第26話 ヒーローの休日 後編

 観察者はあの柱の陰に潜んでいるのか、それとも駐車している車の中から見ているのか、もしかしてあの監視カメラが実は――疑い出せばきりがない。

 警戒してそれで気が散ってしまうくらいなら、目の前のはっきり視認出来る敵から目をそらさない事の方が今は重要だろう。


「そうしてデータを蓄積して、より確実な障害の排除を目指すのです」


 マスクで顔が見えないものの、そのマスクの下で奴はドヤ顔になっているに違いない。声を聞くだけでそれは分かる。俺はこんなスーツまで作り出した敵について、その正体を問いただした。


「お前ら、一体何者だ」


「言ったでしょう、私の名前はキウだと」


 俺の質問に対して奴は見当違いな答えで返答する。わざと間違えているのはバレバレだ。舐められていると感じた俺は声を荒げた。


「お前の名前じゃない、所属する組織の名だ!」


「ふふ、知りたいですか」


 切れた俺に対して奴は飽くまでも余裕を持った態度で接してくる。いちいち癪に障る態度だけれど、これも心理作戦か何かだろうか?本来は冷静になった方がいいんだろうけど、頭とは裏腹に心がそれを止められなかった。


「当然だろう!そっちばかりが俺を知って、俺がお前らを知らないのは不公平だ」


「いいでしょう、お教えしましょう。私の所属する組織の名はセルレイス。言っておきますけど検索しても出て来ませんよ」


 ずっとはぐらかされるのかと思っていたら、今度はあっさりと自分の所属する組織の名前を白状した。勿論、これが本当である保証はどこにもない。

 しかし逆に嘘である証拠もどこにもない。俺はその組織の名前を忘れないように繰り返した。


「セル……レイス」


「はい、以後お見知り置きを。さて、機動力は分かりました。次は!」


 その時、俺は油断していたのだと思う。奴がそう言った次の瞬間、俺は奴の姿を見失った。ほんの一瞬の油断だった。姿を見失って気が動転した次の瞬間、奴は俺の目の前にいた。ガードする時間すら与えられなかった。

 体勢を整えようと後方に下がろうとしたその時、俺の腹を奴の拳が正確に打ち抜いていた。その打撃で俺の体は宙を舞う。


「うぐっ!」


「ほう、流石無敵のスーツと呼ばれるだけはありますね」


 10mほどぶっ飛ばされた俺は一瞬何が起こったのか分からなかった。このスーツは防御力は無敵のはずなのに奴の攻撃に簡単にふっとばされていたのだ。

 ダメージ自体は大した事なかったのは流石スーツの能力だとは思うんだけど、今までこんな事は起こらなかった。それにさっきの攻撃――キウは軽く殴っただけだった――全く本気で殴っていない。

 倒す気がないのか……。俺はゆっくりと起き上がりながら奴に質問する。


「何故だ、何故俺を狙う」


「あなたが邪魔だからですよ」


 多少対応が紳士的でも、やはり目の前の男は俺を邪魔だと感じる悪の代行者に違いなかった。こう言う存在を野放しにしていればやがて世界は奴らの自由にされてしまう。それを阻止出来るのは自分しかいない。

 そう考えると心の何処かから闘志の様なものがふつふつと湧いてくるのを感じる。


「俺しか対処出来ない……か」


「?」


 この俺の独り言に奴は唖然としている。ふ、次に隙を見せたのはお前だ!今度はこっちの本気を見せてやるぜ!


「ライトニングスマーッシュ!」


 俺はこの隙を最大限に活かそうと、現時点で自身最高の技を予備動作なしに一気に繰り出す。一点の光と化した俺の攻撃はしかし紙一重の差で避けられ、奴の頬をかすめる事しか出来なかった。スーツ越しに殴ったのだからヤツ自身は多分無傷のはずだ。


