第25話 ヒーローの休日 中編

「いきなり通帳の数字が増えても生活はそんなに急には変えられないなぁ」


 うどんを食べ終えて満足すると席を立つ。さて、今度はどこに行こうか。このショッピングモールはかなり広く、全部回ろうとしたならまだまだ長く楽しめそうだった。欲しいものを考え始めたらきりがないし、こう言うところで色々な商品を見続けているときっと余分な物も買ってしまうんだろう。

 俺は服屋で売られている服を触りながらつぶやいた。


「このささやかな暮らしが維持出来れば、それでいいや」


 このショッピングモールは映画館も併設されている。時間を潰すのに映画はとても便利な施設だ。俺は劇場で映画を観る事があまりない。何故なら決まった時間に観なくてはいけないため、中々都合が合わなかったからだ。

 けれど今日は休日で時間の都合ならこっちが合わす事が出来る。そう言う訳で足は自然に劇場に向かっていた。劇場前のスケジュールを見て観たい作品がないかチェックしていると、前からちょっと興味を持っていたアクション映画を上映している事に気が付いた。

 しかし現実は非常だった。俺は早速映画館の厳しい洗礼を受ける羽目になってしまう。


「あ、そんな……後10分早ければ映画を観られたのに」


 そう、その映画は10分前に上映が始まっていたのだ。昔の劇場ならともかく、シネコン方式の映画館だと上映後にその映画を観る事は出来ない。

 後悔先に立たずだ。時間に追われる普段ならここで諦めていたけど、今日は1日まるっと休日だから次の上映を待つ事にした。

 とりあえず先にチケットを買って俺は劇場を後にする。


「次は2時間後かぁ……暇を潰すかなぁ」


 ショッピングモールで暇を潰すとなると基本ウィンドウショッピングとかになる。まずは家電店で白物家電を堪能して、電池とか予備に必要そうな物を適当に購入する。それからまた別の服屋に行って最近の流行についての認識をアップデートした。


「服を見ても何も分からんなぁ。今ある服が着れるからやっぱいいか」


 何着か服を買おうとも思ったものの、値札と相談すると簡単には手を出せない。貧乏時代に身についた癖が購入をとどまらせていた。服屋を出て時間を確認すると、まだまだ次の上映時間までには間があったので今度は書店に寄る事にした。


「最近通ってなかったら並んでる本がさっぱり分からなくなってる……」


 俺は基本的に店で余り長居する性分じゃない。書店も本好きならここで2時間、3時間いても平気だったりするんだろう。

 けれど、そう言うのが俺には出来なかった。基本的に欲しいものがあってお店に寄る性分だから、それがなければそこに用事はない。平積みの本の表紙をざっと眺めて興味を抱かなかったらそこで探索は終了だ。

 あっさりと書店を出た俺はふと目に入ったフードコートのクレープ屋さんでクレープを買った。買ったのはメジャーないちごクリームのクレープだ。


「うーん、つい買ってしまった、でも美味しいな」


 実はこう言う場所でひとりでクレープを買うのは初めての経験だった。貧乏時代はクレープでさえ高級品だったから仕方がない。クレープを堪能した後、結構歩き回ったのでかなり暇を潰せたかなと改めて時間を確認する。


「ああ、まだ1時間しか経ってな……」


 時間を確認すると無情にも自分の想像以上に時間の経っていない事が分かった。この時、自分を見張っている何かの存在に気付く。自分の直感の正しさを証明すべく、そのまま俺は人気のない場所に歩いていく。背後の影はやはり忠実に俺の後をつけて来ているようだった。

