シンクロ120%
第27話 シンクロ120% その1
次の日の朝、出勤した俺は所長の姿を目にして開口一番昨日の成果について尋ねていた。
「で、何か分かりましたか?」
「それなんだけど……」
この質問に彼女は奥歯に物が挟まったようなすごく言い難そうな答えを返して来る。その態度に少しイラッと来た俺はつい声を荒げてしまう。
「何か分かったならハッキリ言ってください!この件が有耶無耶のままだと俺……」
そこまで言って察しがついたのか、所長は俺の顔を見上げながら真面目な顔で口を開いた。
「業務に支障をきたす?」
「当然じゃないですか!敵のスーツの方が高性能だったら」
これは焦りなのか悔しさなのか正直自分でもよく分からない。今まで自分のスーツこそ最強だと思っていたから、その前提が崩れるのが怖かったんだと思う。
こう言う言い方でどのくらい伝わったのか不安な部分はあったものの、所長はこの質問にはハッキリとした言葉で答えてくれた。
「大丈夫、それはないわ」
「信じていいんですね」
この断言するような言い方は俺を安心させてくれた。この返事を聞いて興奮していた俺の心はようやく落ち着きを取り戻す。
安心した俺の顔を見た所長は何を思ったのか突然声をかけて来た。
「コーヒー、飲むでしょ?」
「あっ、はい」
それから所長はコーヒーを入れに給湯室に向かった。彼女の唐突なこの行為に俺はただ見守るしか出来なかった。やがて2人分のホットコーヒーを淹れた所長が戻ってくる。
「どうぞ」
「ど、どうも……」
俺は目の前に出されたコーヒーカップを何度か息を吹きかけて冷まして口に含む。舌に感じる独自の苦味が口の中に広がる。うん、悪くない。
「ブラック、飲めるんだ」
「どちらかと言うと微糖くらいが好きですけど」
「そっか、覚えておくね」
他愛もないコーヒー談義。彼女は猫舌なのかそのコーヒーをすぐには飲めないでいた。そこを突っ込むのも悪いと思い、俺はただ黙ってにコーヒーを飲んでいた。時間が経って所長もコーヒを口に含むものの、少し飲んでは止め、少し飲んでは止めとちびちびと喉に流し込んでいる。
それからしばらくの沈黙の後、彼女はスーツの開発の歴史を話し始めた。
「そのスーツは昔私が発見した理論に基づいて作られているの」
「え?」
前触れもなく突然話し始めたので俺はちょっと戸惑ってしまう。
でもきっとこの話が例の敵のスーツの話に繋がってくるんだろうと黙って彼女の話を聞く事にした。
「その理論はその後論文になって公表された……。多分敵は当時の私の論文からスーツを作ったのね。だから基本構造が似ている」
この話を聞いた俺は誰でも考えるであろう当然の質問を口にする。
「それじゃあこのスーツは誰にでも作れるようなものだったんですか?」
この質問は彼女の気を悪くしたようだ。急に声を張り上げて自分の主張を押し付けるように早口でまくし立てる。
「とんでもない!私の理論を忠実に体現出来るのは私だけよ。世界中の研究者がこの理論を基に様々な研究に取り組んでいたけど、スーツの実用化に成功した話なんて何処からも聞いた事がないわ」
「じゃあ、裏の世界には所長に匹敵する科学者がいたと?」
冷静に話を分析するとそう言う結果が導き出される。俺がそう言った後、所長は少し複雑な顔をしながら自身の見解を述べた。
「可能性だけを考えるならそう言う事ね。もしくは私のラボの研究者の誰かが裏切ったか……」
「該当者に心当たりが?」
開発スタッフが悪の組織に引き抜かれていたらそれは由々しき事態だ。俺は飲み干したコーヒーカップを机に置いて所長に問い質した。
「確かに研究段階で何人か辞めてはいったけど……そこまでは突き止められなかった」
「やばいじゃないですか」
昨日所長が焦っていたのはそのせいなんだろうと俺は思った。辞めた人間の足跡を辿るのは結構容易な事じゃない。
もし悪の組織に寝返る科学者がいたなら、簡単に見つかる場所に手がかりを残すはずがないからだ。これは結構根の深い問題なんじゃないかと俺は思い始めていた。
「ちゃんと調査は続行しているわ。もし裏切った人がいたなら必ず突き止める。それに……」
「それに……?」
所長が何かを言いかけて言葉をつまらせる。俺は釣られてオウム返しのように聞き返していた。すると彼女は自信満々な顔で口を開いた。
「君のスーツは2代目だから。こっちの開発は信頼のおけるスタッフを中心にしていて人員の欠けはないわ。情報はどこからも漏れていない」
所長の説明によればこのスーツは2代目らしい。と、言う事はプロトタイプの初期型があった事になる。2代目の安全を強調すると言う事はつまり以前は何らかの問題があったと言う事を暗に示唆していた。気になった俺その事について質問する。
「それって……第1世代の頃に何かがあったって事ですよね」
この俺の質問に所長は暗い顔になって一旦口をつぐんだ。それから残りのコーヒーを一気に飲み干して――それから改めて話し始めた。
「そうね……あの時は規模が大きくなり過ぎて、期待が大きかったんだと思う。表には出ていないけど」
「それが前に所長がほのめかしていた……」
ここまで話を聞いて俺は以前彼女が政府筋がどうとかと言っていたのを思い出していた。最初のプロジェクトは政府も関わるような一大プロジェクトだったのだろう。大きなプロジェクトは個人の研究と違って色んな思惑が重なって自由に研究が出来ない事もあるって何かで読んだ事がある気がする。
俺のつぶやきに所長は少し呆れ顔で話を続けた。
「よく覚えてるわね、そうよ、実験中に少し大きめの事故があって計画はしばらく凍結されたの。プロジェクトは一旦解体されて私は別の研究を……」
実験中の事故だって……!ここまで聞いて俺はその事故の詳細が知りたくなった。
けれど多分その事故は彼女にとって触れたくない部分に違いない。俺は溢れ出る好奇心を無理やり押さえつけて要点だけを口にした。
「でもスーツ研究を諦めた訳じゃなかった?」
「やっぱり夢は追いかけたかったのよ。自分の理論が形になるなら自分の手で成し遂げたいじゃないの」
所長の話からスーツ開発の歴史は何となく掴めて来た。表に出せない研究だなんてすごく怪しげな気がするけど、そんな事は今はどうでも良かった。
俺は今一番知っておかなくてはならない大事な事を彼女に質問する。
「じゃあもし敵のスーツが第1世代の再現だとして、俺のスーツとどんな違いが?」
この質問に対して所長は第1世代と第2世代のスーツの違いをまるで新製品のプレゼンをするみたいに身振り手振りを加えて語り始めた。
「第1世代は適合率がもっと高いのよ。その代わり不安定なの。簡単に言うとスーツを着ているだけで寿命を吸われ続ける……」
つまり第2世代はスーツの安全性が増したと言う事らしい。それはそれでかなり画期的な進化って言えるんだろうけど、俺にはもっと知らなければならない項目があった。それですぐに質問を続ける。
「それで、能力的には?」
「能力的には……そうね、実のところを言うと基本余り変わらないかも知れない……」
この所長の言葉には正直愕然としてしまった。だからあの時俺はヤツにいいようにあしらわれてしまったのか。
能力差がないのなら装備者の自力がもろに戦闘力の差に反映される。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます