新しい協力者
第38話 新しい協力者 その1
「彼、元気にしてますか」
「うん、大丈夫」
ソラが保護されて一週間が経った。所長が何も言わないから仕方なく俺の方から声をかける。彼女は俺の質問に対し、当然のような顔をしてそっけなく答えた。
その一言で終わられたら聞いた方としても物足りないので更に言葉を続ける。
「どんな人体実験してるんです?」
「こら。人を何だと思ってるの」
俺の軽口に所長が気を悪くする。特に怒っている風でもないのでもうちょっと悪乗りしよう。
「いやあ、マッドサイエンティストかな?」
「こんな幼気で可憐な17歳のか弱い少女に向かって何と言う事を」
俺の軽口に所長も軽口で返して来た。折角だからこの調子で話を弾ませよう。
「可愛くて幼気な少女がヒーロースーツなんて開発しませんって」
「天才って言うのは時と場所と性別美醜を問わないものなのよ」
「は?」
この所長の言葉に一瞬呆気に取られた俺はつい聞き返してしまう。するとそこで所長が胸を張ってドヤ顔になって口を開いた。
「つまり、私は人類の至宝って事」
「はぁ……」
「ま、同じレベルの者同士でないと話って通じないものよね」
軽口の応酬の結果、段々ちょっとついていけない感じになって来たので俺は改めて話を本筋に戻す事にした。
「で、あいつの正体とかは分かったんですか?」
「そうね、名前はソラ、これは貴方も知ってるわよね」
「あれ、偽名じゃないんですか?」
彼が名乗ったソラという名前、組織にいた経歴から言ってそれが偽名である可能性も高かった。俺はそれについて聞いてみたのだが、所長が彼を独自のルートで調べたところ、どうやらソラと言うのは本当の名前らしかった。彼女はその根拠を話し始める。
「組織がつけた名前みたいだからそう言う意味じゃ偽名かも知れないけど、そもそも彼に組織に囚われる以前の記憶が殆どないから何ともね」
「やっぱり誘拐なんですか?それとも人身売買?本人は家族は組織に消されたらしい事を言ってましたけど」
「彼からの話やバイタルチェックじゃそこまでの事はまだ……。これからもっと心を開いてくれたなら進展もあるかもだけど」
彼自身は嘘はついていなくても、その情報自体が操作された可能性は否定出来ない――そう言う事なのだろう。組織に都合の良い記憶を植えつける、なんて事は悪の組織ならやりそうな事だ。そこまでの洗脳技術を彼らが持っていたら、だけど。
この話の流れで俺は更に気になる事を聞いてみる。
「組織には彼のような存在が他にも?」
「それは何人かいたみたいだけど、"成功例"は彼だけって言われていたみたい」
この質問に所長はスラスラと答える。やはりある程度の事情聴取をしていたらしい。ただ、こっちか聞かないと答えてくれないって言うのがなぁ。ま、聞いたら答えてくれるだけまだマシなんだろうな。
それにしても成功例――か。悪の組織の言葉だからなぁ。その言葉自体、信用していいものかどうか。
「そんなの全員にそう言っているかも知れないじゃないですか」
「まぁ、それはそうなんだよねえ」
俺の言いたい事を所長も感じていたらしい。みんなに同じ事を言ってやる気を出させるとか優越感を持たせるとかそう言うテクニックは悪の組織の専売特許って訳でもないからなぁ。一体どれだけの子供が組織の犠牲になったって言うんだろう。
「他の子供達はもしかして……」
「彼の話によると同じように囚われていた何人かと結託して組織から脱走したらしいけど、それぞれ目的地は違っていて、途中でバラバラになったから他のメンバーがどうなったかは知らないって……」
成る程、やっぱりソラはひとりで脱出した訳じゃなかったんだ。他の脱出した子供達も無事だといいけど……。特殊な能力を持っていたなら警察経由でこっちに何か情報が流れて来てもいいものだけど、それがないって事は――。
いや、悪い想像はやめよう。きっとみんなうまい事やっているんだろう。そう思っていた方が精神衛生上いい。
「で、組織で彼は一体何をされていたと?」
「能力を高める実験をさせられていたらしい。よくフィクションで超能力実験のシーンが描かれているけど、あんな感じだったって」
「効果あるんですね、ああ言う実験って」
「素質があればね。彼には桁外れの素質がある。でもそれが生まれつきなのか後天的なのかは分からないけど」
所長がソラの資質に太鼓判を押すと言う事は、所長側でも何らかのテストをしてそう言うのを確かめたって事なんだろう。立場は違っても彼女も科学者だからなぁ。
それはそれとして、超能力の実験と言えば俺の頭にあるイメージが思い浮かんでいた。
「かつて某大国がサイキックソルジャーを作ろうと様々な実験を繰り返したらしいけど、アレって成果があったのかなぁ?」
「そんな表に出て来ない情報は検証のしようもないよ」
「まぁ、そうですけど……」
ふと思いついた俺の疑問は所長の常識的な正論に軽く流されてしまった。ま、確かに表に出ない情報なんて普通の人が知る事が出来る訳がないか。
余談があっさり流されてしまったから、話を本筋に戻して更にソラについて聞いてみよう。
「それで、彼は今どうしてるんですか?」
「今色々手続きとかしてる、まずは学校に通ってもらわないとね」
「学校?」
俺はその所長の言葉に思わず聞き返す。あんな危険な存在を学校に? そりゃ、超能力は指輪で封じているけど――だからって彼が普通に学園生活なんて送れるだろうか?
そもそも彼が素直に所長の言葉を聞くのかって言うのもある。俺のこの疑問に対し、所長は持論を述べる。
「彼、自分では把握しきれていなかったみたいだけど、まだ15歳よ。その年齢なら学校で学ぶ世代よね」
「受け入れてくれる学校がありますかねえ。ずっと組織にいたなら学力の問題やら社会常識やら色々足りてないんじゃ……」
所長の口から語られたソラの年齢。確かに15歳なら楽しい学園生活をエンジョイしていてもおかしくない年齢だ。年齢だけで言うなら、だけど。
俺は彼女に思いつく限りの問題点を次々に羅列した。その言葉を黙って聞いていた所長は俺が話し終わってすぐに口を開く。
「そう言うのは組織がしっかり教え込んでいたみたい。素質があればスパイとして使うつもりだったのかも。念の為にテストしてみたところ、成績も特に問題なかったわ」
「そこまで……じゃあ俺達が保護したのって逆に組織の罠と言う可能性もあるんじゃ……」
日常生活に問題ない程の常識を組織に教え込まれたと言うのなら、勿論それ以上の知識も叩き込まれている可能性がある。逃げたふりをして敵の内情を探るなんて芸当だって造作もないのかも知れない。
この俺の懸念を所長もちゃんと考慮に入れているみたいだった。
「そこなのよね……だから今は彼の処遇を慎重に検討をしている段階なの。ひとつ間違えばどうなるか分からないもの」
「前から思ってたんですけど、所長は何者なんですか……絶対何処かの権力者ですよね?」
この話の流れで俺は前から疑問に思っていた事を改めて口に出していた。こう言う発言が出来る17歳の少女ってどう考えても普通じゃない。
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