第33話 孤独なヒーロー 後編
「風刃ッ!」
「うおおおっ!」
逃げ回っていた俺の目の前に建物が崩れてくる。いきなり進路を塞がれて俺は声を上げた。その声を聞いたルードラが俺の位置を把握する。
「ふむ、そっちか」
「お前は破壊衝動があるだけだろっ!」
「ああ、そうだぜ?」
俺の指摘を奴は素直に受け入れる。こいつは破壊衝動だけが行動原理みたいだ。こんな奴を野放しにはしておけない。ならば、いつまでも逃げ回っているだけじゃ埒が明かない。さっきみたいに駄目元でも攻撃は続けなくては。俺は振り返って近付いてくるルードラと対峙する。もう一度右腕に力を込めて――見よう見まねだけど、うまく行けばうまく行くはずだ!
「スーパーソニックパンチ!」
「うん?」
俺は奴の技を真似て自分でも衝撃波的なものが出ないか試してみたのだ。結果は分かりきったように不発だった。やっぱり世の中そんなにうまい話はないようだ。結果的にルードラにただのシャドーボクシングを披露しただけとなってしまい、俺はかなり落胆した。
「やはり出ないか……」
「馬鹿め。見よう見まねで出来るものか」
この俺の情けない姿を見てロードラが調子付く。そうして自慢の風刃をまたしても俺に向かって撃ち込んで来た。その大雑把な攻撃を何とか回避しながらそれでも俺は奴を挑発し続ける。
「その力が魔法なら……弾切れもあるんだろう?」
「時間切れ狙いかぁ?俺が遊んでいるだけだって分かってないようだな……いつでも殺せるんだよ!」
俺の言葉が気に触ったのか、急に奴の攻撃の命中精度が上がる。うまく避けたつもりだったが、見事に風刃が俺のスーツにヒットした。
そのまま俺の身体は吹き飛び、背後の廃墟ビルの壁にぶつかったかと思うと、またしても俺の体ごとビルが破壊される。
「うぐっ?」
ビルが粉々になって出来た瓦礫の山から何とか顔を出すと、その場にかなり近付いて来ていた奴は俺を見下ろしながら口を開いた。
「確かにそのスーツを俺は破壊出来ないかも知れねぇ。だがな、中の本体はどうだ?」
「ふん、そんな負け惜しみ……」
俺がこのルードラの言葉を否定しようとすると、被せ気味に奴は言葉を続ける。
「風刃はただの真空波じゃない。俺が魔力を込めた風だ。物理的な耐衝撃能力だけじゃ全ては防げねぇんだよ」
「ならばっ!」
得意気に自分の優位性を説くルードラに俺は渾身の一撃を瓦礫の山に向かって打ち込む。俺の一撃で発生したエネルギーはその場で膨張し、爆発を起こす。この俺の攻撃にバランスを崩したロードラは何も出来ずにそのまま地面に転がり落ちた。その後、高く空中に舞い上がった瓦礫の山は地面に平等に降り注いだ。
「うおおっ!」
落ちてくる無数の瓦礫の山に奴は混乱している。その隙に俺は出来るだけ距離を取ろうと全速力で駆け出した。廃墟の街の住宅街を抜け、工場地帯にまで逃げ込んだ俺は奴の姿が見えなくなった事を確認して少し落ち着いた。
「ふう~」
一息ついた俺の耳に遠くから破壊音が聞こえてくる。どうやらあまり休ませてはくれないようだ。建物の影から様子を伺うと既に奴は目視出来る距離にまで近付いて来ていた。
「もう飽きたのか?もっと楽しもうぜ?」
「じゃあ楽しませてくれよ」
ルードラは飽くまでもゲーム感覚で俺を追い詰めている。軽口を言った所で俺のこの不利な状況が変わる訳じゃない。この戦況を打破する為にはやはり相手の虚を突くしかないのだろう。ここで俺は一か八かの賭けに出た。奴が気付いて反応する前に強力な一撃を御見舞いしてやる!
