第36話 新しいスーツ その3
スーツ姿の俺を見た彼の顔は豹変し、突然奇声に近い声で叫んだ。
「ああああ~っ!そのスーツは~っ!」
「えっと、俺を知ってる……のかな?だとしたら光栄だなぁ~」
この反応から察するに、彼は過去に似たスーツ姿の誰かに何かされたに違いなかった。俺はそれが分かった上で敢えてとぼけた反応をしてみる。
「もう俺は組織になんか戻らないぞ!今更ノコノコ現れやがって!」
パニクる少年の口から漏れた組織という言葉。やはり俺の想像は当たっていたようだ。
だけどここはもう少しとぼけたままでいていよう。そうすれば彼が自分から色々と話してくれそうだし。
「え?何?組織?」
「ふざけんな!俺を連れ戻しに来たんだろう!」
「連れ戻す……そうか、分かったぞ!お前、あの組織から逃げ出して来たんだな?」
「うるさいうるさいうるさいーっ!」
あまり遊びが過ぎたのか、彼はいきなり俺に向けて敵意を飛ばして来た。どうやら自分の目の前にいるのが組織のスーツの人間かそうでないのかの区別もついていないらしい。
あの力、自分で制御出来ないのかと思ったらしっかり使いこなしているじゃないか。その敵意は流石倉庫の設備を破壊しただけの事はあって、とんでもない圧力がかかっていた。
スーツのお陰でダメージはないものの、構えていてもジリジリと後ずさってしまう。
「くううーっ!何だこの圧!尋常じゃないぞ」
「俺は……俺は自由を手に入れたんだ!俺を止める奴は……」
「ちょ、落ち着けって……違うんだから俺は」
少年の放つ強烈な圧力に抗いながら俺は自分の正体を何とか伝えようとする。自分は捕まえに来た組織の人間ではないと言う事実を。
しかしパニックになってしまった彼にその言葉は全く届く気配すら見せなかった。
「何が違う!そのスーツは……」
「だから、俺は正義のヒーローの方の人間だって」
「うわああああーっ!」
彼の拒否反応は頂点に到達し、流石の俺もふっ飛ばされてしまう。倉庫の壁を破壊して外まで飛ばされたものの、スーツの性能のお陰で身体へのダメージは全くなかった。俺はすぐに立ち上がってまた彼の説得に向かう。
しかし近付いた先で一体どうすればいい?話を聞いてくれないと事態は全く進展しない。最初こそ楽勝かと思っていたけど結構今回も難題のようだ。
そんな時、スーツから所長の声が聞こえてきた。また何か面倒な事を言い出してくれなきゃいいけど――。
「聞こえる?どうにかその子、ノーダメージで捕ま……保護して。出来る?」
「何でですか?そりゃ捕まえはするつもりですけど、身柄は警察行きですよ」
所長がこの件に乗り気だとは正直驚いた。警察の依頼だから捕まえても彼は警察に保護される訳で、そこまで気にする事もないと思うんだけど――。
「彼の能力を防ぐ施設は署内にはないわ。だから私のラボで引き取りたいの」
「ああ、そう言う……」
どうやら所長は彼を自分の手元に置きたいみたいだ。彼の能力は特殊だから研究対象にでもしたいのだろう。確かに警察署内の施設じゃあ、あの力をどうする事も出来ないに違いない。
だからと言って野放しにするには危険過ぎる。抜け出された組織も彼をそのままにはしないだろうし……。あんまり気は進まないものの、ここは消去法で所長に任せるのが一番正しい選択のように思えた。
「お願いしていい?」
「やるだけやってみますよ。ただし、交渉とかはそっちで勝手にやってくださいね」
「まーかして!」
警部からの依頼は少年をどうにかする事で、そこから先は俺の管轄外。面倒な事は全部彼女に任せて俺は目の前の仕事に専念する事にした。
「さあて……それじゃいっちょ思春期ボーヤを大人しくさせますかねぇ……」
「お、俺をどうするつもりだっ!」
「どうするって、保護するだけだよ。君は組織を脱走して来たんだろう?その力で」
