孤独なヒーロー
第31話 孤独なヒーロー 前編
放置された山奥の工場群。建物は次々に破壊されて見る影もなくなっていく。破壊の度に立ち上がる土埃が視界を遮る。俺はその中を駆け巡りうまい具合に出来た死角に入り込んでため息をつく。
「ふぅ~」
「大丈夫?」
所長から声が届く。相変わらず現場の事を何も考慮していないような反応だ。モニターしているのだからもう少し想像力を働かせて欲しい。
俺は言いたい事を最後にはぐっと抑えて強がりを言った。
「そりゃ、大丈夫ですよ。今のところはね」
「救援は呼べないからしっかり頑張ってね」
「相変わらず無茶しか言わないな……」
相変わらずの所長の言葉に俺はまたため息をつく。最初にいい報告をしない時の所長はいつだってこうだ。現場に丸投げ。何も変わらない話を話しかけてくる位なら最初から何も話しかけないでいて欲しい。欲しいのはいい報告だけなのだから。
「さて、鬼ごっこはもう終わりにしようか」
おっと、余りここで長居もしていられないようだ。敵が俺の位置に気付きやがった。全く、もう少し休憩させてくれよ……。瓦礫の上を歩いてくる足跡が聞こえる。確実に奴が近付いてくる。俺は緊張の余り、手に汗をかいていた。
「決めようぜ、どちらが強いのかを!」
「参ったな……」
まだ俺はこいつに勝てる具体的な戦闘プランを立てられていない。全く、次から次に厄介な敵が出て来やがる。だから所長にはずっと訴えていたのに。
こんな近付けない敵が出てくる前に強力な武器が必要だって――。
「武器はまだなんですか?」
「最近あなたそれしか言わないわね」
「それ以外言う事がないからです!」
時間は少し遡って今朝の事務所内。俺は馬鹿のひとつ覚えみたいに所長に窮状を訴えていた。相変わらず所長はのらりくらりと俺の質問をかわしている。
あんまりしつこかったので気に触ったのだろうか、突然俺の方に体を向けて真剣な顔で所長は口を開いた。
「もしかしてもうスーツの力を100%引き出せていると思っている?」
「違うんですか?」
本当は自分でもまだまだスーツの力は引き出せてはいないとは思っている。
けれど売り言葉に買い言葉となってしまい、つい俺は所長に対して強がりを言ってしまった。俺の言葉を聞いた彼女は軽くため息を付いて、作業をしていたPCのマウスを数回クリックする。
「私のスーツのポテンシャルはそんなものじゃないわ」
「じゃあどんなものなんですか」
俺がその言葉を追求すると、所長は操作する自分のPCを見るように促した。
「いい?これは一例だけど……」
画面に映っていたのは3Dアニメーション画面。何かのシミュレーションのようだ。画面中央にはヒーロースーツ姿のキャラクターが居る。あ、これって今俺が着ているヒーロースーツじゃないか。つまりこれはヒーロースーツの能力のシミュレーションって訳だ。
俺が画面の意味を理解した時、彼女はマウスをクリックした。画面上のスーツキャラクターがパンチを繰り出す。するとそこから発生した衝撃波が30階建てくらいのビルを一気に破壊した。
「これ、ちょ、マジですか?」
「飽くまでも理論値だけどね」
俺はそこまでの威力のパンチは繰り出せない。計算上はこの画面上に映像のような力も出せると言う事なのだろう。俺はこのシミュレーション映像を見て素直な感想を述べる。
「これじゃあ兵器じゃないですか」
「そうよ。まぁ、実際はそこまでの事は出来ないだろうけど」
俺の言葉を彼女はあっさりと認める。ヒーローが元々は軍事技術から生まれたと言う設定はテンプレかってくらいよく聞く話だ。まさか自分のスーツもそんなパターンだったなんて……。状況を理解した俺は自然と乾いた笑いを漏らしていた。
「……じゃあ敵のスーツ男は……」
「悪の組織がリミッターを外せばあるいはそうなるかもね」
これ間違いなく今後敵のスーツが暴走するフラグだ。ここまでテンプレ通りなら間違いない。なんて素直な物語展開だよ全く。少しはひねれ。
