第28話 シンクロ120% その2
敵はかなり鍛えているだろうから、この時点でこっち側が不利なのは火を見るより明らかだった。
俺の顔を見て自分の言葉にショックを受けたのが分かったのだろう。所長は俺の肩に手をおいて話を続ける。
「でも違いは開発者が側にいるって事。これからもどんどん進化させていくからね!」
「頼みますよ、こっちは段々本当に命懸けになって来ているんですから」
こう言った俺の顔は多分情けない顔になっていただろう。所長は俺のお願いを聞いてニッコリ笑うとサムズアップする。
「まーかせて!」
たとえどんな状況であろうと、俺はもうこの乗りかかった船から降りる訳にはいかない。彼女を信じて乗り越えていくしかなかった。
その覚悟を強く意識していたその時、事務所の電話がお約束のように鳴り始めた。そう、事件はいつだって待ってはくれないのだ。
「はい、こちら須藤……」
電話に出たのは所長だった。俺はその間に出発の準備をする。二言三言のやり取りの後、彼女は受話器を置いた。
「仕事ですよね?」
「どうもそうみたい。行ってくれる?」
所長が少し言い辛そうに俺に聞いてくる。ここで俺が拒否する訳がないのを知っているはずなのに。きっとさっきまでの流れで俺がスーツの事で不信感を抱いているとでも思ったんだろう。それとこれとは別だと俺は強い口調で彼女に返事を返す。
「そりゃ、行くに決まってます!」
「お願いね!私もサポートするから!」
いつもと変わらない俺の反応に所長も普段通りのテンションを取り戻していた。これでいいんだ。いつも通りなら俺は負けない。たとえどんな敵が出て来たってきっと何とかやってみせる。そう、今までがそうだったように。そう自分に言い聞かせて俺は依頼のあった現場へと向かった。
「おお、いつも済まないね」
「例によって何も聞いていないですが」
顔馴染みになった警部と最早お約束になっている定形の挨拶を交わす。それから警部は俺に呆れたジェスチャーをしながら話を始める。
「今回はとんでもなく厄介なんだ。私達ではお手上げだよ」
今回の以来はいつもと違う、それはこの警部のリアクションでも明らかだった。事件の詳細を聞こうと俺は質問を始める。
「一体何が……」
この質問に警部はあごを動かしてその先の景色を見るように促した。まるで口にするのも嫌になる厄介者を紹介するみたいに。
「アレだよ」
「なっ……」
そこにあったのは街の一区画一面の氷漬けの景色だった。今の季節は初夏であり、冬には程遠い。一体どんな寒波が襲えばこうなるって言うのだろう。
俺がそのあり得ない景色に声を出せないでいると警部が説明を始める。
「それまで普通の景色だったあの場所がほんの少し前にああなった。今やあの辺り一帯があの有様だよ。まるで魔法だ。非科学的過ぎて頭が痛い」
「確かにこれは危険な兆候ですね」
逃げ出した住民の話によると、あるひとりのフードをかぶった男がこれをやらかしたらしい。それが真実ならその男はまるで魔法使いか何かのようだ。
科学技術の発達したこの時代に魔法が実在するなんてにわかには信じがたい。どちらかと言うと魔法的な技術を開発した科学者がその成果を悪用していると言う方がまだ受け入れられる気がする。この氷漬けにされたエリアは今も徐々に広がりを見せているらしい。
警部はこの状況に頭を抱えていた。そりゃあ俺の出番にもなる訳だ。
「住人はみんな非難させたんだが、今のところこの先全く何が起こるか予想出来ないんだ。悪いんだが……」
「任せてください。ここは俺以外には対処出来ないでしょう」
「おお!やってくれるか!助かる!」
俺が事件を引き受けると警部の顔がぱっと明るくなった。その顔を見て俺もニコっと笑って口を開く。
「警部と俺の仲でしょう、今更畏まらなくてもいいですよ」
さて、いつもの便利屋家業の始まりだ。いつの間にかこのやり取りもテンプレになってきたな。
凍った通りを歩くとその感触からそれが幻覚ではなく、物理的に冷やされているのを実感する。腕の便利デバイスを見るとその気温はー30℃を示していた。本来なら今日は25℃くらいの丁度いい気候のはずだ。白い息を吐き出しながら俺はこの現象を引き起こした犯人の痕跡を探し始める。
「流石スーツは冷気にも完全対応だな……氷の世界なのに全く寒くない」
-30℃と言う外気温をスーツは完全に断熱している。機能上は-50℃から500℃まで対応していると所長は豪語していた。ならばこの程度は余裕の範囲内だ。凍った町並みを歩きながら俺は人気のない街を声を上げながら歩いていた。
「お~い!誰かいないかー!」
氷漬けにされた無人のゴーストタウンはとても静かで俺の声もよく通った。
しかしこの声に反応する者はどこにもいない。どんどん歩いていくものの、見渡す限りの凍りついた無人の世界はまるで映画のワンシーンのようでひどく現実感がなかった。
「しばらく歩き回るしかないか……」
何の反応もなく、手がかりもないため、今ここで出来る事といったら歩き回る事くらい。俺はあちこちキョロキョロと目視で観察したり、便利デバイスの対人センサーを駆使したりしながら広い凍結エリアの中から氷漬けにした犯人を根気良く探していた。
「しかし誰が一体こんな事を」
凍った大通りには乗り捨てられた車が沢山放置されている。車は凍らせても逃げる人は凍らせなかったのだとしたら、犯人はそこまで悪人じゃないのかも知れない。
ただ得た力を実証したい為にこんな事をしでかしたと考えれば一応辻褄は合う。そんな事を考えていると頭上から声が聞こえてきた。
「おお、ヒーローさんがいらっしゃった」
「誰だ!」
声のした方向に顔を向けると、全身黒尽くめでフードを深くかぶった男が2階建て民家の屋根の上から現れた。その格好は現代社会においてあまりにも時代錯誤で、まるでコスプレのようにも見えた。ヒーロースーツを来た人間が言うのも何だけど。
「フフ……初めまして」
コスプレ男は俺と目が合うと不気味に笑って声をかけて来た。目が隠れて見えないだけでもその表情はかなり不気味に見える。
「俺を知っているのか」
俺の知らない相手が俺を知っている。この仕事を始めてそんな事ばかりでもう慣れたけど、考えてみれば特殊な状況だ。普通有名人にでもならなければそう言う状況にはなり得ない。まぁ、悪党から見れば俺は厄介な邪魔者で、有難くない意味で有名人になるんだろうけど。
コスプレ男は俺の考えを読んだのか自分側の常識をひけらかした。
「知ってるも何も……ヒーローさん、あんたは有名人だよ?」
「変質者に名前を知られても嬉しくも何ともないぞ」
そのコスプレ男の反応に気を悪くした俺は逆に男に言い返してやった。この言葉を聞いたコスプレ男はどうやら気分を害したようだ。
急にさっきまでの人を馬鹿にしたような口調から威圧するような雰囲気に変わる。
「この私が……変質者?」
「そんな怪しげな服を着て、しかもフードを深くかぶって……中二病かい?」
ヤツが変質者である理由を俺が説明するとコスプレ男はしばらく沈黙して――そしてそのまま屋根から飛び降りた。
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