第35話 新しいスーツ その2

 指輪を手に取った俺はまずは色んな方向から観察してみた。どこからどう見ても指輪にしか見えない。

 次につける指はどの指がいいのかを聞くとどこでもいいらしい。それならばと半信半疑のまま取り敢えず右手人差し指に指輪をはめてみる。


「どう?」


「うーん、違和感は、ないかな」


「じゃあ、着装してみて」


 指輪をした感想を聞いた後、次に所長は俺にスーツ姿になるように声をかける。その司令を受けて変身しようと意気込むものの、前のスーツの感覚で変身しようとしても指輪は何の反応も示さなかった。


「え……?」


「どうしたの?」


「着装って……どうやって?」


 前のスーツと同じ方法ではこの指輪を動かす事は出来ないのかも知れない。そう思った俺は所長に着装方法を訪ねた。変身方法が違うなら最初に説明して欲しいものだけど、つい説明を忘れたのかな?なんて俺は思ったのだ。

 けれどどうやら真相は違ったらしい。俺の質問に所長は戸惑ったような顔になる。それはまるで何かトラブルが発生したかのような雰囲気だった。


「嘘?指輪が認証してない?」


 所長のこの反応に不安になった俺は質問を返す。


「……どう言う事ですか?」


「失敗……じゃないわね。これは」


「もしかして……」


 嫌な予感がする。所長の所感だとこの反応は失敗ではないらしい。そこから推測すると前のスーツと今のスーツ、変身自体は同じ方法で変身出来ると言う事のようだ。動揺する俺に所長は衝撃的な事実を告げる。


「そう、このスーツ、あなたは着られない」


「だって、前のスーツは着られたのに?」


「前のスーツとはアルゴリズムが別物なのよ。参ったな、また別の適合者を探さないと……」


 俺は必死になってアピールするものの、この新スーツを着られない事は所長の中で確定事項になってしまった。何てこった。この所長自慢の新スーツ、俺は着る事が出来ないのかよ……。

 しかし別の適合者が必要ってこのスーツだって適合者はとんでもない低確率だったはず。それについて所長に聞いてみる。


「その適合率は?」


「多分……またとんでもなく低くなるでしょうね。適合率は前のスーツと同程度と見ていいわ」


 このスーツと適合率が同じと言う事は……俺は初めてスーツを装着した日の事を思い出し、記憶を辿りながらその数値を口にした。


「確か……1億分の1、でしたっけ?」


「そう、0.00000001%」


「見つかるかなぁ……」


 この国の人口比を考えればこの指輪を発動させる事が出来るのはひとりだけと言う事になる。つまり新しい適合者は最悪この国の国民全員に試さないと見つからない。

 しかもそれでも見つかるかどうか……?

 その作業を想像するともう永遠に適合者は見つからないんじゃ……?と言う気持ちになっていた。

 そんな想像をしている俺に所長は取り繕うように言葉をかける。


「せ、世界を股にかければ!」


「気の遠くなる話ですね」


 朝からノリノリだった彼女はこの結果にひどく落ち込んでいるみたいだった。無理もない。すぐに試せると思ったらその期待が呆気なく裏切られたのだから。

 それでもそこは流石科学者、自分の中で現実を受け入れるとすぐに態度を切り替えてこの問題に対する対策モードに入っていた。


「さ、そうと分かったら指輪を外して!もう一度調整してみるから!」


 俺はその切り替えの速さに感心しつつ、はめていた指輪を彼女に返した。指輪を受け取った所長はすぐにさっき保管していた装置に指輪を戻してパネルを操作している。その後姿を眺めながら俺は彼女に冗談っぽく軽い雰囲気で注文をつけた。


「調整もいいけど俺の方のスーツの武器の開発も頼みますよ~」


「わ、分かってるわよ!」


 俺の言葉に所長は顔を膨らませて反応する。そう言う仕草は普通の17歳なんだけどなぁ。取り敢えずこの話はなかった事と言う事にして俺は事務所の方に戻ると、溜まっていた書類仕事の処理に精を出す事にした。ある程度片付けられたところで、背もたれにもたれながら両腕を伸ばして背伸びをする。


「ふー。今日は平穏無事に過ごせるかなー」


 朝から精神的に疲れたから今日くらいはのんびり過ごしたい気分だった。奇遇にもこの日は朝から事務所の電話は1回も鳴っていない。

 このまま夜まで静かなままでいられたらいいな、そう思っていた矢先だった。


 ジリリーン!


 突然の電話の呼び出し音と共に自分勝手な願望は無慈悲に打ち砕かれる。まるで何かの格言のように俺のささやかな願いは叶わなかった。どうやら神様はそう簡単には休息を与えてくれないらしい。


「やっぱ休ませてはくれないか……」


「仕事の依頼よ!」


 電話の内容は――まぁ、聞くまでもないのだろう。呼び出し場所を聞いた俺はすぐに支度を済ませて出発する。今回は厄介な案件じゃない事を願いつつ……。


 電車とバスを乗り継いで着いたそこは市で一番大きな港だった。気まぐれに吹いてくる潮風が心地良い。目の前は大海原でその雄大さにずっと見ていたくなる、そんな気持ちになっていた。そんな港の景色を眺めていたらいつか船旅なんてしてみたい――何て思ってもみたりして。


「良いロケーションだなぁ……」


「おお、待っていたよ」


 いつもの警部と会った俺は交わし慣れた定型文の挨拶を交わす。そのお約束を済ますとすぐに要請の本題へと話を移した。


「警部、今度はどんな……」


 この質問に対して、いつものように困り果てた顔をした警部は説明が難しいのか多くを語らずに歩き出した。


「まぁ、来てくれ」


 港には貨物船から荷物を預かる倉庫が幾つも建ち並んでいる。問題が発生しているのはそのある倉庫の一角らしい。立入禁止になっているその場所に入っていくと何かが破壊された跡と、その中心にいるひとりの少年の姿が目に入った。


「視界の奥で少年がうずくまってますね」


「彼が今回の問題児だ」


「どう言う事です?」


 状況を見れば大体の事は想像出来たものの、敢えて俺は警部に詳細を聞く事にした。警部はまず深い溜め息をついて腕組みをしたまま俺の質問に答える。


「通報があって来たんだが……。簡単に言うと彼に近付けない。謎の力場が発生しているんだ、彼の周辺に」


「それは困りましたね。分かりました。行ってきます」


 警部の話からそれが俺の想像通りである事を確信する。これはこれで厄介な案件だけど、悪党共と対峙するよりはよっぽど楽ではあるだろう。俺はすぐに変身してこの異能力少年とコンタクトを取る事にした。


「お~い、少年!無事かー!」


「ああああ~っ!来るな!もう何も壊したくない!」


 出来るだけフレンドリーに接しようとマスクまでは着けずに素顔のまま笑顔で俺は近付いていく。それに気付いた少年は自分の能力を嫌がっていて大声で俺を静止させようとする。


 この事から、彼の能力は彼の意思とは無関係に発動するらしい事が推測された。そしてそれを嫌がっていると言う事は彼が悪人ではない事を伺わせている。これならうまく話し合いをする事も出来そうだ。

 俺は少年を安心させようとスーツの性能をPRする。


「大丈夫だ!俺は壊れないから!」


「壊れない?」


「ああ、このスーツは無敵だからな」


 この言葉を聞いた少年は話の内容に興味を抱いたのか改めて顔を上げて俺の姿をはっきりと確認する。

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