ヒーローの休日
第24話 ヒーローの休日 前編
「あれ?」
「何?」
給料日になったので給与明細を見た俺はその数字に違和感を覚えていた。先月と全然違う。まず桁が違う。普通なら黙って頂くものは頂けばいいとも思うんだけど、何かの間違いだった時が怖い。それに俺は一応ヒーローなんだし、確認はしないとね、うん。
「これ、おかしくないですか?何で」
「いやぁ、だって敵っぽいのが出て来たでしょ」
「はぁ……まぁ……」
所長のこの話しぶりから、この給料は正規の物である事が伺えた。その理由としては対峙する敵が危険を伴うものになったからだと言う事のようだ。
それはまぁ分かるんだけど、まさかこんな形で還元してくれるとは思わなかった。
「最初は想定してなかった訳よ。こんな危険な事になるなんて」
「それで、ですか……」
例えるならバイトで雇ったら会社のピンチを救ってくれたのでその分の報酬を出す、みたいな感じだろうか。働きに対して正当な報酬を出してくれると言う点でここは結構ホワイトな職場だったんだな。こう言うのは期待していなかっただけに嬉しい。お金の為にヒーローしている訳じゃないけど、やっぱり評価って大事だよね。
「まだ不服だったら言ってね、検討するから」
「いやそんな……それにこう言うのって基準とかないし」
「だよねぇ~。でもあなたにしか出来ない事だから本当はもっと良い待遇にしなきゃなのかも」
給料、桁が増えただけでも高待遇過ぎると思ってるのに、それ以上って……。自分の活躍ってそこまでの価値があるのか――正直まだ全然ピンと来ない。
元々低所得に慣れきっていたからなぁ……。確かにお金持ちって言われる人達は信じられない程の給料をもらっているけど。
でもいい機会だから、聞いてもらえなくても多少の我儘くらいは言ってもいいのかな?
「そうですよね~。代わりがいないから休みも取れないし……悪は神出鬼没だから」
俺のこの発言はちょっとした冗談のつもりだった。自分にしか対処出来ない敵が出現し始めた以上、休みなんて取れるはずがない。分かった上での自虐的発現だったんだけど。
この言葉を聞いた所長はそうは思っていなかったらしい。
「そうだ!じゃあ休みましょ、そうだよ!ヒーローにも休日は必要だよ!」
「休みって……。ああ、警察の非番みたいなやつですか」
俺はこの所長の言葉を聞いて一瞬喜んだけど、すぐに現実的な思考に戻っていた。冷静に考えても敵の予定が分からない以上、完全な休みが取れるはずがない。
それに非番状態でも休みには違いないし、ないよりはあった方がいい。敵も出現するとは限らないし。
そんな俺の様子を見つめながら所長は真剣な顔をして話を続ける。
「いつお声がかかるかって気構えてたらしっかり休めないでしょ!完全な休みだよ!」
「いやだって休みの日に敵が現れるかも知れないし……」
所長は完全な休日を俺に与えようとしているらしい。そりゃそんな休日が取れるならそれが一番だけど――。
でも現実的には敵が出てきたら戦わないと!ヒーローが休みだから今日は戦えませんなんて言ったらそれこそ悪の好きにさせてしまう。
そう言う訳で俺が求めても無理には求めないって態度に出ていると、所長はニヤリと笑ってまた独自理論を展開させて来た。
「大丈夫よ、ああ言うのは法則性があるんだから、今から計算してみる。それで一番確率の低い日が休みね、今決めた!」
「ああ……はい」
こうなった所長を止める事は出来ない。俺は適当に相槌を打って彼女の言葉に従う事にした。休みがもらえるのは嬉しいし、その日敵が全く出なければそれだけで儲けものだ。
計算が外れてもその時はその時で臨機応変に対処すればいいし、この事で自分に悪い事は何ひとつなかった。
それから所長は敵が出ないであろうそんな都合のいい日を計算して、俺はその日に休む事になった。厄介な敵が出るようになってから初めてのまともな休日だった。
「じゃあ明日は休みね!ゆっくり休んで」