「ファイナルクラーッシュ!」
「風の壁!」
俺の渾身の一撃はルードラの風の壁に簡単に阻まれた。どうやら奴は常に体の周りに風の壁をまとわせているらしい。くそっ、この作戦でも駄目なのか。
「くうう!」
「お前の攻撃などそんなもんだ」
攻撃が失敗してうろたえる俺をルードラは見下げている。こんな屈辱的な事はない……。
しかし一番の問題はこの時、俺は全くの無防備状態だったと言う事だ。この状況を指を加えて見ている程奴はお人好しではない。これを好機と見たルードラは自慢の技を俺に対して撃ち込んで来た。
「風刃多段撃!」
風刃、通常の攻撃ですらビルを簡単に破壊する程の威力のそれを俺に向けて何度も連続で撃ち込んで来たのだ。この技には魔力が込められている。それが何度も何度も俺の体にヒットする。それによって蓄積されたダメージはかなりのものになった。
「ぐはあッ!」
風刃を身体に受け過ぎた俺は立ち上げらないくらいにダメージを負ってしまった。スーツを着ていてこんな目に遭うのは初めての体験だ。倒れ込んだ俺を見てルードラは吐き捨てるように言う。
「ふん、結局こんなものかよ」
俺は身動きの取れないまま、奴の接近を許していた。ルードラの風刃は俺にダメージをを与えたが、致命傷には至らない。どうやら奴は俺に直接攻撃しようとしているようだ。スーツ越しにゼロ距離攻撃をすれば更に俺が受けるダメージは大きいものになるだろう。このままじゃ、やばい……。
そうしてルードラは俺の側まで近付き、魔力のこもった左手を振り上げた。
「中身を切り刻んでやる!」
しかしそれはチャンスでもあった。何故なら奴がギリギリまで近付いたと言う事はもうそこに厄介な風の壁はないのだ。今なら俺の攻撃も届く!
俺の受けたダメージは超高速でスーツが回復してくれる。奴を倒すにはこのチャンスを活かすしかない!
「ファイナルクラーッシュッ!」
「お、おまッ!」
渾身のファイナルクラッシュがルードラの体を打ち抜く!この攻撃によって奴の体は軽く5mは吹っ飛んだ。やった!
「油断したのはお前の方だったな!」
「なるほどな……中々楽しかったぞ……」
手応えが微妙だと思ったらどうやら奴の身に付けているローブにも防御的な術がかけられていたらしい。ファイナルクラッシュを受けてルードラはまだ喋る余裕を持っていた。ならば、何度でも打ち抜くだけだ!俺は壁にぶち当たって座り込み、まだ動けないでいる奴に向かって追撃を開始する。
「その余裕を……打ち砕くっ!」
テンションが高まった俺はスーツの力によって超高速で移動する。そうして拳を振り上げたその瞬間だった。俺の攻撃を前にルードラは不敵に笑ったかと思うと風に舞う土埃のように消えてしまった。こうなった時の為に最初から逃げる準備は整えていたらしい。俺の拳は空を切り、後には空しさだけが残るだけだった。
「くっ……またか……」
何にせよ、これで事は終わった。この戦闘で得られた事は今の俺では魔法使い相手にほぼ手を出せないと言う事実だった。今後本気で奴らが攻めて来た時にどう対処すればいいのか、これから真剣に考えないといけない。この戦闘データで所長が何か良い手を思いついてくれていればいいけど……。俺は暗い気持ちに心を支配されたまま、重い足取りで事務所に戻ったのだった。
事務所に戻ると、所長は普段と何も変わらないテンションで俺を出迎える。そこにあった日常はまるで全然違う世界に来たみたいだった。
「お帰り、無事で良かった」
この出迎えに俺はちょっとイラッとする。今回彼女は何の欲にも立たなかったからだ。なのに何でそんなに笑顔でいられるんだ?俺はその気持ちを言葉に変えて無造作に所長にぶつける。
「無事じゃない、遊ばれただけだ……。多分あれはこのスーツのデータ収集が目的だったんだ」
「じゃあ安心して。こっちだってすぐにアップデートして対抗するから」
俺の言葉を聞いた彼女は満面の笑みでそう答える。これは……もしかして何かああ言う敵に対する有効な対策を思いついた?俺は期待を込めて所長に尋ねる。
「何か自信満々だけど、今度は何が出来たって言うんですか?」
「新しいスーツよん」
所長の笑みの理由は新しいスーツだった。そうか、主人公のパワーアップはお約束だもんな。その登場がまだ少し早い気もしたけど、俺はその彼女自慢の新しいスーツとやらに期待が止まらなかった。きっとすごい機能が盛り込まれていて、逆転の日々がこれから始まるんだ。
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