第32話 孤独なヒーロー 中編
結局、新装備とか新機能とか俺を喜ばせてくれそうな事は何ひとつ用意されていなかった。サプライズひとつないのに罠が舞っている場所に笑顔で部下を送り出せるなんて、所長も中々肝が座っている。俺はもう一度念を押すように開発を急ぐように伝え、それから事務所を出た。
メールに書かれた時間までに現場に着くには余り余裕のあるスケジュールではなかった為、電車の乗り換えを間違えないように慎重に何度も行き先を確認しながら目的地へと急いだ。行き着いた先、メールに指定された場所は廃棄された実験都市だ。
そこは100年前に実験的に造成され、結局何の成果も得られずに30年前に街ごと廃棄された今では廃墟マニアだけがたまに訪れる知る人ぞ知る日の当たらない場所だった。映画のセットのような荒廃した建物群の前で俺は大声で叫ぶ。
「おーい、来てやったぞ!姿を現せ!」
「ふふ……素直に来るとは流石の余裕だな」
俺の呼びかけに背後から声がする。完全に気配を消していたその男に俺は驚き、すぐに振り向いた。
「またフード男か……。お前も魔法使いなのか?」
「当たり。私の名前はルードラ。MGS所属の風使いだ。よろしくな」
ルードラと名乗る身長170cm程のこの男もまたフードを深く被り表情を明らかにしていなかった。見た目からして悪の魔法使いの様相を見せている。
身に付けているローブは深い群青色。どうやらこの間戦ったローグと同じ組織に所属しているようだ。自らを風使いと名乗るこの男の実力は果たしてどれ程のものなのだろう?取り敢えず俺はこいつの実力を計る為にまずはカマをかけてみる事にする。
「お前、力比べをしようって話だが……俺に勝てるとでも?」
「ああ?」
俺の挑発が気に触ったのかルードラは腕を素早く振り払う。左手一本で生み出されたその風の刃は俺の体の側面を通過して背後のビルを破壊する。
「うわっ?」
「これが俺の力、風刃だ。まだ軽い挨拶だぜ?」
軽い一撃でビルを破壊したルードラはニヤリと笑う。まだ破壊されたビルの土埃が舞い上がったままだ。厄介な程に破壊力の高い敵を前に俺はどう戦っていいものか全く戦闘プランを立てられないでいた。
「ぐぬぬ」
「行くぜぇ」
ルードラは早速自慢の風刃を本気で俺に向かって撃って来た。風刃が生み出す真空の衝撃波は俺に避ける隙きを与えてくれない。呆気なくその技を食らった俺は簡単に吹っ飛ばされた。
無敵のスーツを着ていて吹っ飛ばされるなんてどんな威力だよ……。そのまま空きビルの壁に強く叩きつけられた俺はそのビルを破壊しながら吹っ飛ばされた。
「ぐはあッ!」
無敵のはずのスーツに衝撃波だけでここまでダメージを与えてくるなんて本当に信じられない威力だ。ただし、スーツ機能のお陰で身体へのダメージはみるみる回復していく。全身複雑骨折並みの衝撃を受けたはずなのにものの数秒で身体は動くようになっていた。
「流石に硬ぇじゃねぇーか。なら搦め手だ!」
俺が無事なのを確認した奴はすぐに次の作戦を実行する。それは周りの建物をぶっ壊して、それで出来る瓦礫で生き埋めにすると言うものだった。
ヤツの風刃が無差別に周りのビルを破壊して俺の倒れた場所に向かって崩れ落ちて来た。まるで海外の映像で見るビルの解体のように巨大な建物が自分目掛けて崩れてくるこの状況に俺は一瞬正気を失う。
「うわあああっ!」
「おう?逃げるのか?ふん、追いかけっこは好きだぜ?」
俺は一瞬頭の中が真っ白になったものの、本能が危険を察知してすぐにその場から離脱していた。生き延びたいと思う心はやはりどんな欲求よりも強い。
周りの建物が崩れ去り瓦礫が降り積もる前に俺は被害が及ばない場所まで全速力で走って事なきを得る。そしてすぐに奴を倒す作戦を思いつく。
「この場所が有利なのは果たしてどちらかな?」
俺はすぐに右腕に力を溜める。うまい具合に奴はその場から全く動いていない、仕掛けるなら今がチャンスだ。さっきは俺が崩れ落ちる建物に押し潰されそうになったが、今度は俺がルードラの前に建物の瓦礫を落としてやるぜ!