帰り際にそう声をかけられて、俺は戸惑いながら事務所を去った。明日は休み。それは喜ばしい事だけど、久しぶりに羽を伸ばせるけれど――一体何をして過ごせばいいんだろう?確率が低いだけで敵の出てくる可能性は十分にある。果たして俺はしっかり休めるだろうか……。
その日の夜は安心出来るような、不安が残るような、そんな微妙な気持ちで床についた。慣れていないから仕方がないな。
チチチ……。チチチ……。
「うーん、いつもの時間に起きてしまった……」
休み慣れていないと大抵の人はそうなると思うけど、俺もまた休みだと言うのにいつもと同じ時間に目が覚めてしまう。体に染み付いた習慣とは本当に恐ろしいものだ。目が覚めた俺はつい癖でその腕を見つめてしまう。
「このリングを装着しているのは……職業病かなぁ」
実は変身リングは簡単に外す事が出来る。当然ながらこのリングを外せば変身は出来ない。休みだと言われてもこれを外す事は不安で出来なかった。
大体、いつお呼びがかかるか分からないのに外せる訳がない。すっかりヒーローが体に馴染んでしまったなと俺は自虐的に笑った。
それからする事が特に思い浮かばなかった俺はとりあえずテレビのスイッチを押す。見慣れない時間に放送している番組はやはり慣れなくて、テレビはすぐにスイッチを消した。代わりにする事と言えば――。
「テレビも面白くないし、ネットを見て過ごすだけなのも不健全だし……」
ネットは暇潰しの宝庫だ。気になる事柄をクリックしていけば多分かなりの時間を消費出来る事だろう。
ただ、貴重な休みの時間をそう言う事だけに使っていいのかと考えれば、後で後悔する可能性が非常に高かった。ネットは空いた時間があればいつでも出来る。今この時間にしか出来ない事をした方がきっと有意義に過ごせるだろう。
しかし何をすれば有意義に過ごせるのか、何も見当がつかない。今すぐに出来る事と言ったら――。
「外にでも……出てみるか」
朝の空気を楽しむのも、今しか出来ない事のひとつには違いない。俺は布団から起き上がるとすぐに出かける準備をした。軽い散歩のつもりだったのでラフな格好をして住んでいるアパートを後にする。
快晴の空の下で何の気負いもなく歩くその開放感は久しぶりに感じるものだった。
「うーん、世は全て事もなし……かぁ」
歩きながら背伸びをして、俺は朝の空気を思いっきり肺に取り込んだ。近所は結構治安も良くて道も綺麗で、散歩するだけでも気分をかなり良くさせてくれた。道を歩く人も多く、誰かとすれ違う度に俺は会釈を繰り返す。ああ、こう言うのもいいなぁ。
気の向くままに歩いていると、スーパーの駐車場に車の移動屋台が店を出しているのが見えた。俺は興味を持ってその店に近付いて行く。
「おお、屋台のたこ焼きだ。こんな所に出してるんだなぁ」
屋台のたこ焼きなんて久しぶりだ。懐に余裕のない頃は贅沢品だと思って食べられなかったな。俺は貧乏時代を思い出しながらその屋台でたこ焼きを1パック購入した。熱々のたこ焼きはちょっと懐かしく、そして美味しかった。
ささやかな幸せを味わった後、俺はショッピングモールへと向かう。特に買いたい物がある訳でもなかったけど、見て回ればきっといい暇潰しになるだろうと、そんな軽い気持ちだった。
開店直後のショッピングモールは人もそんなに多くなく、快適に各店舗を見て回る事が出来た。服屋、雑貨屋、100円ショップ、書店、食料品店そして数多くのレストラン……。じっくり見て回ると結構時間も過ぎていた。
お腹もすいてきたのでどこか適当なところで食事をすまそうと多くの店を回るものの、結局選んだのは食べ慣れているフードコートのセルフのうどん屋さんだった。自分で様々な具をトッピングしたぶっかけうどんをテーブルに乗せて、箸を割りながら俺は一言こぼす。
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