 平日であまり埋まっていない駐車場まで辿り着くと、俺は振り向いてこの謎のストーカーと対峙する。


「やあ、僕のファンかな?プライベートはサインしない主義なんだけど?」


「ふふ、私に気付くとは流石ですね」


 暗闇から姿を表したのは少し小柄な紳士だった。帽子を深々とかぶり、きちっとした身なりをしている。怪しいと思わなければ決して怪しまれない容姿だ。

 もしかしてこいつが俺をずっと嗅ぎまわっていた人物の正体なのだろうか?今までの敵の事を考えれば目の前の男が戦闘員だとはとても考えられなかった。

 何にせよ油断は禁物だ。そこで俺はまずカマをかけてみる事にする。


「まさかそっちから姿を現すとは思ってなかったよ。えぇと、あなたが俺を調べていた?」


「惜しい、私は情報を受けて君をチェックしていただけです」


 どうやら俺の推理は外れたらしい。この言葉が正しければ、この男もまた誰かからの報告を受けて動いていたに過ぎない事になる。一体俺を調べているのはどこの誰なんだ……。

 それはそれとしてこの男の正体が気になる。警戒をしながら俺は話を続ける。


「何だ、そう言う事か。じゃあ改めて聞くけどあなたは……?」


「失礼、自己紹介がまだでした。私の名前はキウ。こう言うものです」


 男はそう言うと一旦胸に両腕を当てて、素早く振り払った。次の瞬間、男の全身から眩い光が発生する。その光にやられないように俺はとっさに腕で目をガードする。光が収まって改めてまぶたを開いた時、そこにいたのはヒーロー姿の男の姿だった。


「な、何ィ?!」


「変身は何もあなただけの専売特許じゃないんです」


 変身した俺のスーツ姿とそっくりな姿をした男はそう言い放つ。まさか敵にも俺と同じような存在がいただなんて。流石によく見ると細部などは俺のスーツとは微妙に違っている。紫を基調としたその色合いもまた悪の組織っぽい。

 これが見た目だけ似ているのか能力までそっくりなのかはやはり見ただけでは分からない。ただ、このキウと名乗る男の話しぶりからは、俺に対する挑発以外の意思を感じ取れなかった。


「くっ……」


 リングを付けて歩くのが癖になっていて助かった。俺は少しタイミングが遅れたものの、すぐに対抗して変身する。もし目の前の男のスーツが似たような性能を持っていたとしたなら、決定的な攻撃力を持ってない俺の方が不利かも知れない。

 俺のスーツ姿を見たキウは感心するように言葉を漏らした。


「ほう、流石ですねえ」


「何が目的だ!」


 上から目線のその言葉に俺は少し気を悪くした。この言葉遣い、まるで敵の幹部みたいじゃないか。もし本当にそうだとしたら、目の前の男は相当の実力者と言う事になる。いきなりそんな実力者が現れたのだとしたら――俺はスーツの内側で冷や汗を流していた。


「本当、休日を楽しんでいる所、申し訳ありません。別に今日は接触する気はなかったのですよ」


「じゃあ今日の所は帰ってくれると嬉しいなぁ。休みをエンジョイしたいんでね」


「ですが、こうして出会った以上、はいそうですかと引き下がる訳にも行きませんから……少しだけ付き合ってもらいましょうか」


 キウはそう言うといきなり俺に向かって殴りかかって来た。その早さは今まで見たどの敵よりも早かった。ただし、その攻撃は予測しやすい直線型。

 俺は紙一重で奴の攻撃を避け追撃に備える。


「くっ……」


 しかしこの攻撃、どこかおかしい。この一連の動作から見て奴は格闘技経験者。つまりもっと複雑な攻撃が出来るはずだ。なのに何故馬鹿正直にフェイントも使わずまっすぐ攻撃して来たんだ?自分の早さを見せびらかすためか、それとも――。


「早いですね。データ以上だ」


「そのデータは……」


 データと言う言葉を聞いて俺は戦慄する。やはり俺の戦いは何者かによって記録され、そして解析されていると。そしてその情報は俺を敵とみなす組織に共有されている。一体その闇のネットワークはどこまでの広さを持っているって言うんだ。

 もしかしたら敵のこのスーツもまたその解析の結果、生み出されたものなのかも知れない。どこかで見ているであろうその存在を早く潰さない限り、俺は常にピンチに襲われ続ける事になる。


「私達裏の者ならみんな共有していますよ。この戦いもね」


「ど、どこだ?」


 キウの言葉に俺は周囲を警戒する。この言葉のせいで誰も居ないはずの地下駐車場がまるで不気味なダンジョンのようにも見えてしまうのだった。

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