながら全く小細工なしにまっすぐ全力で俺に向かってくる。気分は闘牛士だ。交わすのは簡単だが、次の攻撃にどう繋げるか……。

 俺が戦闘パターンを次の次まで予測していたその時だった。ゾーイがケインに声をかける。


「仕方ない、ケイン、強力なやつを頼むぞ!」


「僕もあいつにはどうしても死んで欲しいからね、任せて!」


 そうだ、この戦いは一対一じゃなかった。目の前の敵だけに対処していては駄目なんだ。このバトルで一番厄介なのは直接戦闘に参加していない毒担当のケインだ。奴の毒が俺を間接的に弱らせている。

 しかもまだまだ強い毒を作り出す余力があったらしい。さっきのゾーイの指示によってスーツの解毒能力を超えるレベルの毒霧が俺の周りに充満し始めた。


「うっ、意識が……」


「これで終わりだああっ!」


「うわあああっ!」


 ケインの毒に中枢神経をやられ、平常時なら簡単に避けられたはずのメメラの突進をまともに受けてしまった俺は簡単に空中に弾き飛ばされた。

 衝突の衝撃と毒のダメージで意識が吹っ飛ぶ。俺は受け身も取れずにそのまま地面に叩きつけられていた。


「ミッションコンプリートだな」


 計画の成功を確信したゾーイが倒れて満身創痍の俺の姿を見てそうつぶやいた。


「ちょっと、大丈夫!返事して!」


「……」


「どうしよう……?返事が返って来ない」


 いつもならウザいとしか感じないこの所長の声が今日に限ってはちょっと嬉しかった。何故なら大抵は自分の作ったスーツのを誇示して、この程度なら大丈夫と言う言葉を投げてくる彼女が今回ばかりは必死に俺を心配してくれていたからだ。


 ただ、身体へのダメージが大きくて今の俺はそんな所長の声に答える事も出来ないままでいた。ずっと返事が返って来ない事で俺の苦境を案じた彼女は必死にこの逆境を切り抜ける策を模索するのだった。


 メメラの攻撃を受けて倒れた俺の姿を見たゾーイは俺を見下ろしながら口を開く。


「流石にスーツの防御力は馬鹿に出来ん。しっかりとどめを刺さなくては」


「手応えはあった。奴はもう立ち上がれない」


 慎重派のゾーイの言葉に切れたのはさっき俺に致命傷を与えたメメラだった。その言葉は分かるとしても不測の事態に備える事が信条のゾーイは諭すように優しくメメラに話しかける。


「念には念をってヤツですよ、メメラさん」


「それは俺の攻撃を信用出来ないって事かよ!」


 そんなゾーイの気遣いも興奮したメメラには通じない。奴は自分の攻撃をゾーイが認めていないと勘違いしていたのだ。

 そこに彼らの様子を遠くから見ていたケインが面倒くさそうな顔をしながら現れた。


「何で逆ギレするんですか……今は味方でしょ、僕ら」

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