第19話 恐るべきバイオテロ その2
「敵について、本当は何か知っているんじゃないですか?」
「知らないわよ、今のところは」
やっぱり普通にしらを切られてしまった。大体、ヒーロースーツの開発と言い、活動していたら悪の存在が出てくるといった発言と言い、所長の行動には謎があり過ぎる。一番の謎はしっかり悪の組織が出てきたと言うのに正体を探る事に消極的過ぎると言う事。
あなたがそのつもりなら俺にも考えがありますからね。俺はその意志を伝えるために宣言した。
「今後の対策を立てるためにもしっかり調査しましょうよ。所長が調べないなら俺だけでも」
「それ、ただ働きになるわ。ただで仕事はしない主義なの」
「依頼がないって言うんですか!絶対警察だって……」
ここまで異常事態が続いて、怪人やら怪物やらまで出て来て、警察から捜査協力の依頼がない?ヒーローは斡旋するくせに?ここで素直にその話を信じられる程俺は純粋ではなかった。所長の持つ技術力は絶対捜査の役に立つはず――そしてそれを警察が知らないはずがない――。俺が想像力を働かせながらこの状況を理解しようと頑張っていると、彼女の方から意味深な言葉が発せられる。
「その警察が私達に情報を与えるつもりがないのだとしたら?」
「そんな……そんな訳が……」
まさかの警察内部に不穏な動きがある発言来たー。そう言うのこそ漫画とかドラマの見過ぎだと俺は思うんだけど……。世の中どんな組織も一枚岩じゃないし、可能性だけで言えば有り得ない話じゃない。ただ単に警察がそのメンツにかけて外部の協力を拒んでいるだけなのかも知れないし。
いや、多分真相はそっちの方が近い気がする。ここの探偵社はまだ生まれたばかりで信用も何もないし。ただ、色々話して気が済んだ俺はいつの間にか憑物が取れたようなスッキリとした顔になっていた。その顔を見て安心したのか所長はニコっと笑って話を続ける。
「まぁ今後依頼があったらそれとなく探ってみるから。外回りの方は任せたわよ!」
「ええ、全力で当たらせてもらいますよ!」
何だかうまく言いくるめられたような気がしないでもなかったけど、俺は所長の言葉を受けて書きかけだった事務仕事の続きに戻った。
実際、ヒーロー業務をするようになって許可申請とかやたらと書かなきゃいけない書類が増えていた。表で派手に活躍する分にはヒーローは格好いい仕事だけど、裏に回ると結構地味な作業の繰り返しなんだなぁ。現実は何でもそんなものだね。
「フハ、フハハハハハ!」
おびただしい死体の中で笑う男がひとり。この惨状は彼が招いたものだろうか。現場は毒に満たされ、倒れた人間はみんな中毒死のようだった。
そこは街のゴロツキ達の集まる裏通り。だからまだ普通の人はこの事に全く気付いていない。男は、そう、まるで科学の実験をするように、吹き溜まりに集まったこの善良でない人間を何の良心の呵責もなく淡々と殺していたのだ。
「今度の毒も実に良い、全く、計算通りでつまらないくらいだ」
男は死体の山の上に立ち顔を手で覆いながらそう言って不敵に笑う。それからひとしきり自分の成果を確認すると、軽い足取りで闇の中に溶けるように消えていった。この犯行を目撃した者はいない。なぜなら犯人の男以外は皆死んでしまったからだ。
事件発生から3日後、ようやくこの事件は表沙汰になった。ただ、被害者が全員身寄りのないゴロツキ達だった事もあり、世間からの注目度は低かった。
残留していた毒素もその頃にはすっかり消え去っており、仲間同士で殺しあったのではと言う噂で持ちきりにもなった。
「おい、こりゃ一体どう言う事だ?」
「分かりません、ただこれは事故じゃありません、故意に起こされたものです」
現場検証に当たった警察もこの事件の真相に迫れずにいた。死んだ男達に外傷はなく、みんな一様に苦しんで死んでいる形跡もあり、死因が毒物だと言う事まではすぐに特定出来たものの、その毒物の正体はさっぱり分からずじまいだったのだ。
「バイオテロだとでも言うのか……」
現場検証にあたった刑事達はその証拠の少なさに空を見上げて途方に暮れていた。
事件が謎だらけだった事もあり、その後のマスコミの食いつきもあまり良いものではなかった。被害者が街のゴロツキ共だと言うのも関係しているのだろう。自分の起こした事件が余り注目されていない事を知ると、犯人の男はすぐに不機嫌になった。
「ち、まだ大きな騒ぎにならないか。ならばもっと派手な事をやってやるぜ!」
事件を起こして注目されたい男の次の標的は市民を対象にした無差別テロだった。これならばきっと世間は大騒ぎになる!男は早速浄水施設を目指して行動を開始した。施設に忍び込んだ男は最初から大きな事件を起こしても面白くないと思い、徐々に毒を強くしていこうと、まずは水を飲んだ市民が3日程腹痛に苦しむ程度の毒を仕込んで施設を後にした。この事件はすぐに苦情を通して警察の知るところとなる。
「警部!各所で水道が汚染されているとの報告が!」
「人員を各所に適切に配置して犯人の足取りを追え!小さな手がかりも見逃すな!」
襲ったのが浄水施設と言う事もあり、監視カメラの映像などから犯人の足取りはすぐに判明した。もしかしたら男は自分の居場所を知らせるためにわざと目立つ行動をしていたのかも知れない。犯人は廃墟となったビル一階の広い駐車場にいた。
居場所を突き止めた警察官がまずひとり犯人の元へと向かった。勿論応援は要請済みである。
「へぇ……この街の警官もなかなか優秀じゃないか」
警察官が現場に辿り着くと、そこには粗大ごみの中から引っ張り出して来たボロボロだけど高そうなソファーに座った男がひとりふんぞり返っていた。
手口が手口だけに複数の犯人像さえ想定していたのに実際にはそこにいたのはたったひとり。警察官は警戒して銃を構えながら男に近付いて行く。
「貴様がこのテロを引き起こしたのか!」
「そうだよ、正解」
警察官の言葉に男は全く悪びれもせずにそう答える。その口調はどこか得意げにも聞こえた。この犯人の態度に何か不気味なものを感じた警察官は警戒を解く事なく慎重に犯人に近付いて行く。緊張感で体が震えるのを何とか抑えながらゆっくりと……。
「応援を呼んだ、大人しくしろ!」
この警察官の口から発せられた応援と言う言葉を聞いて男は嬉しそうににやっと笑った。それはゾクッとするような冷たい笑顔だった。
「人が集まってくれるのかい?それは嬉しいなぁ」
「貴様、何を……」
この犯人の男の言葉の真意を測りかねた警察官は戸惑っていた。何を考えているのかさっぱり分からなかったからだ。怯えるでもなく喜々として応援の警察官の到着を待つその姿に何かを企んでいる事は容易に想像出来た。ただ、何をしようとしているのはさっぱり見当がつかなかった。
「ギャラリーは多い方が良いからねぇ」
男はそう言うと座っていたソファーからゆっくりと立ち上がった。この行動に後一歩まで近付いていた警察官は警戒して少し後ずさりしてしまう。
慎重に行動していた為に犯人に中々近付けないままでいると、やがて応援の警察官が現場に次々に到着する。その数は総勢25名にもなった。
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