第37話 新しいスーツ その4
「俺はもう誰も信じない!お前らも!お前ら以外も!」
「参ったな……」
結果論だけど、さっきの言葉は失言だった。今更どんな言葉をかけたとしても、もう彼には届きそうにない。何か手を考えないと……。彼の能力だって全くリスクなしに発動しているとは思えない。このまま無制限に力を使わせていると命の危険だって十分考えられる。何か……。
そうだ!彼は無計画に飛び出してここに流れ着いたはずだ。だとしたら――。俺は一縷の望みを賭けて少年に話しかける。
「じゃあ、こうしよう。それならこれから先行く当てがないんだろう。じゃあ勝負して俺が勝ったら俺の言う事を聞いてくれ。悪いようにはしない」
「は?意味が分からないんだけど?」
「俺が君の居場所を作ってやるって言ってるんだよ」
ハッキリ言って一か八かの賭けだった。どうかこの話に乗ってくれますようにと俺は祈りながら喋っていた。
「馬鹿か!そんなの出来る訳がない」
「それこそやってみなくちゃ分からないだろ!」
「じゃあやってみろよっ!」
結局売り言葉に買い言葉になってしまったけど、どうやらうまく話を誘導する事が出来たようだ。ふぅ、ここまでは上手く行ったぞ。
「良し!交渉成立!」
「本気出せばお前なんかすぐに壊せるんだよ!」
少年はそう言ってありったけの力を俺に向けて開放する。勝負の方法は全く決めていたかったけど、これによって自動的に力比べと言う事になった。
この能力に俺が抗い切れば勝ち、と言う事にでもすればいいだろうか。彼はその身につけた能力に絶対の自信を持っているみたいだから、きっとそれで納得してくれるはずだ。
「ぐおおおお!」
少年は両手を前に出して俺を近付けさせないように必死に抵抗する。周りの空間がぐにゃりと歪むくらいのとんでもない圧力が俺の体にかかって来た。
流石の俺もこれは真正面からまともに食らったらぺちゃんこに潰されてしまうだろう。この攻撃を受けて俺の足元の床が圧力に耐え切れずに半径5m分、一気に10cm程陥没する。生身の体でこれだけの力を使えるのか……。さて、どうしたものか。
「な、嘘だろ?」
全力を出して必死に抵抗する彼が俺の姿を見て叫ぶ。何故なら絶対の攻撃を前に俺が全くの無傷だったからだ。少年の力は間違いなく俺を潰そうと襲っている。
しかし俺はその攻撃を物ともせずに今度は自分の番とばかりにゆっくりと歩き始めた。
俺が動き始めたのを見て彼は更に力を込めて俺を止めようと必死になるのだった。
何故俺が彼の攻撃に全くの無傷なのか、それはこの勝負を持ちかける数分前の話に遡る。実は所長から連絡が届いていたのだ。
「あの子が発生させるエネルギー領域の解析が終了したから、今からデータを転送するわ!これで無理なく近付けるはず!」
「サンキュ!」
種明かしをすればそう言う事だった。自信がなければ勝負なんて持ちかけはしない。それも絶対の自信がなければね。
自分の能力が通じない事で少年は精神に異常をきたし始めていた。これは早く止めないとマズいな。
「う、嘘だ嘘だ!こんなはずは……」
「はい、タッチ。これで試合終了ですよ?」
混乱する彼の肩を俺は軽くタッチする。これでこの勝負は俺の勝ちと言う事で決着はついた。この結果に少年は当然のように抗議する。
「くそっ!こんなのインチキだ!」
「インチキもイカサマもないの。この勝負は俺の勝ち。さ、言う事を聞きな」
どんな手を使ったとしても結果は変えられない。自分の力の通じない相手に勝てる訳がないと悟った少年はしばらく抵抗をしたものの、やがて大人しく俺の話を聞いてくれた。彼を連れて警部の前まで行くと、問題を解決した事をまずは労ってくれた。
「途中までどうなるかと思ったが、無事に解決出来て何よりだ。有難う」
「それであの、この子は……」