と、ここまで考えて俺はふとある事に気が付いた。それだけの高出力のエネルギーを発生させるって事は体にも相当の負担がかかるはずだ。
「もしかしてこのスーツが無敵なのは……」
「その出力を発生させる為に必要な機能だから」
スーツの無敵機能は防御を目的としたものではなく、飽くまでも高出力の攻撃の負荷に耐える為のものだったのだ。この事実を知った俺はこのスーツに関わる闇の深さの一端を知ってしまった気がした。最初は政府も絡む一大プロジェクトだったと言うのも納得だ。それがどう言う経緯でこんな世を忍ぶ仮の場所でのヒーロー活動なんて事になったのか正直興味は尽きない。
けれどそもそも何故こんな危ないものを作ってしまったのか、前にも聞いたけど改めて聞きたくなった。
「どうしてこんなものを開発したんですか」
「理論を思いついちゃったんだから仕方ないでしょ。そこに理由なんて……」
所長から返ってきた答えは前に聞いた時と全く同じだった。科学者って言うのは思い浮かんだ事を試さずにはいられない生き物らしい。そこにあるのは純粋な好奇心のみ。変わらない答えを聞いた俺は今日何度目かのため息を漏らした。
「はぁ……敵のスーツがそこまでの領域に達していない事を願うばかりだ」
「そうね……。でも、分からないけど」
俺の言葉に彼女はどこか他人事のように言葉を漏らす。そうしてすぐに話を切り替えて俺の説得に走った。
「これで分かったでしょ?このスーツの使用者に武器なんていらないって事が」
「それとこれとはまた別問題ですよ。大体そこまでの能力が発現するかどうか分からないし」
「だよね。だから研究自体はしてるから」
この所長の言葉を俺は何度聞いた事だろう。それでも何か研究を手伝える訳でもない俺はただその言葉を信じる事しか出来なかった。
「本当、急いで下さいね。敵がまだ手に負える内に」
俺が所長の仕事をやんわりと急かしている時に、タイミング良く彼女のPCにメールが届く。
「あ、仕事のメールだ」
「電話じゃないなんて珍しいですね」
普段仕事の連絡は電話が多かった為、このメールでの連絡に俺は多少の物珍しさを覚えてついそれを口に出していた。すると所長はメールの文面を読みながら冷静に俺に話しかける。
「珍しいって言うか、相手が違うようね」
「どこ経由なんですか」
つい好奇心で俺が尋ねると、彼女は俺の顔をじっと見つめて真剣な顔をしてこのメールの正体を説明する。
「彼らからの挑戦状みたい、ついに直接来たわね」
メールは、どうやら敵から来たもののようだった。どこでメアドを知ったのかは知らないけど、やはりこちらの情報は筒抜けになっているらしい。
その内容を読むと場所と日時指定。それと遊ぼうぜとの一言。あまりにも大胆で大雑把だった。
「これ、罠バリバリでしょ」
「あれ?怖気付いた?」
俺の反応に対して所長はイタズラっぽく笑う。この期に及んでどこまで余裕なんだこの人。自分が戦わないからどこか他人事なんだよな。俺は彼女の言葉に真面目に返事を返した。
「慎重に行きましょうって話ですよ!」
「でもこれ、ほっといたら大変な事になりそうだし、無視出来ないよ」
敵がわざわざ指定しているって事は、その約束を破れば次はどんな行動に出てくるか分からない。彼女の意見はもっともだった。俺は深くため息を付いてそれからこの安い挑発に乗る事を渋々了承した。
「あー分かりましたよ行きますよ」
「いってらっしゃい」
ニコニコ笑顔で送る出そうとする所長の顔を見ていて俺は作業の手を止める。それから確認の為に期待を込めてもう一度彼女に声をかけた。
「その前に何か新装備とかはないんですか?」
「うん、ごめん、間に合ってない」
「全く、急いで下さいね!」
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