恐るべきバイオテロ

第18話 恐るべきバイオテロ その1

「あのさぁ」


「何でしょうか?」


 事務所で書類作業をしていたら急に所長が俺に話しかけて来た。彼女はいつも脈絡もなく突然話しかけてくる。一体今回の話題は何だって言うんだろう。

 俺は書類を書く手を止めて所長の方に顔を向ける。彼女は作業しているPCからヒョイッと顔を覗かせて、いつになく真面目な顔をしながらこう言った。


「前から思ってたんだけど熱血スマッシュって名前、ダサくない?」


「う……」


 真面目な顔をしていたから何かまともな話題が飛び出すのかと思ったら、他愛もない話題で俺はちょっとがっくりと来た。そりゃヒーローにとって必殺技って言うのは大事なもので、軽く名付けられない要素があるのは分かっている。

 でもあの時はそんな事考える余裕なんてなかったし、そもそも技の名前って普通自分がつけるものじゃなくて、技を授けた側がつけるパターンがセオリーなのに。

 そりゃ、自分にネーミングセンスがあるならそれが一番なんだろうけど……。所長の言葉は俺にそのセンスが無い事を堂々と口に出しているのと一緒だった。ま、自覚はあるけど。


「やっぱ必殺技はさ、かっこ良くないと。ただのパンチでもかっこい横文字名前とか難しそうな四字熟語とかそんな名前だと雰囲気違うじゃん」


「正直、技名叫びながら攻撃する必要も本来はないと思うんですよね」


 所長の言葉はヒーロー論として正しかった。正しくて何も言えなかった。だから俺は一般論の話をしてその話題から逃げようとした。

 けれど所長はそんな俺の姑息な手段を決して認めようとはしなかった。


「何言ってるの!あなたはヒーローなのよ?腕利きのスナイパーじゃないの。技名は重要よ!」


「じゃあ何か考えてくださいよ。それ覚えますから」


 あんまり熱く語る彼女を見て、こりゃ自分に名前を付けさせろと言う要望なのだなと察した俺は所長の望む通りの回答をする。

 これで彼女もきっと満足するだろう。俺としては名前なんて何でもいいんだから。世の中結果が全て。パンチで世界を救えるなら拳を振るうだけだ。


「ふふ……、言ったわね。覚えてなさい。すっごいかっこいい名前を考えてあげるんですから!」


 命名権を手に入れて所長は不敵に笑っていた。彼女の事だから叫びにくい恥ずかしい名前にする事はないと思うけど……この時、一抹の不安を覚えたのも確かだった。

 これで話が一段落ついたと言う事で、俺は話のついでに自分の聞きたい事を聞いてやろうと画策する。望みが叶って機嫌のいい今の彼女ならもしかしたら話を聞いてくれるかも知れない。


「えっと、それはそうと」


「何?」


 良し、話に乗って来た。いつもはすぐに面倒臭がるからなぁ。このままするっと色々聞き出してやろう。今なら行ける!これなら関係ない話題から攻めるような様子見はしなくて良さそうだ。最初から本題を突っ込んでいくぞ。


「もっとスーツの事を教えて下さいよ。技だって殴るアレだけって事はないでしょう?」


「勿論よ!」


 俺の言葉に所長は自信満々に答える。おお、今日は彼女機嫌がいいみたいだぞ。それじゃあもっと突っ込んだ話題を投げかけよう。いつも無視されるんだから、俺はここぞとばかりに攻めの質問を続ける。


「じゃあ何が出来るんですか?目からビームでも出せますか?」


「目からビームぅ?あなた漫画とかの読み過ぎじゃないの?」


 あ、攻め過ぎた。現実的でない話題は所長には禁句だったか。一応彼女も科学者だからファンタジーにはあんまり理解がないんだよな。

 でも、ここで怯む訳にはいかないぞ。何せ敵がどんどん強くなる中で俺だってそれに対抗していかなくちゃならないんだから。

 まずはこちら側の要望を出して会話のトリガーにするか。


「必要最低限、飛び道具のひとつは欲しいんですけど。そう言えば武器はまだ出来ないんですか」


「強力な敵が出て来たからね、今も必死にやってるわよ。強過ぎるとまた政府筋とかが厄介な事を言い出すから」


 俺の言葉に所長は今までに言っている言葉をまた繰り返していた。聞き慣れない追加情報も口にしながら。聞き慣れた言葉を反芻しながら俺はその初めて聞いた言葉をしっかり聞き取っていた。早速事その言葉の意味を聞かなくては。


「また?前に何かやらかしたんですか?」


「そこはトップシークレット。あなたは知らなくていい事よん」


 俺の質問は鋭いところをついていたのか、その事について所長は何も話してはくれなかった。話してくれなくても予想は出来る。きっとこうだ。

 スーツの開発には政府筋とかの大きな規模の協力なり要請があったと。

 けれどその開発工程で何か大きな問題が発生した。それで最初のプロジェクトでは表に成果を発表する事が出来なかった。


 これ、想像だけど結構いい線いっているんじゃないかな?だとすると当時の所長は今より若い事になる訳で……俺は頭に浮かんだ疑問を口に出さずにはいられなくなっていた。


「つまり過去に何かあったと。所長!一体あなたは何者なんですか!ネットでも何ひとつヒットしないし!」


「あらん?私の過去を知りたいと?」


 俺の言葉に所長は誤魔化すように返してきた。まだ17歳の少女の色気なんてたかが知れている。俺はそんな彼女の表情を微笑ましく思って見ていた。

 俺のその表情を見て所長は誤魔化しきれたのかと思ったのかニコニコと笑っている。俺はひとつため息を吐き出すと、真面目な顔をして所長に本当の事を話してくれるように急かしてみた。


「所長が秘密主義過ぎるんです。その若さで各方面にコネクションがあるし、このスーツだって……どうなってるんですか」


「今はまだ秘密。でも時が来たらちゃんと説明してあげるわ」


「それ、本当なんでしょうね」


 所長、今秘密にしている事はこれからもずっと隠し通すんじゃなくて、いつかは話す気があるらしい。俺としてはそんな彼女の意志が確かめられただけでもこの会話をして良かったと思った。今はまだその言葉がちょっと信用しきれない部分もあったりはするんだけど。

 俺が微妙な顔をしていると、その顔を見ていた彼女がずいっと身を乗り出して話しかけてきた。か、顔が近い!


「嫌なら辞める?今更辞められないでしょ」


「辞めませんよ!あんな俺以外じゃどうしようもない敵が現れ始めて今更辞められる訳がない」


 所長のこの言葉に俺は声を荒げて反論した。今の仕事が嫌な訳がない。むしろやっと面白くなってきたところだ。どこをどう聞いたら俺が仕事を嫌がっているように見えると言うのだろう?

 俺はただ所長にもっと信頼してもらいたいだけなんだ。話せない秘密が多いのは信頼されていない証拠だから。

 俺の決意を聞いた彼女はニコっと笑った。この事から辞める辞めないは言葉の綾みたいなものだったようだ。そうして所長は話を続ける。


「いい心掛けね。私も全力でサポートするから。だからしっかり仕事に励んで頂戴。悪いようにはしないわ」


 ひとつの話題が終わったところで俺は話題を変える事にした。こっちの話の方が重要度は高いかも知れない。正直に話してくれるとも思えないけど……。

 自分の中の不信感はこの事をはっきりさせないと拭えそうにない。俺は慎重に言葉を選びながら口を開いた。

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