第39話 新しい協力者 その2

 天才って言うワードだけで全て都合良く説明出来はしない。どこかの財団の子女かやんごとなき血筋の末裔か――。こう言う話は男なら誰でも胸が躍るって言うものだ。だからことあるごとに口にしてはいたけど、今度こそ何か回答が得られるかと俺は期待していた。


「それは……秘密です」


 しかし俺の期待は簡単に崩れ去った。過去に何度も同じ質問を同じ言葉で交わされていたけど、今回もやっぱり同じ対処をされてしまった。この彼女の態度に俺は流石にちょっと気を悪くして、ついそれが口に出てしまう。


「まだ俺が信用出来ないと?」


「時期が来て必要になったらその時は……ね。今はまだそうじゃないから秘密。大体、知らなくても何も問題ないでしょう」


「それは、そうですけど……」


 彼女の素性を知らなくても仕事は出来るし特に困りはしない。それはそうなんだけど――。まだまだ俺と所長の間には大きな壁があると実感していた。

 この壁がある内は何を言ってもきっとはぐらかされてしまうんだろう。俺は少し落胆してため息をひとつつこぼした。


「さ、話は終わり!書類関係の処理は終わった?」


 所長に話を切り上げられ、俺は仕方なく溜まっている残務処理を再開する事にした。今日は何も起こる事なく過ぎていくだろうか。

 ここ最近は大した事件もなく、溜まっていた書類も頑張れば今日中に全部処理出来そうでそれはそれで嬉しかったけど、そんな平和な日々を少し物足りなくも感じていた。


 ジリリーン!


 そんな平和な時間を切り裂くように突然電話の呼出音が鳴り響く。一週間ぶりの電話に俺の胸は高鳴った。


「お、ちょうどいいタイミングで」


「あっ」


 事件を切望していた俺は所長が受話器を取る前に先に行動していた。先手を取られた所長が一言もらす。って言うかたまには俺が最初に電話に出てもいいよね。どうせ俺宛の電話なんだし。

 それにしても俺が受話器を取った瞬間の彼女の驚いた顔はちょっと面白かったな。


「はいはい、俺ですよ」


「すぐに来てくれ!大変な事になった!」


 いつも切迫した声で話す警部だけど、今回は今までで一番緊迫感に満ちた声だった。その声を聞いた俺は要件を聞き出して素早く支度して出発する。


「所長、行ってきます!」


「うん、気をつけて!」


 警部の話していた大変な事って何だろう?俺は一抹の不安を胸に抱きながら事件の起こっている場所に直行する。そこはお客さんが来なくてテナントがほぼ撤退したショッピングモールだった。確か以前にネットで話題になっていたような。

 その場所に着くまでは特に大きな変化は起こっていないようだったけど、近付くとその異様さに目を疑った。


「こ、これは一体……」


「我々では手に負えない存在が手を組んでいる。君にしかこの問題を解決出来ない」


 ショッピングモールは人払いこそ出来ていたものの、奇妙な色の気体が充満していてそれが割れた窓やら亀裂の入った壁の隙間から黙々と漏れ出している。

 そうしてその中に獣人らしき影と怪人らしき影も見える。獣人と怪人は目につく物を手当たり次第に破壊している。見ている間にも壁に亀裂が入り、今にも建物が連鎖的に崩れてしまいそうだった。


「獣人に怪人にバイオテロ……。あいつらが手を組むなんて」


「頼む!何とかしてくれ!」


 警部はもう藁にもすがる思いで俺に助けを乞うている。こんな事件、警察じゃ手に負えないよな。俺は胸を張って自信満々に大口を叩いた。


「任せてくださいよ、何しろ俺は無敵のヒーローですから!」


 俺は早速変身してモールへと向かう。既に閑古鳥が鳴いていたにせよ、この場所を愛する人もまだまだ多くいたはずだ。奴らがどうしてこの場所で暴れているのかその真相はまだ分からなかったけれど、このまま好き勝手させる訳にはいかない。

 数の上では不利でも、ヒーローは俺ひとりなのだから何としてでもこれを鎮圧しないと……。俺が近付くと早速暴れていた悪党のひとりの獣人が声を上げた。


「おい、来たぞ」


「あらあら、悪党が仲良く共闘ですか。すごい時代になったもんだ」


 まずは言葉での応酬だとばかりに俺は悪党共に軽口を叩く。施設の建物の壁を破壊していた怪人も俺に気付いてその軽口に反応する。


「ふ、目的が一緒なら共闘だってするさ」


「へぇ……。残念ながらその目的も俺が阻止するけどね」


 どうやらこの悪党共は共通の目的があって手を組んだらしい。お互いが反目する存在の敵同士が仲良く共闘するだなんて、そんなよっぽどのものがこの潰れかけたモールにあると言うのだろうか?

 俺が敵の目的を測りかねていると怪人が衝撃的な一言を俺に告げる。


「その目的がお前の排除だとしたら……?」


「何っ?」


 怪人がその一言を放った瞬間、間髪入れずに別の場所から獣人が俺に襲い掛かって来た。その重量級の勢いに俺は目を見張る。


「ウガアアッ!」


 不意を突かれた格好になったものの、何とかその攻撃を紙一重で交わした俺はすぐに態勢を立て直す。こいつらの目的は俺を倒す事みたいだから、もはや全く油断がならない。少しでも隙を見せれば奴らの餌食になってしまうだろう。

 まずは奴らと話をしながらこの連携の穴を探らなければ……。


「おおっと……。意外に連携が取れてるじゃないか。特訓でもしたか?」


「有能なリーダーがいれば訓練なんていらないんだよ」


「成る程、力関係ね。シンプルでいいんじゃない?悪党らしくて」


 俺は軽口を叩きながら自分が不利にならない状況を模索していた。怪人との会話の流れから奴らは共闘こそしているものの、色んなパターンを想定した訓練をしてこの戦いに臨んでいる訳ではなく、ある種の行き当たりばったりでこの作戦を実行しているらしい事が分かった。それならばこちらにも勝機はあるだろう。

 まずはこの3人組のリーダーを割り出してそいつを叩けば……。


「いくらお前でも我らが正しく動けば敵じゃない」


 常に俺の動きを目で追い、全く隙を見せない怪人が俺に向けて挑発的な言葉を放つ。俺は会話をしやすくするためにこの3人組の名前を確認する作業を始めた。

 話しかけたところで素直に話すとは限らないけど、やるだけはやってみよう。


「さしずめ一番多く喋っている君がリーダーかな?名前は?」


「俺はガシューのエージェント、ゾーイ。ふん、口で俺に勝てると思うなよ?」


「オーケーゾーイ。いい名前じゃないか。悪党らしくて」


 意外にも敵は俺の口車に乗って素直に名前を語ってくれた。ちょろい。まぁ、まだ名前しか聞いていないのだから敵もそこで警戒はしなかったのだろう。


 俺の事を一番注意深く確認しているからこのゾーイが3人組のリーダーと見て間違いはないだろう。ゾーイと名乗るこの怪人、身長は170cmほどと、特に大柄でもなく威圧感はあまりない。全身黒尽くめの鎧っぽい体にワンポイントのように緑のラインが入っている。目は赤色一色でまさに怪人と言った風貌だ。


 俺がゾーイに意識を向けているとまた背後から強烈な殺気と圧が襲ってくる。


「ウガアアッ!」


「君は単純だね。気配が丸分かりだ」


 猪突猛進の獣人の強烈なタックルを避けながら俺は彼に向かって言葉を投げかけた。

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