さっきの攻撃にノーダメージの俺を見て少年はあからさまに怯えている。さて、ここからどうやって話し合いに繋げたらいいものか――。話しながら交渉の糸口を探す俺の目の前で彼はいきなり頭を抱えて苦しみ始めた。
「そんな話に……うわああああーっ!」
「どうした!頭が痛むのかっ!」
「うるさい!お前には関係ないっ!」
俺を強く拒否する彼は今までで一番強い力を俺に向かって向けて来た。目に見えないその攻撃を受けて、またしても俺は後方にふっ飛ばされる。
「うおおっ!」
「ほら見ろ、お前も近付けないじゃないか」
吹っ飛ばされた俺を見た少年は辛さで顔を歪めながら口では強がりを言っていた。多分彼の精神的負担は現時点でもかなりのものになっているのだろう。
一刻も早く話を聞いてもらってこの状況を収束させないと少年の精神が持たないはずだ。すぐに立ち上がった俺は身振り手振りを加えて彼の想定している人物と目の前の自分が違う存在だと言う事を必死に説明する。
「すごいな、だが俺はノーダメージだ。どうだ?今まで関わってきた奴らとは違うだろう?」
「スーツ男はみんな同じだ。今更驚きはしない」
この話しぶりから言ってやはり彼は敵のスーツ男がいた組織にいたようだ。うまくすればあの組織の事を何か聞き出せるかも知れない。
それはそれとして今は暴走する彼の説得を一番に考えないと。
「君はどうしたいんだい?これから」
「別に……」
俺は何とか話し合うきっかけを掴もうとするものの、少年の心は固く閉ざされたままだった。むう、手強いな……。
一体彼の過去に何があったって言うんだろう。その態度から色んな想像が俺の頭の中でぐるぐると渦巻いていく。
「もし行く当てがないなら……」
「お前らの下でモルモットになれってか!人をこんな体にしておいて!」
俺の言葉に彼の声が一段と荒ぶる。その言葉から言ってやはり彼の力は組織によって強制的に引き出されたものなのだろう。きっととんでもない人体実験とかをされたに違いないと俺は想像した。
しかしずっと誤解されたままなのはどうにも気分が悪いので、俺も負けないくらいの大声で自分が組織の人間ではない事を訴える。
「だーかーらー!その組織と俺は違うってーの!こっちは敵対している……せ、正義の味方の方だからな!」
自分で自分を正義の味方と言うのはやっぱり恥ずかしくて、最後の方はつい口ごもってしまった。正義のヒーローがその身分を堂々と口に出来ないなんてまだまだ俺は未熟だな。
この言葉を聞いた少年は俺の顔を見てあからさまに軽蔑するような顔をする。
「ふん!正義の味方なんているもんか!」
「じゃあ君に戻るべき家があるなら送り届けよう、どうかな」
相手に譲歩するのも交渉の基本。俺はすぐに話を切り替えて少年が乗って来そうな話題を探る事にした。少年の年齢から言えばまだ家で生活している頃だろうし、誘拐されたなら家族も心配しているはず。少年だって親に一番会いたがっていると俺は考えたのだ。
しかし、この誘いに彼は乗ってこなかった。それどころか家の話を出した途端、急に恨みのこもった表情になって睨みつけながら俺に言う。
「家?お前らが全て奪ったんだろうが!」
何てこった。薄っすらその可能性を考えないでもなかったけど、まさかその最悪の展開だったとは。あのスーツを作った悪の組織、やる事が徹底しているな。
俺がその手口に戦慄を覚えていると少年は感情が頂点に達したのか、今までで一番興奮した声で叫び始める。
「うおおおおっ!」
彼の周りの空間が最高潮に圧縮されていく。これ、もし意のままに使いこなせるようになったなら相当な脅威になるぞ。そりゃリスクを犯してでも組織が研究する訳だ。
多分どんな通常兵器も今の彼には通じない事だろう。
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