「ヒーロースマッシュ!」
俺の渾身の一撃で廃ビルのひとつがヤツの前に倒れ込んでいく。老朽化していたビルは脆くなっており、今の俺の力でも簡単に崩す事が出来た。自分が仕掛けた攻撃と同じ事をされてルードラは声を上げる。
「おおっ!」
建物が崩れ去る大音響と振動と衝撃と舞い上がる大量の土埃。俺の作戦は見事に成功した。ルードラがその場から動いた形跡は全くない。俺はこの状況に対し、小さくガッツポーズを取った。
「やったか?」
「楽しい!実に楽しいなあ!さあ、どんどんやろうぜ!」
土埃が消えて瓦礫の山が出来た所ですぐさまその塊が風で吹き飛ぶ。あの状況で微動だにしなかったのはその程度の事では全く問題にならないからだった。
俺はその様子を見ながら冷や汗を一筋垂らす。
「やはりそうなるか……」
「今度は何で楽しませてくれるんだ?」
余裕のある態度を全く崩さないルードラはそう言いながらゆっくりと近付いてくる。確実に近付いてくるそのプレッシャーに俺は押し潰されそうになる。
俺はもう一度腕に力を込めてその力を直接地面に打ち込んだ!
「ならばこれでどうだーっ!」
地面を伝わる力はやがて大地を走る地脈と連動して大きなうねりを上げる。するとすぐに瓦礫がその流れに乗って飛翔していく。駄目元で試してみたけど、意外とやれば出来るものだ。大中小様々な瓦礫が磁石に吸い付く瓦礫のように面白いようにルードラ目掛けて襲いかかった。
「風は……こう使う事も出来るんだよなあ……風刃烈風!」
奴はそう言うと左手を頭上に上げ、ニヤリと笑う。するとすぐに竜巻のような強力な風の壁が発生し、俺の瓦礫攻撃を全て簡単に弾き返した。
「なんて奴だ……」
この攻撃が効かないと分かった俺はすぐにその場を離脱する。さっきの攻撃だって少なくとも多少の時間稼ぎにはなったはずだ。奴の攻撃は強力でも
奴自身の運動能力は常人とあまり大差がない。今までの戦闘で見た限りはそんな感じだった。十分に距離を取った俺は遠距離からヤツの動きを伺った。
「大丈夫?」
「何か攻略法はないんですか?」
俺が様子を伺っていると、所長から心配の連絡が入る。もしかして何かいい手が浮かんだのかと思った俺はすぐに返事を返した。
「風の攻撃……スーツの耐久度的には問題ないわ」
「じゃあぶつかって行けと?」
「そうは言わないけど……もう少し時間を頂戴」
「そう言うと思ってましたよ!」
結局所長の連絡はただ心配しただけだった。これは普段ならともかく非常時には全く意味のない行為だ。通信が切れてから俺はちょっとイラッとする。
この状況を打破するには一体どうしたらいいんだ……。考えろ……考えろ!
「それっ!」
「うおっ!」
ルードラの風刃が俺の隠れていた建物を破壊する。瓦礫が降ってくる前に俺はその場から素早く移動する。クソ、さっきから同じ事の繰り返しだ。
決定的な攻略法が見つからないまま、俺は奴の攻撃からただ逃げ回る事しか出来なかった。
「はははっ!逃げろ逃げろ!俺から逃げ切ってみろ!」
「くそっ」
俺は何の反撃も出来ずにただこの無人の廃墟の街を逃げ回るしかなかった。ルードラはゲーム感覚で手当たり次第に建物をその風の力で破壊していく。
奴は上機嫌で俺に向かって声高らかに宣言する。
「何故俺がここを選んだか分かるか?面白いからだよ!簡単に決着が付いたらつまらないからなぁ!」
「だから遠距離攻撃が欲しいんだよ……くそっ」
俺は必死で逃げ回りながら、奴を倒す有効な攻撃方法を自分が持っていない事を嘆いていた。
しかしヒーロースーツと魔法使いがここまで相性が悪かっただなんて……。多分それは今の俺が近接攻撃しか攻撃法を持っていないからだ。やっぱり敵の戦闘スタイルによっては間接攻撃も必要なんだよ。もうヒーローにこだわらずに市場に出回っている普通の銃でもいいから手に持たせて欲しい。
そのために訓練やら資格がいるならそれも努力して身につけるから。ここまで弱点が露呈してしまうといつかそこを突かれて簡単にやられてしまいそうで怖い……。
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