「おお、危なかった。ネーミングセンスはともかく、まともに食らっていたら流石の私もただでは済まなかったでしょうね。いやぁ、お見事」


「てめっ、ふざけん」


 自慢の技をあっさりと避けられ、更にこんな侮辱的な言葉をかけられてしまっては、誰だって気に障るに違いない訳で。俺の堪忍袋の緒は切れっぱなしだった。

 怒り100%の俺に対し、奴の方は余裕しゃくしゃくで全く俺を相手にしようとはしていない。飽くまでも冷静に言葉を続ける。


「さて、これで必要なデータは取れました。ではまたどこかでお会いしましょう」


 そう喋ったかと思うと、奴のスーツから謎の光が発生し――気が付くとその姿はどこにもなかった。まるで狐につままれたように、何の痕跡も残さずにひとりの男が目の前から忽然と消えたのだ。

 この現実に対し、俺はただ立ち尽くす事しか出来なかった。


「嘘……だろ……?」


 その間の時間は約45分。はっと気がついて時間を確認した俺はすぐに劇場へと向かう。鑑賞した映画はそこそこ面白かったものの、さっきの事がどうしても頭から離れず、作品を存分に楽しむ事は出来なかった。

 映画を観終わった後は、夕食としてまた同じセルフのうどん屋でうどんを食べてその日は帰宅した。折角貰った休日なのに十分楽しめない結果となってしまったのは本当に残念だった。



「どう?休日は楽しめた?」


「データ、取ってたんでしょう?」


「え?何の話?」


 次の日、事務所に出勤した俺は所長に昨日の事に対して対策を練るように話しを切り出した。スーツが起動すればその時点で所長の方にもそれが分かるようになっていたからだ。だからしっかり知っているものとして話し出したのに、何故か彼女はきょとんとした顔をしている。

 今更演技をする意味もないと思うんだけど――。この態度に所長がとぼけているんじゃないかと感じた俺はちょっとキレ気味に反応した。


「昨日の戦闘データですよ!敵も同じヒーロースーツで」


「待って、それってどう言う」


 こっちの真剣さが伝わればまともに取り合ってくれると思って大声を出したのに、当の彼女は何か取り乱した風な反応をしている。まさか、本当に昨日の事を把握していない?全て把握済みだと思っていた俺は彼女のこの反応に脱力してしまった。


「え?」


「昨日スーツを起動したの?こっちには何も……」


 この所長の言葉から昨日の事件を彼女は全く把握していない事が伺われた。いつもならドヤ顔で事の経緯を事細かく指摘する彼女が俺の言葉を聞いて今は困惑している。何てこった。これはタダ事じゃない。

 スーツの起動情報が送られていないと言う事はつまり、敵側のデータの解析がそこまで進んでいると言う事になる。俺は確認の為に所長にこの事について問いただした。


「そんな、スーツの情報はいつもモニターしてるんじゃ」


「ええそうよ。スーツが起動したらすぐにこっちにデータが送られてくる事になっている……まさかジャミング?でもそんな事って……」


 今まで所長の科学力は敵より一歩上を行っていると思っていた。だからこそ安心して戦っていたところもあったんだけど……。昨日の敵はそれをひとつ上回るレベルを持っていたと言う事になる。

 それに敵もスーツを持っていた。その能力も決して侮れないレベルのものだった。あんなのが今度本格的に俺の前に現れたら――。


 しかし俺が困惑する以上に所長の動揺の方が激しかった。しばらくは何を言っても言葉が耳に入っていない状態で無反応のまま。心配になった俺は所長に何度も声をかける。


「所長……?所長!」


「ごめん、今からちょっと出かけてくる」


 ずっと考え事をしていた所長は何かを思いついたらしく、素早く準備をしてどこかに出かけようとしている。この突然の行動に俺は驚いて彼女に説明を求めようとした。


「え、ちょ、ま」


「ユキオ君は書類整理でもしてて。時間になったら帰っていいから」


 所長はそれだけ言い残して素早く事務所を出て行ってしまった。取り残された俺は仕方なくその言葉通りに書類整理を続ける。こんな時に突然の仕事依頼の連絡が来たらどうしようと構えていたものの、幸いな事に今日はどこからも連絡は来ず、時間になったので俺も事務所を後にする。


 一体所長はどこに行ったんだろう。明日出社して会えたなら詳しい説明を聞かせて貰おう。出来ればしっかりあのスーツ男への対策が出来ていればいいんだけど。

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