第29話 シンクロ120% その3

 男の風になびくマントがちょっと格好良く見えたけど、それを口にすると調子に乗ってくるだろうから黙っておこう。2階建ての民家とは言え、その屋根の上だから高さは6mはあるはず。そこから飛び降りたと言うのにコスプレ男は平然としている。体を鍛えているのか、それともあの服装が特殊なのか――雰囲気から言うと後者だろうか。

 飛び降りたコスプレ男は埃を落とすような仕草をして落ち着くとおもむろに口を開いた。


「これは我が組織の正装だよ。この良さを分からないとは……」


「ところでお前は何者だ?」


 敵が目の前に来たところで改めて俺はヤツに名前を尋ねた。自分の存在は知られているようだから、こちらから自己紹介する必要もないだろう。

 名前を聞かれたコスプレ男はまたしても不気味な笑顔を見せると躊躇なく語り始める。


「おっと失礼、自己紹介がまだだったね。私の名前はローグ。MGS所属の魔術師だ」


「MGS?」


 ローグと名乗るその男の口からまたしても謎の組織名が飛び出した。俺がその言葉に疑問を抱くと彼は続けて自身の組織の事を自慢げに口にする。


「ま、簡単に言うと超能力者や魔術師、そう言った類の能力者が集まって出来た組織だよ」


「その組織の魔術師がなんでこんな事を?」


 お約束のようになってしまったが、この質問は大事だ。動機が分かれば対処の仕方も分かる。今のところ、こいつは他の悪の組織より話が通じそうだった。

 しかし次にヤツの語った言葉を聞いて、俺はそれが幻想だと知る事になる。


「簡単な事だ。力を有効に使って対価を得るためさ。デモンストレーションの意味もある」


「こんな力を欲しがる組織なんて……」


 力のデモンストレーションの為に犯罪行為を平気で行う組織にまともな話が通じる訳がない。そう言う力を欲しがる組織もまたまともである訳がない。

 俺は目の前のこの男もやはり倒さねばならない敵だと判断した。ローグは更に話を続ける。


「これでも結構需要はあるんですよ?そして君を倒せば更に価値は上がる……」


 そう口にしたヤツの顔は不気味に歪んでいた。相変わらずフードは深くかぶられていてここから目は見えない。格好をつけているのかそれともその態度で十分だと思っているのか――どちらにせよ目の前の相手に敬意なんてこれっぽっちも持っていない事だけは明白だった。


「舐められたもんだな、そんな簡単に行くとでも?」


 俺の言葉を聞いたローグはフッと軽く笑うといきなり両手を前に出して来た。突然のこの行為に俺は警戒を強める。


「氷結の風!」


 ローグのその言葉を受けて風が起こり、その風が氷の刃となって俺に向かって降り注いで来た。


「うぉっ!」


 俺は素早く物陰に隠れてその風をやり過ごす。流石街の一区画を丸ごと氷漬けにする能力を持つだけあって、その冷気の攻撃は強力だった。あの風に当たればきっとこの街の風景のように俺も氷のオブジェにされてしまうのだろう。


「私の力で氷漬けになれば君もただでは済むまい!」


 ローグはそう言って自分の能力を自慢げに説明する。ヒーロー対魔法使いのバトルはこうして幕を上げた。

 まずは敵の攻撃を詳しく把握する事だ。その為には多少危険だがギリギリまで近付いて本質を見極めるしかない。俺は姿を現してヤツを挑発するように言葉を投げつける。


「ならば当たらなければいい!」


 俺のこの挑発にローグは簡単に乗って来た。どうやら自分の力にかなりの自信を持っているようだ。


「風を避けるのは不可能ですよ。雨を避ける事が出来ないようにね!」


 今度はノーアクション、ノー呪文で力を発動する。事前動作なく発生した氷の風は接触するもの全てを氷漬けにする。既に凍っていた街路樹などの氷が風に当たって、更にその分厚さを増加させていた。

 危険を感じた俺は風が当たる前に素早くまた物陰に隠れて様子を伺う。


「くっ、近付けない」


 この非常識な攻撃を前に俺はどう行動すればいい?ピンチになればなるほど俺の頭は冴え渡る。すぐにひとつの仮説が思い浮かんだ。

 敵が魔法使いでもその攻撃はその意志で行っている。つまりヤツの気を逸らせる事が出来れば勝機はあるはずだ。

 気を逸らす方法はなんでもいい。何かないかと周囲を見渡すと道端に転がっている石が目に入った。


「えいっ!」


 石を拾った俺は物陰に隠れながらヤツ目掛けてその石を放り投げる。

 しかし石はローグの手前1mで急激に氷に覆われ地面に落ちた。まるでそれは見えない結界が張られているかのようだった。この俺の行動をローグは鼻で笑う。


「はっ!投石とはまたヒーローらしくない攻撃ですね。それくらいしか抵抗出来ませんか?」


 石を投げても自動で防がれるなら、それで気を逸らす事なんて出来ない。投石はいい方法だと思ったものの、使えないんじゃ意味がない。ここで俺は今もこの様子をモニターしているであろう天才少女に助言を求める事にする。


「所長、何か手はないですか」


「敵の攻撃が非科学的過ぎるわね……そうだ!今までもこんなピンチはあったじゃない、敢えて敵の罠にかかるって言うのも……」


 この彼女の作戦とも言えない作戦について、俺はある条件をが満たされるならそれを実行すると彼女に伝える。


「氷漬けになっても復帰出来るんですよね?出来るならやりますよ」


「それは……ごめん、断言出来ない」


 ある意味予想通りの答えが返って来て、俺は用意していた台詞を口にした。


「じゃあ却下です。この若さで死にたくない」


 そんなやり取りをしている間に、ローグはこちらに向かって歩き始めていた。その間も常に風を発生させて辺りの氷を分厚くさせている。


「そっちが来ないならこっちから行きますよ」


「くそっ、向こうは余裕たっぷりかよ……」


 万策尽きた俺はもっと根本的な対処方法はないかと考えていた。魔法には魔法的なもので対抗するしかない。きっとそう言う攻撃なら有効なはず。


「氷にはやっぱり熱だよな……」


 俺は今までスーツがどんな時に能力を発揮するのか思い出していた。ピンチの時、俺の必死な想いは必ずスーツに伝わっていた。スーツが応えてくれた。

 そう、イメージの具現化、それこそがこのスーツの真の能力。たとえこの考えが違っていたとしても今はそれに縋るしかなかった。


「熱血イメージ!」


 俺はひたすら炎をイメージしていた。これまでの戦いで多少スーツの力を引き出せてはいたものの、ここまで具体的にエネルギーそのものを強く念じた事はなかった。

 でも何だろうな、きっとうまく行く、そんな気がしていた。


「来い来い来い来い!」


 具体的に具現化させる為に炎のイメージを拳に集中させる。すると段々熱いエナジーが右拳に宿っていく感覚を覚え始めた。視覚的イメージと共に熱量的なエネルギーも感じられる。これなら行けると俺はこの力で勝負に出る事にした。そうして不意をつく為に一気に物陰から飛び出した。


「むっ!何だ?」


 ローグはここで俺が飛び出すとは思っていなかったらしく、一瞬動きが止まった。チャンスは今しかない!


「熱血パーンチ!」


 炎を宿らせた俺の右拳が結界を焼き切ってヤツの頬をかすめる。よし、効果あった!これなら行ける!

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