俺が恐る恐る少年の処遇を尋ねると、警部は複雑な表情をしながら口を開く。
「ああ、さっき上から正式に連絡が届いたよ。君らに任す。ただし、問題を起こしたらその限りではないからな」
「了解です!」
どうやら所長はあの短期間にうまく話をつけてしまったようだ。流石謎の人脈と交渉力を持つ彼女だけはあるな。許可が出たと言う事で俺は少年を連れて事務所のあるオンボロビルまで彼を連れていく。
負けを素直に認めたからか、ここまで来る道中で彼が暴れる事はひとつもなかった。その代わり勝負方法に納得がいかなかったのか、移動中に何度話しかけてもその全てを無視されてしまい、情報収集も出来ず仲良くもなれなかった訳だけれど。
「はい、この指輪をつけて」
事務所に戻った俺達を待っていたドヤ顔の所長は開口一番少年にそう告げる。その指輪は勿論朝俺に試した新スーツの収納されたあの変身指輪だ。
「ちょ、この指輪って」
「能力制御機能をつけたの。スーツ機能が発動しなくてもその機能だけは稼働するように調整したから」
どうやら所長は彼を保護するにあたってその厄介な力を封じる手段を構築していたようだった。
しかしそれを新スーツの変身アイテムに組み込むなんていやはや、天才の考える事は凡人の想像の範疇を超えているな。
指輪の説明を受けた少年は信じられないような顔をしながらその指輪を受け取った。
「これで、力を消せる?」
「理論上はね。まだ実証は出来てないけど」
力を消せると言う彼女の説明を聞いた彼は躊躇なく指輪をその指にはめる。横でその様子を見ていた俺はボソリとつぶやいた。
「君はその力を消したがってたのか」
「こんな力、本当の俺じゃない。いつも勝手に暴走して嫌だった」
ここに来るまでの道中では無視され続けていたけど、やっと彼は俺の言葉に反応した。ちょっと嬉しい。
でも指輪はこれで本当にそのスペック通りの力を発揮したのだろうか?見た目に変化がないからどうなってるのかさっぱり分からない。
所長は効果が知りたくてすぐに彼に質問する。
「どう?」
「本当だ、力が出ない……」
周りに何の変化もなかったものの、どうやら所長の指輪はその能力を正常に発揮出来ているようだった。彼の言葉を聞いた彼女はほっと胸をなでおろす。
自分の作品の成果を確認した所長は俺達に紅茶を出してくれた。みんなでそれをゆっくりと飲み干して一息つくと、にっこり笑って口を開く。
「じゃあ改めて自己紹介しよっか。私は須藤アリカ。それでこっちが……」
話を振られた俺はちょっと焦りながら続けて自己紹介をする。
「俺は徳田ユキオだ。よろしくな」
「君の名前は?」
事務所メンバーの自己紹介が終わり、残るは彼の番となる。この話の流れ、やっぱり所長は天性のコミュニケーション能力の持ち主なのだろう。
少年は少し話すのを躊躇していてようだったけど、やがてポツリと口を開いた。
「俺の名前は……ソラ」
本名かどうか分からないものの、彼は自分の名前をソラと言った。これからはソラと呼んでいいのかな。
自己紹介が終わって、所長は彼を何処かに連れて行った。未だ俺には見せてくれないラボとか言う場所に彼を連れて行くのだと言う。
ラボはこのスーツや2代目のスーツを開発していた研究施設だ。追いかけていけばその正体もきっと分かるのだろう。
けれど俺はそこまでの事をする気にもなれなかった。それに必要ならば時期が来ればきっと所長自身が招待してくれるはず、そんな信頼も持っていた。
これから所長がソラをどう扱うのかは分からない。ただ、怪しい人体実験とかはきっとしないだろう。そうあって欲しい。
色々妄想を頭の中で働かせながら、俺は残りの就業時間を残務処理に当てていた。その後は何の事件も起こらずに平和に一日は過ぎていったのだった。
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